3‐1.整備士さんと一緒です



 朝食後。

 わたくしはレオン班長と共に、整備士さんのラボへとやってきました。どうやら本日は、こちらに預けられるようです。



「俺が迎えにくるまで、大人しくしてるんだぞ」

『お任せ下さい。本日も良い子で待っていますので、レオン班長は心置きなくお仕事を頑張ってきて下さいね』


 わたくしはレオン班長を見上げ、シロクマなりに微笑み掛けました。

 するとレオン班長も、にやりと口角を持ち上げ、わたくしの頭を撫でます。笑っただけでこの迫力。凄いです。やはり眉毛がないのが原因でしょうか。それとも元々の造形が厳ついからでしょうか。



 どちらにせよ、そろそろ執務室へ向かわれた方がよろしいかと思います。

 ラボへ到着してから、かれこれ三十分は経ったのではないでしょうか。毎回わたくしとの別れを惜しんで下さるのは嬉しいのですが、いい加減慣れて欲しいものです。




 そう思っているのは、わたくしだけではありませんでした。




「はーんちょ。もー、いつまでここにいるつもりなのさぁ」



 わたくしをひょいっと持ち上げたのは、特別遊撃班唯一の整備士である、ドワーフのリッキーさんです。本日もまっピンクなつなぎが非常に似合っています。髪もピンクに染められており、遠目から見たら新種のフラミンゴさんのようです。



 リッキーさんは、少年のように幼い顔立ちへ呆れを滲ませ、盛大な溜め息を吐きます。


「さっさと行きなよー。パティちゃんがまた怒るよぉ? 呼び出し食らう前に執務室行った方がいいんじゃないのぉー?」



 よっこいしょ、とわたくしを胸と片腕で支えると、リッキーさんは、徐にピンマイクをつなぎの襟元へ装着します。


「ほら、シロちゃん。お見送りしてあげて。『いってらっちゃい、レオンパパ。シロ、リッキー君といっちょに、いい子で待ってるかりゃね』」



 どうやらあのピンマイクは、変声機だったようです。

 リッキーさんは、自分の声を甘ったるい女の子のものへ変えると、わたくしの前足を左右へ揺らしてみせました。



 途端、レオン班長の眉間へ、皺が刻まれていきます。



「『レオンパパ、おちごと頑張って。シロは、いっちょうけんめい働くパパが、かっこよくて、だーいちゅきなのっ』」


 ハートマークが付きそうな程語尾を跳ね上げ、わたくしへ勝手にアテレコをしていくリッキーさん。そのようなこと、わたくしは一言も言ってはおりません、という気持ちを込めて、ギアーと声を上げます。

 しかしリッキーさんは、気にせず茶番を続けます。



 なんでしょう。わたくしは、そういう目で見られているのでしょうか。だとしたら大変遺憾です。わたくしは子供とは言え、れっきとした淑女ですよ? そんな下っ足らずな話し方も、きゃるんきゃるんした声もしておりません。



『そうですよね、レオン班長?』


 と、レオン班長を振り返れば、それはそれは厳めしい形相をされていました。まなじりは吊り上がり、口角は下がり、マフィヤも顔負けな迫力です。



 ほらほら、リッキーさん。レオン班長も納得しておりませんよ? このままでは鉄拳制裁を食らってしまうかもしれませんから、早々に止めましょう。

 ね? と、わたくしは、


「『パパ。早くおちごと終わらせて、シロといーっぱいあしょんでね』」


 と言って、わたくしの前足を振るリッキーさんを、懸命に宥めました。



 しかし、リッキーさんが止まる前に、レオン班長が動き出します。



 毛のない眉をこれでもかと寄せて、盛大な舌打ちをかましました。



 そして、お口を不満げにひん曲げると。




「ったく……しょうがねぇなぁ」




 わたくしの頭を一撫でして、踵を返しました。




 ……え、ちょっと、待って下さい。一体何が『しょうがねぇなぁ』なのですか?



 ま、まさかとは思いますが、リッキーさんの戯言を、間に受けたわけではありませんよね? 本当にわたくしが語っているなどと、勘違いしているわけではありませんよね? ね? 違うと言って下さいレオン班長っ!



