2021/01/23 魔法使い自由落下友の会

 早朝の街の空を、飛ぶ者がいた、

 高く高く飛翔し、天を目指して。

 力尽きたように、減速して、

 まっさかさまに、落ちていく。

 

 ◇


 魔法使いにとって、飛ぶことは手段であり目的ではない。それは飛行機や熱気球を発明した人類は、人類にとっても同じだ。

 私のような、どこか回路のイカれた魔法使いはマイナーなのだ。

 魔法使いの朝は早い。

 その日も、私は人目の少ない早朝の街中に――箒(無論清掃のためじゃない)を持って繰り出していた。太陽が昇るまでまだ少し時間があった。

 本当は夜中の方が、もっと人目を避けられる上に、よりがでて好きなのだが、夜間の飛行は私が思っていたよりも遥かに恐ろしい。

 いつものに着くと、箒に跨って深く深呼吸。

 走ってきたから呼吸を整える。頭の中の管制室では、発射のカウントダウンが始まっていた。


 4、3、2、1。


 〈初速入力・増速開始イグニッション〉。


 グンッと加速する箒――そして身体は母なる大地を離れて、推進力を得た箒は私という物体を乗せた虚空へ向けて飛び上がる。

 鉛直方向にスタートした私のゴーグル越しの視界の端で、瞬く間に遠退いていく我らが街の姿を捉えた。

 冷たい空気の壁にぶつかる重さを感じながら、身体を箒にしがみつかせて前方投影面積を小さくし、空気抵抗を低減させる。

 レンタルショップで仕入れた高度計アルチメーターは千フィートを超えたことを示していた。


(今日の私も高度千フィートエンジェル越えだ)


 初めて飛ばし始めた頃は、三百フィートにも満たずにバランスを崩したり魔力切れガス欠を起こしていた。毎日同じ場所で同じ訓練を繰り返して身体に間隔を染み込ませた成果だ。

 加速を続けて、更に天空を目指して飛翔せし私。

 こんな姿を街の一般人に見られたら何を言われるか分かったものではない。学校と家に届けられ、反省文と自宅謹慎の刑で済めば安かろうが、飛行許可を剝奪され箒も取り上げられるかもしれない。

 二千五百フィートまで上がり、両手で握りこんでいた箒から手を放す。

 鉛直方向への推進力を失った箒は、徐々に減速していき、を始めた。

 高度約八〇〇メートルからの自由落下である。

 およそ十数秒足らずで私の身体は母なる大地に帰ることは、減速し始めたときに頭の中で計算済みだった。


 言葉も、感情も、出力され切る前に、無に帰す時間の体験。

 それが、部員一名、魔法使い自由落下友の会の午前の活動内容だった。

 

 自由落下で得た速度で再び私が箒に推進力を付与し、重い機首を持ち上げて地面に衝突することを避けようとする。

 落下の速度を水平方向に置換し、慣性で街の少し上を流れていくのが当初のプランなのだが――


(あ、減速足りないな、これ)


 ◇


 次に目が覚めたのは、ベッドの上だった。


「遅い起床だね、眠り姫」


 ベッドの隣で椅子に座っていた眼鏡の女が手にした文庫本から目を逸らさずに嫌味を漏らす。


「アドレナリンでキマったまま墜落した気分はどうだい?」


「おはようございます、先生」


 毛布で顔を半分隠しながら言った。


「もう昼過ぎだ。その自殺願望みたいな行動指標のせいで、朝から駆り出される私の気持ちにもなってほしいものだね」


「……三十字以内で良ければ」


「反省文五枚で済むそうだ。第一発見者が学校の関係者じゃなかったら、こうはならなかっただろうな」


 養護教諭の彼女曰く、アドレナリンが噴き出して寒さを忘れて上気したまま私の身体は、這う様に地面擦れ擦れをしばらく飛んだ後、文字通り墜落したそうである。


「…………ご迷惑でしたでしょうか?」


「ベッドの横で、半日本を読んで済む仕事ってあるもんだね」


 先生は、手にした文庫本をパタンと閉じた。

 

「何か飲む? そのままもう少し寝ていてくれると、今日は何もしなくても済みそうなんだけど」


 私は先生の耳障りのいい声を聴きながら、もうしばらく眠りに落ちることにした。それが、魔法使い自由落下友の会の午後の活動内容だった




お題:【おちる】をテーマにした小説を1時間で完成させる。

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