2021/01/11 回らぬ一週間

お題:【銃】をテーマにした小説を1時間で完成させる。


「ああ、また水崎の放銃ほうじゅうか」


 阿部、中埜、森山、そして水崎オレの四人が、試験前の休みに中埜の部屋に集まって麻雀をしていた。


「何回振り込むんだ俺は」


 その日の通算にして四回目のハコ点だった。ここまで負けが込むと不快にならない方がどうかと思った。


「これじゃ鴨撃ちだよ」中埜に詰られ、


「七面鳥かもよ」森山にも煽られ、


「それって【大造じいさんとガン】みたいじゃん」と阿部にまで調子に乗られる始末だ。


「畜生! お前ら俺を何だと思っているんだ。」


「まあまあ、そう怒りなさんな水崎君。まだまだ夜は長いんだから」


「とりあえず、休憩かな。オレちょっとコンビニ行ってくるわ」


 森山が席を立って出ていった。



 どうして俺たちが試験前にこうして麻雀の席を設けているのかといえば、いささか説明が必要だ。


 日曜日は、確かに四人で試験対策をしていた。同じ学部やサークルの先輩から過去問を集めて、足りない知恵を振り絞ってなんとか全員の頭が無事に試験を迎えられるように準備していた。

 そして、中埜の部屋で翌日を迎えた俺たちを待っていたのはまたしても日曜日だった。

 なにも四人揃って一週間眠り続けたのではない。日付も俺たちが前日に中埜の家に集まったときから変わらかったのである。


「これはアレか」


「アレってなんだ?」


「アレはアレだろ」


「分かってて、その指示代名詞使ってんだろうな?」


 とくだらないことを言っている合間に状況の確認をしなければならなかった。

 ひとまず大学に行ってみたが、確かに日曜日でどこも閑散としていた。


「ループしてるってこと?」


「まだ分からん」


 もう一日明けてみたが、またしても日曜日だった。

 周囲に散策に行ったが同じ一日を繰り返しているように見える。俺たちが多少変わった行動を取ったところで誤差を吸収してしまうかのように、何も変化が見られなかった。


「毎日が日曜日ならいいのでは?」


 と当初は浮かれていたが、周辺の町には何も変化が訪れない癖に俺たちの変化だけは反映されていく。具体的に言うと、金と実時間の浪費だ。繰り返される日曜日にあって、財布から食費は抜けていった。また、試しに自分の腕を針で刺して怪我させてみたが、繰り返しが始まる際に塞がったりはしなかった。いまの状況は、実に俺たちに不都合に作られている。


 しかし、ひとまず脱出口を探そうにも、それが見つからず同じ日曜日を繰り返しているのである。


 何度目かの日曜日、自棄になって酒を飲んでいた俺たちが目を覚ますと、木曜日の朝を迎えていた。


「日曜の次は木曜とは面妖な」


「何か変化点があったんじゃないのか?」


 部屋を捜索して見つけたのは、〈チューズデイの下戸〉と銘打たれた発泡酒の空き缶だった。この発泡酒によって、俺たちは水曜日のフラグを概念的に更新して木曜日に移行したのではないかと推測した。

 ループが途切れたことによって穏やかな日々を送ることができるかと思ったが、一日経ってもまた木曜日を迎えていた。

 別に、新しくフラグを更新する必要があると探してみたが、それから数日が経過して、自堕落な生活に戻りつつあった。



「買ってきたぜ」森山がコンビニから帰ってきた。


「何を?」


「寿司だよ、寿司。こう毎日安モンの飯を喰ってても士気に関わるからな。まずは負けに負けている水崎から選びな」


 森山が包装の解かれたパック寿司のトレイを俺に向けてくる。俺は好物の海老を摘んで一口で食べた。


「——ッ!?」


 刹那、鼻から抜けていく強烈な刺激に咽て咳込む。


「流石、水崎」とワサビのチューブを片手に森山。「ロシアンルーレットも引きが悪い」


 ゲラゲラ笑う森山を殴り飛ばしてやろうかとも思ったが、食道近傍はまだまだそんな状況ではない。


「ルーレットとは、また明日が巡ってこない俺たちには縁起物かもしれんな」と中埜が穴子を食べながら言った。


「加州巻きはないのか?」とは阿部。


 加州巻きとはカリフォルニア州生まれのカリフォルニアロールのことである。因みにスイスロールは日本製である。

 因みにの因みに、ロシアンルーレットはロシアで生まれたといわれているが、六発入りリボルバーを使用する通説に対して当時あの国で使用されていたのは七発入りのリボルバーだったりするため、定かでなかったりもする。


 七発入りの回転式拳銃リボルバー。回転しない俺たちの一週間。

 いやな巡り合わせだなと思った。



 その後も、いくつか先の日付に飛ぶための案を考えてみたが、いずれもうまくいかなかった。麻雀は何度も飛んだが。


「なんで俺ばっかりこんな負けるんだよ!」


 低レートとはいえ、募る負債の山を思うと情けないことこの上ない。アルコールの影響で気が大きくなっていた俺は何度目かの自暴自棄を迎えていた。


「ちったぁ、勉強しろよな!」


 と中埜の野次に腹を立てた俺は、棚に置いてあった中野の私物のエアガンを手に取って暴れる。


「おいおい暴れんなよ。隣人だっているんだぞ。近所迷惑じゃねえか」


「中埜、早く謝っとけよ」


「うるさい!」


 パァン。


 そうこうしている内に俺の手の中で暴発したエアガンの弾があらぬ方向へと飛んでいく。


 しかし、この誰も予期しなかった行動が新たな展開を見せたのはその翌日のことであった。


「あ!! また日曜日に戻ってるぞ!」と阿部が部屋の時計を見て大声を出した。


「バカ、よく見ろよ。日付はちゃんと変わってるぞ」


「ということは、俺たちは来週を迎えたのか……」


 でもどうして?



 サタデーナイトスペシャルというものを知っているだろうか。1960年代の米国で粗悪で安価な拳銃が出回り、それを用いた負傷事件が多発する社会問題があった。

 これは後から知ったことだが、俺が中埜の部屋で暴発させたエアガンのおかげで土曜夜の概念的なフラグを更新して翌週の日曜日を迎えることができたらしい。

 なんとも奇妙な現象だったが、無事に実時間の流れに帰ることができたのは幸いだったと言えるだろう。


 しかし、何日も同じ日を繰り返していた俺たちは試験勉強のことなど露ほども覚えておらず単位は落とした。

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