粗暴な君主

第19話 食えないやつ

 「何故だろうか」サロンは山道をゆっくり降っていた。


 「何故でしょうかね」その横をキロが歩く。二人は朝早くイワンの町を歩いて出て当ても無く歩いていた。鬱蒼と茂る山林の合間を行き、何かあるだろうかと探してはみるが、昼過ぎになっても何も無い。このまま何もなければその辺の草原に寝そべって夜を明かすしか無い。


 「不思議だなあ。魔法剣メルネーロには一振りで一小隊を屠る力があると聞きます」


「何故、こんなものを持っていながらメッシリアはマリバルに滅ぼされてしまったのだろうか。この剣を使ったが勝てなかったのか、はたまた使わなかったのか」


 「僕は使のだと思いますが」キロはえらく大荷物で診療所から出て来た。サロンは何をそんなにバックパックに入れてあるのだろうかと思った。二人とも何の変哲も無い旅人の服装だった。サロンは相変わらずえんじの上下に帽子まで被っている。その下で巻いた髪を結え付けていた。


 「何故そう思うんだい?」


「だって、恐らく魔法剣メルネーロの力が巨大すぎて沢山の人が死にます」


「でも」サロンは立ち止まった。「君はその力を使えと言うのだろう?」


「うーん」キロは顔をしかめた。「それは……」


 「ん?おい見ろ」サロンは開けた草原の向こう、まだらな灌木の合間に何か動く影を見つけた。それは人よりは小さく、注意して見ていないと通り過ぎてしまう程だった。


 「鴉ですね。何をあんなにもがいているのでしょう」キロも目を凝らした。木々の開けた雑草の中で不自然な動きをする鴉。キロは道すがらにそれを見つめていると、今度は徐にそれに歩み寄るサロンが視界に入った。


 「サロン?」キロは呼びながら彼に続いた。


 「これは……猟師が仕掛けた罠だな」サロンは草の合間に丈夫そうなバネと、それに強固に押し込められた鮫の歯の様な木の仕掛けを認めた。そしてそれに掛かっているのはか細い鴉の毛の無い脚で、今にも千切れてしまうのでは無いかというくらいに痛々しく鋭利な木が食い込んでいる。それを解こうともがく鴉の必死な動きもまたこちらに脚が千切れないかと心配をさせた。


 鴉は痛そうに嘶いた。そしてサロンとキロを恐れながらも何かを懇願するように見やる。


 「鴉は食えないな。可哀想なやつだ」キロは覗き込みながら言った。しかし次の瞬間、その罠を手に取って観察し始めたサロンに驚いた。


 「どうしようと?」キロが訊いた。


 「いや、どうやってとるのかと。食えん鳥なぞこれの持ち主も要るまい」サロンはバネの留め具がどういう仕掛けなのかを見た。すると渡してある木の杭が引き抜けそうなのに気付いた。


 サロンは木の杭を引き抜く。するとバネが勢いよく開き、逆に彼の手を挟んだ。


 「いたた」やはりそれは凄い力で、サロンは手の甲の骨が折れたかと思った。  


 「サロン!それは危ないんですよ」キロは急いでしゃがみ込んで、サロンを挟んだ強靭なバネを力一杯広げた。やっとの事でバネを取り払ったが、サロンの手の甲には真っ青なアザが浮いた。


 「無茶ですよ。あんな手の入れ方をしちゃ」


「強力なんだな」サロンは手を摩りながらいった。



 「ん」


「なんだお前」


バタついていた鴉は傷ついた足を地に付けず、片足で二、三歩歩くと、小さく羽ばたいたかと思うとサロンのバックパックの上に着地し、まるで人みたいに腰掛けた。


 「おいこら」キロがサロンの背後に回り込んで、一息付く鴉に注意した。「自由になったんだ。行けよ」


しかし鴉は真っ黒な目で遠くを見ながら、サロンの背から降りようとはしない。


 「何なんだお前は」キロは手を出して鴉を払い落とそうとする。


 「ん。まあまあ。足を怪我しているんだろう」サロンは後ろを見ながらバックパックを背負い直すと、立ち上がってまた山道に向かって歩き出した。


 「しかし、サロン。背中に鴉が乗ってますぜ」


「よく分からんがまあいい。行こう」


キロは呆気にとられたが、サロンが気にしないのなら仕方無いと思った。


 二人はまた山道を歩き出した。


 

 

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