2020/12/29 藁の男

お題:【スタンド】をテーマにした小説を1時間で完成させる。(尚、二次創作はカクヨムでは禁止されているため、逆説的にこれは二次創作ではない)


 自然界に直立するものはない。

 ゆえに、日がな一日畑を耕す彼の姿は浮いて見えてしまう。


 昔はあんな吹き抜けみたいな男じゃなかったんです。まあ、男である以前に子供でしたが。親を早くに亡くしてこれからの食い扶持に困って、軍隊に志願したんでさ。ええ、そうです。海外出兵のために募っていた外人部隊に。若くて体力はあったから、同じような奴らが集まってたみたいでさ。丸一日訓練に明け暮れては、不味い大飯オオメシを喰っていました。え、そういうアタシも同じ隊にいたのかって? 止してくださいよ。昔のことです。

 

 烏が飛んでいた。

 男が耕す、不毛の大地を見下ろして、何かないかと見張っていた。

 男はそれに目もくれず、ひたすらに鍬を振り下ろしていた。

 何かを忘れようとするために。


 初めての実戦は、どうってことはなかったです。一個小隊が哨戒に出張っていたので、それを部隊全員で叩いて終わりました。みんな、訓練のことを覚えていたのは最初だけ。あとは大声出して突撃していきました。彼もそんな中の一人でした。

 一人を残して元々何人いたのか誰も訳分かんねえ状態にしちまって。残された一人は、それはもう酷い有様でして。涙も鼻水も涎も垂れ流したまま、言葉にもなってない半狂乱の譫言うわごとを並べながら、着いていない足をバタバタと動かしていました。みんな、そんな敵を笑っていましたが、彼は違った。男の上に頭目掛けて銃剣を差し込んで楽にしてやりました。そんな彼を見て正気に返った何人かが、ゲェゲェ吐いていました。また、それを見て嗤う者も半分ほどいました。

 イカれてましたね、マスコミに見られたやばい光景だったな。


 鳥たちが彼を突き始めた。

 男は鍬を振るって抵抗したが、烏の群れは男を多い尽くさんばかり。

 偶々振った鍬が当たった烏が、数羽ボトボトと畑の上に落ちた。

 それを見た群れは飛び去っていった。

 その夜、男は烏を喰った。


 ある村にゲリラが集まっているっていう噂を聞きつけて。アタシらは哨戒に出ましたが、これは空振りでした。敵のいない穏やかな村で、寧ろアタシらの方が居心地が悪い。でも、腹を空かした子供も大勢いた。少ない戦闘糧食や菓子を分けてやった。え? 情けじゃないですよ。そうやって彼らに取り入って信用と情報を得る。コミュニケーションの初歩ですよ。

 現地の金もいくらばかりか持たされていたんで、それで飲み食いするんです。敵もいないから若造たちには久々の休暇のような時間だった。

 貧しい村だった。金目当てで身体を差し出してくる人も出てくるんですよ。若い連中の中には、豆腐でも扱うように操を守ってきた奴もいましたが、幾度かの戦闘を乗り越えてストレスも溜まっていた。

 ……今にして思えば、血が濃すぎたのかもしれなかったな。彼も、そんな欲望の奔流に飲まれていきました。


 男は鍬を振るう。

 カンカン照りの太陽も、頬を滴る汗も、

 鍬を振るう機能には影響ない。

 熱硬直でもしたように男の顔は無表情そのものだ。

 目は土を向いていたが、意識は土にはなかった。


 大規模な戦場に向かうため、アタシらは長距離行軍に出ていました。何度目かになる戦闘で脱落した戦友、新しく連れてこられた新兵。様々な顔を見てきましたが、今でも連中の面を思い出せます。

 話が逸れました。で、その行軍の途中で、さっき話した村が丘の上から見えました。それと、煙が上がっているのもね。

 奇妙に感じたアタシらの中の誰かが敵兵を見つけました。おそらく、どこかの戦場から逃げてきたんだ、と。原隊復帰する気もないのか禄に装備も持っていなかった。だが武器や人殺しの技術は村人には脅威でした。

 兵隊は略奪のため村を襲っていた。食料も血も何もかも、今まさに脅威に曝されていた。

 若い連中が義憤に駆られるのは、時間の問題でした。山賊も同然と化した敵に接触し、命令違反の戦闘をおっ始めた。

 戦っている最中に分かったことだけど、敵はその国の軍隊じゃなかった。アタシたちと同じ、外から連れてこられた外国人部隊だったみたい。

 装備も兵站も整っていない奴らを蹴散らすのは容易だった。だが、アタシらも手遅れだった。村は丸一日略奪され尽くしてた。男衆はおろか女子供も碌な死に方をしていなかった。

 みんなして、訳も分からず大声で泣いたさ。彼も、アタシも。急に国に帰りたくなっちまった。


 畑で鍬を振るう男を見ていた少女がいた。

 少女を指を指して言った。

 案山子カカシみたい、と。

 それが聞こえた男は、少女に向かって見開いた視線を送った。

 すぐさま母親が少女を抱えて逃げていった。

 男は親子が逃げた後も虚空を見つめていた。

 震えて冷や汗を搔きながら、息を吸うのも忘れて。


 彼とアタシは戦場で分かれて、別の部隊に配属された。アタシはそこでしくって、ご覧の有様ですが。……彼の方はなかなか酷かったらしい。現地に対する作戦で、部隊で村を訪れては村人と仲良くなっていくの。数日間を時間を掛けて、浸透していった後は村人をなるべく惨い方法で虐殺させられたみたい。敵兵に対する戦意喪失の効果を狙ってたそうで。噂程度にしか聞いてなかったけど、退役して故郷の地に戻ってきたら、あんな有様。親が残した不毛の畑をひたすら耕しているの。

 この話、しっかり記事にしてよね。アタシだってやばいんだから。 


 その言葉は、彼の空洞にはさぞや響いたことでしょう。少女は番をするように日がな一日畑に立っている彼を褒めるように言ったのかもしれないが、彼はあの地に置いてすっぽりとなくなってしまった心の空洞を見透かされたのだろうと想像する。

 男は今も畑に立っていた。


感想:タイトルを考えて調べたら、「わらの男」(伊・1958)っていう映画を見つけてそのまま付けました。

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