第3話 新たな拠点と竜種

「さてと、まずは拠点を何処にするか決めないとな」


 街道を歩きながら呟く。


「とりあえず大陸の中心を見に行って、良さそうだったらそこに住むことにするか。確か深淵の森だったかな?」


 こうして単身人類未踏と言われるの魔境、深淵の森へと向かうのであった。




 この大陸の中心には巨大な湖が存在しその回りを囲むように深淵の森が広がっている。深淵と呼ばれるだけあって、日中であっても殆ど光が届かないほど、巨大な木々が鬱蒼と茂っていた。


 この森は湖に近づくほど魔物が強くなっていくという特徴がある。これは湖が豊富な魔素を含んでいるからではないかと考えられているが、常人では湖に辿り着くことなど到底出来ず、研究も進んでいなかった。


「確かに魔物が強いな。いい修行場所になりそうだ」


 深淵の森を奥へと進むリクは、この森で倒した二十体目の魔物である黒いライオン?を見下ろしながら楽しそうに言う。その体には所々傷が出来ていた。


 これまで身体強化魔法によって硬質化したリクの皮膚はあらゆる攻撃を防いできた。並の剣で切りつけようものならば剣の方が折れるほどに高い練度を見せていた。


 それにも関わらず浅いながらリクの体に傷をつけることが可能なのだから、ここの魔物のレベルが知れるというものだ。


「試しにポーション使ってみよう」


 この世界に来て初めて傷らしい傷を負ったリクは傷口を水魔法で作った水で洗い、聖魔法で消毒したのち、ポーションを振りかける。するとみるみるうちに傷口がふさがり痕も残らず完治した。


「…これは何か気持ち悪いな。まあヤバイとき以外は使う必要ないか」


 今まで格闘技をしていたこともあり、生傷が絶えないことなど当たり前だったので抵抗はない。魔法で簡単な処置を施せば十分である。


 ちなみにリクの適正魔法属性は全属性であるが、それぞれの属性の初級クラスの魔法しか使えない。練習すれば使えるはずなのだが身体強化+物理攻撃した方が手っ取り早かったし、魔法を発動する為に詠唱に時間がかかるのが気に入らなかった。


 そもそもエルに比べるとリクの魔力量が少なすぎて戦闘を魔法主体にする意味を見出だせなかった。


「魔法は生活とか治療には便利だけど単独での戦闘には向かないよなー。エルや魔王なんかは詠唱を大分省略してたから、あのレベルになれば別なんだろうけど…」


 以前エルに詠唱について講義を受けたことを思い出す。


「詠唱をしなくても魔法の流れを全て正確にイメージできていれば発動は出来るわ。詠唱はそのイメージを言語化したもので、イメージの粗を補完してくれるものね」


 つまり理論上は上級魔法であろうとも無詠唱で放つことは可能ということだ。もちろん今までにその偉業を達成したものはいない。


 才能の塊であるエルであっても中級以上の魔法ともなればイメージしきれない部分がある為、その部分だけ詠唱で補完しているということであった。


「お、なんか明るいところが見えてきた」


 傷を増やしながらも、森の最奥を目指してひたすら進んでいくと、やがて開けた場所へと出た。大陸中央に存在する湖だ。その水面には先程までの森とは打って変わって潤沢な日光が降り注いでおり、きらきらと輝いている。


