【任意の言語】をテーマにした小説

それはよく晴れた夏の始まりの日の出来事。


昼休み。

ふと、なんとなく気になって、学校の屋上に出てみた。

何が気になったのかわからない。後から考えてみれば、いつもある立ち入り禁止のコーンバーが、ちょっとズレていたのかもしれないし、或いは神様が差し向けた運命の引き金だったのかもしれない。


ともかく。

そこに、彼女はいたんだ。


わぁ、とつい、声が出た。

白く美しい翼が大きく広げられ、澄んで青い空に映えて見える。

屋上らしいすこし強い風に揺られてスカートが靡く。それはこの学校の制服に違いないが、僕にはそれがちょっと特別にみえた。


「あっ……」


こちらを振り返った彼女――翼の主――と目が合った。

細く華奢な首筋に、綺麗な流線形を描いた肩。長い黒髪がはためいているのに見惚れて、ようやく僕は彼女が上着をはだけさせていることに気が付いた。


「あっ、えっと、ごめんなさい!」


慌てて背を向けて引き返そうとする。しかし、どうして僕の脚は扉の方へは進んでくれない。それは彼女への興味の表れ、つまるところの好奇心。何より翼を持つヒトなるものを目にしておいて、どうして何も聞かずに立ち去れようか。


「■◆■■■――――」

「えっ?」


何事か、声をかけられたのは理解した。

しかしどうしてだろう、彼女が何を話しているのかまるでわからない。

滑舌が悪いとか、早口すぎるとか、そういう風には感じない。ただ、何を言っているのかわからない。かといって、聞き慣れない英語だとか、よく知りもしないロシア語であるとか、そういうわけでもない。なんというか、音の雰囲気が全く聞いたことのないそれであるのだ。

――――つまるところ、僕ので話しかけられている。


「えっと、君、は?」

「ャあ、う、……」


こちらも彼女に視線を戻してみれば、すっかり服装は直っていて……翼も何処かへと消えていた。


「■■■◆◆■、■……ごめんな、さい……」


作り笑いを見せながら、彼女は日本語を話した。


「えっと、何を謝るの?」

「困らせて、しまった、みたいだから……」

「いや、こっちこそ、ごめん、いきなりその、人がいると思ってなくて」


実際のところわざとでは決してないが、女子の半裸姿を見て女の子の方に謝られるなんて座りが悪い。そう思って返すと、彼女は少し不思議そうな、要領を得ていない顔で返事をした。

しかし、こうして接している分には、内気な女の子が喋っているような感じでしかない。


「その、言葉は、えっと。なんていうのかな?」

「……!」


どういうわけか申し訳なさそうにしていた彼女が、ふっと顔を上げる。まるでそんな言葉を聞けるとは思っていなかったかのような、そんな表情だ。


「興味、ありますか?」

「ま、まぁ、ちょっと」

「……」


口元を緩ませて笑顔。

これを見て、先ほどまでの綺麗ではなく、可愛いな、と思った。


「また、今度。教えに、来ますね?」


そういう彼女は風に吹かれて、僕はその背に翼を幻視した。


これが、青空のよく似合う不思議な天使との邂逅だった。

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