第3話 幽霊の正体

 今日の授業はすべて終わり、居残りの時間がやって来た。外は真っ暗で、校庭の木が奇妙に揺れている。

 

 数学のいつもの教室に入ると、里奈と恵美子は先に来ていた。佐和子先生も立っている。


「私は今日、職員会議に出るから会議に行って戻って来るまでに、訂正ノートを仕上げなさい。終わってなかったら明日までの宿題にします」


 そう言い残して佐和子先生は教室から出ていった。


「じゃー行くわよ」


 里奈が最初に立ち上がり、続けて俺と恵美子も立ち上がる。

 

 扉の所まで行くと、なんと佐和子先生が戻ってきた。


「何しよんの? まさか抜け出そうとしてないわよね?」


 これには三人とも驚いてしまった。


「ちょっとトイレに……」


 俺はとっさに嘘をついた。


「あんた達二人は?」

 

 佐和子先生が里奈と恵美子に言う。


「私たちは、前の移動教室に忘れ物したので取りに行くところです。抜け出そうとなんてしてません」


 恵美子は日頃嘘をあまりつかないので、佐和子先生も信用した。里奈が言ったら確実に怪しまれるだろう。

 

「じゃーさっさと行って帰ってきなさい」


 俺たち三人は廊下に出た後、影に隠れて佐和子先生が出ていくのを待った。


「本当に大丈夫なの?」


 恵美子が心配そうにしている。


「大丈夫。忘れ物を取りに来ただけよ。会議は十分後にはじまるから」


 里奈が言ってからしばらくして、佐和子先生は何かを持って教室から出ていった。


「出ていったぞ」


 俺は小声で二人に言った。


「オケ。教室の窓から職員会議する教室が見えるの。佐和子が入ったの見届けてから行くわよ」


 里奈の言葉で、三人は一旦教室に戻った。校舎がコの字型なのでよく見える。


 しばらくして、佐和子先生が職員会議の教室に入っていくのを見届けた。


「今度こそ行くわよ。会議は一時間半だから一時間以内には戻る。残り三十分、帰って来たら超特急で訂正ノート仕上げる。会議中は佐和子基本出ること無いから大丈夫よ。オケ?」


 俺と恵美子は頷いた。


        *

 

 教室を出て、靴箱で靴を履き学園食堂の前の通路まで来た。風がヒューヒューと気持ちの悪い音を立てている。真っ暗だが、だんだん暗闇に目が慣れてきた。だが何かがいる気配はない。