 不思議なことに湖から周囲二百メートル程は木が生えておらず、脛くらいの高さの草が一面に生えていた。


「きれいなところだ。ここなら十分住めそうだな。途中果物も一杯あったし、あとはあの湖の水が使えると有難いんだけど」


 リクが水質調査をしようと湖に近づいたときどこからともなく声が聞こえた。


「そこの人族よ。我が領域に何用か?」


 声の主を探そうと周りを見渡していると、湖から見事な青鱗をもつ巨大な竜が現れた。その姿に見惚れて、声を出せずにいると竜が再び声を発する


「わが名は水竜ヴァーサ。我が領域に何用か?」


 その言葉にリクははっとなって答える。


「初めまして。リクと言います。住むところを探してここに辿り着きました」


 その言葉を聞いてヴァーサは愉快そうに笑う。


「ハハハ、ここに住みたいとな。確かにここの周りは豊かな植生もあり、食用となる獲物も多い。それにこの湖は魔素を豊富に含む。強者であれば住みやすい場所であろうよ」


「じゃあ住んでもいいんですか?」


 リクは期待のこもった眼差しでヴァーサを見ながら尋ねる。


「許可を与える前に、お主の力を見せて欲しい。ここに住むのであれば湖を荒らされぬよう近づく者どもを排除してほしいのでな」


 その言葉にリクは怪訝そうな表情を浮かべる。


「それは構いませんが…こんな所まで来るような者がいるんですか?」


「うむ、この森に住まう魔物達の素材は金になるらしくてな。それを集めようと手練れの冒険者たちが度々来るのだ。さすがにお主以外にここまで来たものは今までおらぬが、今後も来ぬとは限らぬからな」


 確かにここの魔物たちはいい素材を落とす。身の程を知らずに奥まで行くならともかく、そいつらを狩って売れば、いい金稼ぎになるだろう。


「分かりました。それではどのようにして力を見せればよろしいのですか?」


「お主の渾身の一撃を我に当てるがよい。それで力も分かるであろう」


「分かりました。それでは行きます」


 そう答えるや否や、身体強化魔法を発動する。その練度の高さに思わずヴァーサは目を細める。


 そして地面を抉れるほどの勢いで蹴りつけて跳躍し、ヴァーサの頭の横に到達するとそのまま拳を思いっきり振りかぶる。


「…せーのっ」


 力任せのテレフォンパンチでヴァーサの横っ面目掛けて殴りつけた。


 ヴァーサは瞬時に物理障壁を作ってこれを防ごうとしたが、障壁は粉々に砕けリクの拳はヴァーサに到達し、見事な牙を二本ほどへし折った。




「…すみません。やり過ぎました」


 申し訳なさそうにヴァーサに謝るリク。


「我から言い出したことだ。牙はすぐに生え代わる故、その二本はお主にやろう。文句なしの合格だ。しかし身体強化魔法のみでここまでの威力が出せるものなのか。実に興味深いな」


「あー、それに関しては私が特別なんだと思います」


 リクはそう言うと、自身の事をヴァーサに語った。ここに住まわせてもらう事に対しての誠意である。


「ふむ、異世界からの召喚者という事か。過去にもあったという話を聞いたことはあるが実物を見るのは初めてだな」


「え?過去にも召喚された人がいたんですか?」


 リクはヴァーサの言葉に目を丸くして食い付く。


「不自然なことではなかろう。召喚の儀式自体が古くから伝わっているのだからな」


「確かにそうですね。考えてみれば当たり前の事なのに、なんでそれを考えなかったんだろう?」


―まあ魔王を倒すまでは帰ることとか考えてなかったからかな?―


 リクが自身に対する疑惑に一応の決着を着けた後、ヴァーサに向かって言う。


「それではここに小屋でも建てて暮らすことにします。侵入者の排除はお任せください」


「うむ、頼んだぞ。それとそなたと我は同格と認めよう。敬語を使う必要はないぞ」


「そうです…そうか、じゃあ宜しくな。ヴァーサ」


「うむ。時にリクよ、そなたの身体強化魔法だが、まだ改良の余地があるぞ?」


 ヴァーサはリクの態度に満足そうに頷くと、続ける


「そなたの身体強化魔法は無属性魔法。つまり属性の無い魔力を体に流しているということだ。これに属性を付与することで、そなたの打撃に属性効果を与えることができるようになる」


