ステータスの概念がない異世界で『勇者』を拾うとどうなる? こうなる。

長月瓦礫

第1話 勇者


「すっ……捨て勇者、だと!?」


薄暗い森の中で、魔王はおののいた。

金髪の子供が籠に入れられて、捨てられている。

そのステータスには、『勇者』と明記されていた。


より正確に言うなら、『ステータス』とでかでかと書かれた文字の横に、『勇者』と記されているのだ。

魔王は手に顎をやり、赤ん坊の上に記された文字をまじまじと見る。


「ところで、これは何だ? どうやって消せばいいんだ?

鬱陶しいことこの上ないんだが?」


ここは人間の住む世界と魔界の境だ。

捨て子や乞食自体、別にめずらしいことでもない。

魔界は限界が訪れた人たちが来る場所であり、救いを求める場所だ。


しかし、この子どもは『勇者』と明記されている。

魔界を治める評議会と敵対する存在だ。

いずれ戦うであろう存在が、どうしてこのような場所にいるのだろうか。


「待ってよ、俺にも見せて」


シェフィールドが横からのぞく。

広報担当をしており、魔界の情報を外の世界に伝える役目を担っている。

派手さを重視した結果、髪を黒と赤のまだら模様に染めることになった。


「うっわ、何じゃこりゃ……」


赤ん坊の上に文字やグラフのような何かが所狭しと並んでいるのを見て、思い切り眉根を寄せた。


「とりあえず、誰か呼んできてくれないか?

何か分かるかもしれない」


「了解っス」


程なくして、シェフィールドは手の空いている人々を連れて、森へ戻ってきた。

評議会の幹部たちは赤ん坊を囲み、それぞれ反応を見せる。


「これ、誰の魔法?」


金髪を腰まで伸ばした男、リヴィオが問うた。

いつも真っ黒なスーツ、というか喪服を身に着けている。

私服でもモノクロ以外の服を見たことがない。


「魔法……かどうかも分からんな。

最初から出ていたんだ」


「この子自身の力、ということでしょうか?」


バラの髪飾りで髪をまとめたイバラは腕を組む。

袖をまくっていあたり、作業から連れ出された様に見える。

赤ん坊がこのような魔法を使うだなんて、聞いたこともない。


「ステータスって言葉をそのまま受け取るんなら、数字はこの子の状態を表してるってことっスよね……本当に何なんだろ」


そもそも、この子が『勇者』であるという情報が真実かどうかも分からない。

誰かのイタズラであってほしいのが、正直なところだ。


「ねえ、このステータスの画面っていうのかな? 

これがこの子の魔法ってことならさ、何か伝えたいことがあるんじゃないかな」


アベルの発言に一同は首を傾げる。


「ほら、何か数字とか並んでるわけだしさ。小説とかでよくあるでしょう?

何かメッセージとか、隠されてるんじゃない?」


視線が集中したからか、早口でまくしたてる。

羅列された数字に何かヒントがあり、解読すると答えが出てくる。


「暗号ってことか。確かに誕生日とかでもなさそうだもんな」


「そういうことじゃないんだけど、なんて言えばいいのかな……」


アベルは必死に両手を振る。

思いつきで言っただけで、何か大きな意味があるわけではない。


「大丈夫ですよ、アベル。落ち着いて。魔法は常に進化するものです。

私たちの知らない物があっても、何らおかしくありませんから。

あなたの立てたその説が本当であれば、この子は何を伝えたいのでしょう?」


「それは分からない。

けど、それ以前に捨てられてるんだし、どうにかしたいんだけど」


「ていうか、『勇者』ってことは変に野放しにしたら絶対倒しに来るっスよね? 

どうすんの? 面倒なことになると思うんだけど」


「どうするも何も……できれば、親を探したいところだけどなあ」


リヴィオは頭をかいた。至極真っ当な意見だ。

『勇者』とはいえ、生まれて間もないと思われる赤ん坊だ。

どこかに家族がいるはずだ。


「そっか、そうだよね。家族がいるなら、一緒にいたほうがいいもんね」


アベルは赤ん坊を抱き上げ、シェフィールドたちが周辺の捜索を開始した。

上下にひっくり返したり、下に敷かれていた毛布を外してみたり、見分し始めた。

くりっとした両目で不思議そうに見つめている。


「まだこんな小さいのに、名前もつけられないうちにこんなところ来ちゃったんだ」


「それこそ、何か手がかりとかありそうなもんなんスけどね。

『勇者』はあくまでも肩書きだろうし」


「とにかく、この子の親を全力で突き止めろ。

その間だけ、こっちで面倒を見ることにしよう」


赤ん坊の対応はそれからでも遅くはない。

子どもがひとり捨てられているのだ。

警察も捜査しているだろうし、あまり時間はかからないはずだ。


「見つからなかった場合は?」


「その時にどうにかすればいい」


「けど、誰が面倒見るんスか?」


シェフィールドの一言で静まり返った。

育児の経験など、誰にもない。


「じゃあ、私が見ていいかな。ウチは大家族だったし、こういうのは慣れてるんだ。

それに、なんか心配だし。いいよね?」


挙手をしたアベルを見て、安心したような空気が流れた。

赤ん坊を抱く姿が様になっている。


「そういうことなら、短期のバイトでも雇いましょう。

その代わり、貴方は休暇を取りなさい」


「ええ? そこまでしなくて大丈夫だよ!」


「いいえ! あなたも分かっていると思いますが、赤ん坊から離れることなど、できるわけがないでしょう? 住宅地だとその表示は目立つでしょうから、エリーゼに空き部屋を貸してもらいましょう」


そうと決まれば話は早い。

あっという間に育児のための休暇を手続きを進め、休みをもらったのだった。


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