「何もいないじゃない。やっぱあんたの見間違いじゃないの?」


「いや見たんだよ。ここで確かに見た」


 里奈がまた怪訝そうな顔をするので、俺は必死で言った。だんだんと俺の手が震えてくる。里奈と恵美子も、顔が少しだけ引きつっているように見えた。


「しばらく待ってみようよ。もしかしたら出るかもしれないじゃん」


 恵美子が言うので、その場で待つことにした。


        * 


 五分が経過した頃、ついにその時は来た。この前と同じように周りの空気が一気に殺気立った。だんだんと重たい波動に包まれていく。


「何よこの空気。気持ち悪い」


 里奈が震えながら言った。隣では恵美子も顔が青ざめている。


「里奈、恵美子……幽霊が出るぞ!」


「「キャーーーッ!」」


 俺の声で里奈と恵美子は叫び声をあげた。その直後、二つの火の玉が現れ、この前見たあの幽霊が再び現れた。


「こんばんは……」


 幽霊は、か細く消えそうな声で俺たちに挨拶した。


「か、和樹……あ、あんたが対応して……」


 里奈はパニックになりながら俺を前に押し出した。恵美子は、里奈にしがみついて目をつぶって震えている。俺は押し出された後、また後ろにのけぞった。


「大丈夫よ。私は人を恨んだりしていない。呪ったりもしない。ただ……心配でここにいるだけなの」


 幽霊が泣きそうな顔をした。その時、俺は直感でこの幽霊は悪い幽霊では無いと悟った。そこで俺は幽霊に話しかけてみた。


「俺は青山和樹です。この高校の二年生で手話部長をしています。後ろにいるのは同級生の里奈と恵美子です。あなたは夜になるとなぜここに出るのですか?」


 俺が一通り自分と里奈、恵美子を紹介し、理由を聞くと幽霊が嬉しそうな顔をした。里奈が後ろで幽霊を睨みつけている。


「あなたが今の手話部長さんね! 私、もう手話部は一人も部員が居なくなって廃部になったのかと思ってたわ」


 幽霊が嬉しそうに話していると、里奈が横やりを入れた。


「何よ! 人を驚かせておいて。あんたと手話部何の関係があるのよ」


「里奈ちゃん。落ち着いて」


 恵美子が里奈を落ち着かせる。もはや恵美子は里奈の緩衝剤だ。


「驚かせてごめんなさいね。私は吉永佳代と言います。私はこの学校の元生徒なの。生きていたらあなた達より四つ上だと思う。そして私はかつて手話部員だったの」


「「「え――っ!!」」」


 俺たち三人はとても驚いた。そして里奈が前に出てきた。


「ごめんなさい。私後輩なのにタメ口で失礼なこと言ってしまいました」


 里奈がペコペコと頭を下げる。すると吉永さんは、ふふっと笑って「いいのよ」と言った。


「それより私の長い話を聞いてくれるかしら?」


 吉永さんの顔が一気に真剣になった。とても深い事情があるのだろう。


「はい」


 俺は真剣に吉永さんの事情を聞こうと思った。


「私は見ての通り幽霊なの。私は四年前、高校二年生の頃、心臓発作を起こして突然亡くなってしまったの。両親がクラスの人たちには、転校したと伝えるように先生に頼んだわ。あの頃ちょうどクラス小戦争の騒ぎの最中だったし、同級生はみんな私は転校したと思っているはず」


 吉永さんが一息ついた。

 

「そして私が成仏できない理由は二つあるの。一つ目、私が手話部として活動していた頃、ちょうど部員数が減り始めたの。私は手話部が大好きだった。これから部員数が減って廃部になり、やがて手話の存在が学校から消えてしまわないか不安なの。二つ目、私が亡くなった日は、手話部の活動があった日なの。手話部の活動を楽しみにしていたのにそれが出来なかった。最後に私はみんなと手話がしたい。この願いが叶わないと私は成仏したくてもできないの」


 俺はこの話を聞き、部長として吉永さんに言った。


「吉永さんの二つの理由、理解しました。今の手話部は俺たちの後に後輩がいません。そして俺たちは来年の三月で引退するので、部員数は0になります。ですが安心してください。来年の部活動紹介で必ず新人部員を作ります。なので一つ目のことはもう大丈夫ですよ。でも二つ目はどうしよう?」


 俺は里奈と恵美子の方を見た。すると恵美子がそっと手を挙げた。


「みんなで手話をしながら歌を歌うのはどうでしょうか? 去年の高文祭で世界で二つだけの花を歌ったんです」


「でも歌声が周りに響くんじゃない? 小声で歌ったら大丈夫なんかな?」


 里奈が困った顔で言うと、吉永さんが不思議なことを言い始めた。


「大丈夫。私、周りの音を消せる力があるの。だから大きな声で歌っても周りには聞こえないわ」


「すげー!」


 俺は驚いて思わず声がでた。


「それじゃー、みんなで歌おう。せーのっ!」


 吉永さんの掛け声で、俺たちは手話付きの世界に二つだけの花を、明るく大きな声で歌った。里奈の手話の流暢さと、恵美子の意外な美声に俺は途中戸惑った。もちろん吉永さんの手話も流暢で分かりやすい。


        *

 

 歌い終わった後、吉永さんの体が薄くなっていき、ゆっくりと上に昇っていった。そして俺たちに笑顔で言った。


「みんなありがとう。これでやっと天国にいけるわ。これからの手話部のことよろしくね」


「手話部のことは任せてください。必ず部員数を増やします!」


 吉永さんが消える直前、俺は手を振りながら言った。吉永さんは最後に安心した笑みを見せてフッと消えた。


「吉永さん成仏できたみたいで良かったな」


『うん』


 俺は里奈と恵美子に言うと、二人とも安心したように笑っていた。


「じゃー教室戻って訂正ノート仕上げるわよ!」


 里奈の掛け声で、急いで教室に戻る。そして三人とも佐和子先生にバレること無く、無事訂正ノートを終わらせ帰宅した。

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