第8話 強襲


ライブラに案内してもらい、魔王とイバラは書庫で写しの元である預言書を回し読みしていた。預言書にないことが起きた場合の対処法を探していた。


預言書は城内にある秘密の書庫に隠され、一部の人間にしか知らされない。

残りの賢者も『勇者』を探すため、全力を上げている。

もちろん、ソラが見つけられないようこちらも妨害している。


預言書は何百年も前に書かれた書物だ。

神から告げられた言葉が記されてはいるものの、未来はどこで変わるか分からない。

このような事態も想定しているはずだ。


運命が変わる日が来た場合に備え、何かしらの対策を打っているはずだ。


3人で回し読みし、何度も確認する。

昼食もそこそこに、一日中作業を続けていた。

目的の内容が見つかったのは、冷たい空気が書庫に流れ込み始めた頃だ。


『本書の内容を問わず、情勢の下判断すること』


こんなところに書いてあるとは、誰も思うわけがない。

イバラはふらふらとその場に座り込んだ。


預言書のカバーを外すと、下の方に小さく書いてあった。

オマケの4コマ漫画じゃあるまいし、この配置は嫌がらせとしか思えない。


それとも、何が何でも預言書を信じろという圧力だろうか。

預言書の著者も神の声を聞いて、文字に起こした。

想定外のことが起きても、その本の通りに物事は起きると考えたのだろう。


実際、悪いことを逃れようとして努力をしても、結局はその通りのことが起きた。

全てはこの本の下に終息した。今回の事態もそうなるはずだ。


「一応、このような状況になることは想定していたわけか」


「これを見せれば、考えが変わるかもしれません。

今すぐにでも届けなければ」


他の賢者も説得に加われば、理解を示してくれるだろう。

証拠を見つけたというのに、ライブラの表情は曇っている。


「お二人とも、ひとつよろしいでしょうか。

私の目がまちがっていなければ、ここにはそれ以上のことは書いていませんよね?」


ライブラが視線をさまよわせながら、その文章を指さす。


「例えばの話、『預言書にないことが起きた場合、ただちに本書を破棄すること』などと強く書かれていれば、王も『勇者』の存在を無視していたことでしょう。

しかし、ここにはそれしか書かれていない。

そういうふうに捉えることもできませんか?」


魔界という異世界を厄介に思ってはいるものの、逃げ出した人々がそこに留まっている以上、諸外国が干渉することは難しい。

隣国の王国でも監査員を派遣することで揉めたのだ。

できれば国力を割きたくないのだろう。


「つまり、『勇者』が現れれば魔界へ侵攻する理由ができ、自分の手を汚すことなく解体することができると?」


「言ってしまえば、そのように判断されるかと」


「なんとも愚かな……」


中立の立場として選ばれた彼ですら、舌打ちする始末だ。

それ以上の言葉以外、イバラも思い浮かばない。

結局のところ、自分たちの利益以外、考えられないのだろう。


その証拠に、外から微かに爆発音が聞こえる。

書庫を出ると空は夕暮れのオレンジに染まっていた。爆発音がより近くなる。

異常以外、何を読み取れというのだろう。


空へ光が上がり、花となって散っていく。

大きな大輪が何発と上がっているのが見える。


「何がどうなっているのだ! 催し物の予定など聞いていないぞ!」


ライブラが声を荒げる。

花火は関所の方向から上がっている。


町の人々は口を開けて、空を見上げている。

予告なしの花火に見入っているようで、誰も言葉を発しない。


「まさか、『勇者』の居場所が分かったのか?

なぜ報告に来ないッ! 何をしているんだ!」


「私たちが邪魔だから。それ以外に理由はございませんわ。

報告をすれば妨害されると判断し、何も告げずにあちらへ向かったのでしょう」


他の賢者たちも別室で『勇者』を探していた。

魔界にいることを突き止め、勝手に兵を連れて向かった。

イバラに知られると不都合になるとでも思ったのだろうか。


現在、互いに協力していることを知らないわけがない。

『勇者』の存在を共有することで、得られるものがある。


「あの馬鹿どもが! 何も聞かずに先走りおって!

今すぐ止めに参りましょう! 

このままでは、何もかもが火の海と化してしまう!」


「その心配はございませんよ、ライブラ殿。

彼が本気を出していれば、花火程度で済ますはずがありません」


「言い方が悪いかもしれませんが、他のお二人は遊ばれているのでしょうね。

後できつく言っておきます。どうかお許しくださいませ」


「何せひさしぶりの戦闘ですからなあ。

魔法の大盤振る舞い、と言ったところですかな」


「シェフィールドの采配に救われましたね。

賢者のお二人と兵士たちを相手にできるのは、彼くらいでしょう」


楽しそうにも見える二人にライブラは絶句した。

そんな余裕は一体どこから湧いてくるというのだろう。


残りの二人の賢者も王国では指折りの実力者である。

一体、誰がいるのだろうか。


「ともかく、私たちのために時間稼ぎをしてくれているのでしょう。

城にいる残りの兵たちを連れて、すぐに向かいますよ」


「戦闘が長引けば長引くほど、こちらに出る影響は大きくなるはずです。

今のうちにこの花火の理由を考えたほうがいいかもしれませんぞ」


魔王がそう言うと、ライブラは口をつぐんだ。


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