 ですが、必死の呼び掛けも空しく、レオン班長は、颯爽と仕事へ向かわれてしまいました。

 心なしか、ライオンさんの尻尾がうきうき揺れていたのは、きっとわたくしの見間違いだと信じております。



「ふぅー、ようやく行ったよぉ。あ、シロちゃんありがとうね。シロちゃんが協力してくれたから、はんちょがいつもより早くお仕事始めてくれるよー。すっごく助かっちゃったー」


 わたくしを高い高いしながら、リッキーさんはご機嫌にくるくる回ります。幼い顔立ちに広がる笑みが、今日は妙に勘に触ります。鼻フックでもしてやりましょうか、と前足を伸ばしますが、生憎子シロクマの足の長さでは、リッキーさんの鼻まで届きませんでした。無念です。



 ですが、悪い方ではないとは、分かっております。




「さーてと。俺もお仕事しよっかなぁー」


 と、リッキーさんは、わたくしを床へ下ろすと、ラボのお隣にある物置部屋を指差します。


「いーいシロちゃん。あっちのお部屋には行っちゃ駄目だよ? あそこは、危ない道具とか材料とかが、いーっぱい仕舞ってあるからね。シロちゃんが怪我しちゃうといけないから、ぜーったい近付かないで。あそこ以外なら、好きに歩いていいから。分かった?」


 大丈夫です、任せて下さい。折角リッキーさんが、わたくしの為に片付けて下さったのですもの。そのお心遣いを無碍にするような真似はしません。

 そのような気持ちを込めて、ギアーと鳴けば、リッキーさんは、


「お願いねー」


 と、笑顔でわたくしを撫でてくれます。



「えっとー、今日はー、予備の通信機の点検だったかなー」



 リッキーさんは、壁に設置されたコントロールパネルのボタンを、一つ押しました。

 途端、床の一部から、柵がせり上がってきます。

 丁度ラボの隅っこに、四角く区切られた空間が出来上がりました。

 その柵の中へ、リッキーさんは道具を持って入ります。地べたへ座り、そのまま点検作業を開始しました。



 この光景を初めて見た時、何かの間違いかと思いました。

 わたくしはてっきり、自分が柵の中に入れられるものだと思っていたのです。しかし蓋を開けてみれば、入ったのはリッキーさんの方。いくら作業中にわたくしが近付くと危ないからと言って、そんな狭い所でお仕事をせずとも良いのではないでしょうか。

 ですが、これもわたくしに窮屈な思いをさせたくないという、リッキーさんの優しさの表れです。ありがたく受け取っておこうと思います。



 しかし、こういう部分を見ますと、やはりリッキーさんは独特の感性をお持ちなのだな、と改めて実感します。




 リッキーさんは、ドワーフという種族だそうです。

 成人しても背が低く、男性も女性もお鬚がもじゃっと生えているのが特徴で、お鬚が立派であればある程、素晴らしいやら美しいやらと言われているそうです。いわばドワーフにとってお鬚は、第二の心臓であり、一族の誇りなのです。


 しかし、リッキーさんのお顔には、一ミリもお鬚が生えていません。


 どうも、昔から個性的な美的センスの持ち主だったリッキーさんは、可愛くないという理由でばっさり切ってしまったそうです。ついでに、睫毛から下のムダ毛も綺麗に永久脱毛したらしく、それが原因でお父様と大喧嘩。遂には勘当され、家を出たのだとか。



「いやー、あの頃の俺は若かったなー」


 と、あっけらかんと笑っていましたが、他のドワーフの班員さん曰く、全くもって笑いごとではないそうです。ドワーフ界では未だに語り継がれている大事件らしく、初めてリッキーさんを見た時は、


「こいつがあの有名なつるぴかドワーフか……」


 と思った、とのことです。



 そんな同族からも一目置かれているリッキーさんですが、少々変わった考えの持ち主だからなのか、物作りに関しては相当高い技術をお持ちのようです。

 この船に関することは、全てリッキーさんが手掛けています。船本体だけでなく、必要な機材や武器、日常的に使う道具全般、更には班員の軍服まで、何でも作ってしまうそうです。しかもどれも性能が良く、小まめに点検と改造を繰り返しているお蔭で、他の部隊よりも頭一つ抜きん出た設備が、こちらの船には揃っているようです。



 そもそも、『船』と呼んでおりますが、正確には船ではないと、わたくしは思っております。



 なんせ、海の上を進むだけでなく、空も飛べば、陸も走るのです。



「その方が強いじゃーん」


 という一言で、ここまでの改造がされたそうです。

 そのせいで、他の部隊よりもお金が掛かっているらしく、レオン班長は、度々上司から注意を受けているのだとか。けれど、その程度の苦言で改めるような者は、この特別遊撃班におりません。よってそのまま突き進んだ結果、陸空海対応の船が出来上がった、というわけなのです。


 わたくしとしては、快適に過ごせるのでありがたいのですが、やはり国軍として考えると、リッキーさんのような方は頭痛の種のようです。よくも悪くも整備士の枠を超えてくるリッキーさんを持て余してしまうらしく、数々の部隊を渡り歩いたのですって。そうしてなんやかんやあって、現在は特別遊撃班に落ち着いたと、そういうことみたいです。



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