 ヴァーサの言葉にリクは大きく反応する


「つまり水属性の魔力を体に流すという事か?そんなの聞いたことないけど」


戸惑うのも無理はない。本来属性付与とは体内で行うものではなく体の外に出した魔力に対して行うものであるというのが常識であるからだ。


「うむ、これを行うことができるのは我ら竜種を含め、ごく僅かな者だけなのだ。人族などがこれを行うと、まず体が耐えられんだろうな」


「じゃあどうやったら出来るんだ?」


「竜の加護を受ければよい。そうすればその属性の魔力を体に宿すことが可能になる。お主は我に力を示し契約をした。故に加護を与えようと思うが、よいか?」


 魅力的な申し出だった。断る理由も特にない。


「強くなれるのであれば願ってもないよ。頼む」


「宜しい。では我の血を飲むのだ」


 そう言ってヴァーサはリクの手のひらに爪から血を数滴たらすと、リクは躊躇いながらもそれを飲み干した。


「これで水竜の加護は与えられた。悠久の時を生きる我がこうして加護を与えるなど、いつぶりの事だろうな」


 しみじみと語るヴァーサにリクは困惑しながら尋ねる


「こんなやり方だったら、無理やり加護をもらったりするやつとか出てくるんじゃないのか?」


「それは問題ない。我が加護を与えるつもりで血を飲ませねば効果はないのだ」


「ふーん、さすが竜種ということなのか…ちなみにどうやったらさっき言ってたような身体強化が出来るんだ?」


「そうだな、一度水属性魔法を発動して、それを体内に取り込んでみるといい」


「成程、ちょっとやってみるか」


 リクはそう答えると早速水属性魔法(もちろん初級)の『水球』を発動させる。


「あれ?詠唱しなくても出来た?」


「水竜の加護があるのだ。それくらいは当たり前であろう。但しお主の技量ではまだまだ初級までだろうな」


「そういうものなのか…それじゃあこれを体内に取り込んで…うわわわ」


 コントロールしきれずにウォーターボールはリクの手のひらで形を失い、ただの水になって地面に落ちる。


「意外と難しいな」


「水に惑わされることなくウォーターボールの魔力だけを取り込むのだ。きちんとイメージしないとそうなる」


「そういうことか。それじゃあもう一回」


 手のひらに出来たウォーターボールがまるで排水溝に吸い込まれるかの如く、渦を巻きながらリクの手のひらに吸い込まれていく。


「うむ、さすがに魔力操作はお手のものだな。我を一度それで殴ってみるといい」


「え?大丈夫なのか?」


「水竜は水属性の攻撃に体制があるからな。我にダメージが通らなければ成功と言える」


「成程ね。じゃあ遠慮なく」


 リクの拳が容赦なくヴァーサの体を打つ。しかし先ほどとは打って変わってヴァーサにダメージが入っている様子は見受けられない。


「うむ、間違いなく成功だ」


「つまり水属性に強い相手には効果が薄いけど、水属性が苦手な、それこそ火属性の敵なんかにはより有効な打撃を与えられるってことだな」


「そういうことだ。魔力操作が得意なお主ならば、練習すればそのうち体外に出さずとも体内の魔力に属性付与が出来るようになる。他に加護の効果として水属性魔法の威力、耐性向上があるな」


「へー、便利なんだな。じゃあ強くなろうと思ったら体を鍛えるだけじゃなく、色んな竜から加護を貰うのもありってことか」


「そうだな。だが竜種と一口に言っても色々な奴がおる。好戦的な奴や我のように姿を殆ど現さんようなやつとかな。共通するところとしてはやはり魔素の濃度が濃いところに住むという事であろうな。だが具体的な場所は我にも分からぬ」


「いいよ、どうせ世界中を見て回るつもりなんだ。行く先々で情報集めをするよ」


「うむ、それが良いであろう」


「それじゃあ、これで契約成立だな」


 こうしてリクの拠点は深淵の森の最奥、水竜の湖の畔となった。


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