亡国の魔法剣

山野陽平

ひどいあらし

第1話 最悪の目覚め

 意識がはっきりせず、ここはどこだろうなんて考えなかった。


 熱さで目が覚めた。今寝そべっている家が焼けている。火事だろうか。


 彼は勢いよく起き上がると家の出口を探した。ベッドにもたれかかった死体。老婆だろうか。床の絨毯には若い女と甲冑を着た男の骸。みんな血を流していて見えないが外傷があるみたいだ。だが彼はそんなもの見ているようで見ていなかった。彼は必死で家を出ようとした。


 立ち上がってなおさら感じる熱気を我慢しながら開いた戸を飛び出した。


 辺りを見回す。どうやら木造の古びた住居が立ち並ぶ、集落にいるみたいだ。


 ここはどこで、俺は誰なんだろうか。ふつふつと湧き上がる疑問と不安。頭がクリアになっていくほど分からなくなった。


 辺りは薄暗いが夕方ではないみたいだ。


 裸足だった。寝巻きみたいな薄っぺらい服とズボンを身につけてはいたが少し肌寒い。


 曲がり角を曲がると人影が見えた。2人。彼はとっさに引き返し考えた。その2人は多分兵士みたいだった。起きた家にもいた。同じ上っ張りを着ていてその下に頭から鎖帷子を身につけていた。


 よく考えてみろ。ただごとじゃない。あいつらは見るからにここの住人じゃない。ここで何をやっているんだ?


 木の家に背をつけて考えた。すると向こうから足音が聞こえた。さっきの奴らがこちらに歩いて来ている。


 彼はまたとっさに目の前の薄暗い馬屋に飛び込んだ。中に馬はいかなかった。わざと藁に埋もれながら、馬屋の入り口に渡して打ち付けられた木の合間から伺った。


 彼からは足だけしか見えなかった。4本の足は馬屋の前、彼の目の前で立ち止まった。


 「おかしいな、さっき何かが動いた気がしたんだが」兵士の1人が呟いた。


 「気のせいじゃないのか」


 「いや、確かに見たんだよ」


「動物じゃないのか」


「動物?馬みたいな」


「試しに馬屋でも見てみるか?案外こんな所に潜んでいるかも」兵士の足が近づいて来た。


 冷たい金属音がした。記憶のない自分でも分かる。あれは刀剣の柄に手をやった音だ。


 覗かれたら自分は見える、と彼は思った。藁から身体が出ているだろう。


 「魔法剣はどこかな。村人達は本当に知らなかったのか」


「どこにあるんだろう。この村にあるというのはガセネタじゃないのか。村人を皆殺しにしといてな」見えない角度で話していても分かる。2人は多少ニヤついている。


 男は恐怖と同等の怒りを感じた。なぜだろうか。俺もここの住人なのか。


 「大体持ち出したあいつが見つからないのが問題だ」


「あいつは殺した者の中にいるんじゃないのか」


「それはない。奴は必ず魔法剣を持っているはず」


「それか手放したか」


遺産レガシーだぞ。奴らにとって何よりも大事なこの世の至宝。それもないな」


 「ん?」


「どうした。いたか?」


「あの……枯れ草の向こうの……」


彼は飛び出して、相手の刀剣を引っ掴んで斬ってやろうと思った。こめかみから一筋の汗が垂れ流れた。仰向けで肘をついていたが藁の中でゆっくり膝を立ててすぐに飛び出せる体制に移ろうとした。


 その時、けたたましい笛の鳴る音が聞こえた。


 「号令だ。ここまでだな」


「嵐が来ると言っていたな。引き上げるか」


 そう言うと兵士達の足ははそそくさと視界から消えた。


 遠くから無数のこすれる鎖帷子の金属音が聞こえる。沢山の兵士達が集まって来ているらしい。しばらく話し声が聞こえ、やがて人の気配が消えた。


 

 何だろう。このやるせない気持ちは。ほっとしたがほっとしていない。


 一か八か飛び出して行った方がまだマシだったか。殺されていたか。


 彼は藁の中でしばらくじっとしていた。




 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る