ロリババアとの生活

 私の家にはロリババアがいる。齢ウン百歳のくせして、子供みたいな見た目を維持してる――全人類の悲願を体現しているかのような――アレだ。


「ただいまー」


 今日も、私はロリババアのいる家に帰る。大学近くのマンションの一室、3LDKの部屋へ。玄関を見てみると、見覚えのあるスニーカーが一足脱ぎ捨ててあった。


「大学で見ないと思ったら……先輩、やっぱこっち来てたか……」


 私はため息をついて、リビングへ向かう。扉の閉じられたリビングからは、格ゲーを遊ぶ音が漏れ聞こえていた。


「先輩! 来るときは来るって言ってください!」


 扉を開け放つと同時に声を張り上げる。そうでもしないと、声が届かなさそうだった。

 果たして、格ゲーに夢中になっていた二人の少女がこちらを見た。

 一人は悪びれもせずに笑い、

 一人は冷や汗浮かべて、頭のをピンと立てている。


 ゲームをやめずに、麻姑まこ先輩はけらけらと笑いながら言った。


「いやあ。だって事前に言わなくても中入れるんだもん。ここの顔認証システムは優秀だ、か、ら、っね」

「ふふん、もっと褒めても……あ゛ぁーっ! しまっ、やられてしもうた!」


 麻姑先輩がコマンドをいくつか叩き込んで勝利する横で、我が家の優秀な顔認証システムは悲鳴を上げた。私に気を取られている隙を突かれたのだ。「卑怯だ」なんだと言ってふわふわの尻尾が逆立たせている。

 私はその狐娘の背後に立ち、名前を呼ぶ。

「たぁーまぁー?」

「はひっ!?」

「…………麻姑先輩を勝手に部屋に上げるなって、言ってるよねえ」

「い、いやそれはじゃな? この女が「うんまい棒」くれるって言うから仕方なく――」

 なんてことだ。我が家のセキュリティは10円で買収できるらしい。

 ……やっぱりこのロリ神様には一度、上下関係を分からせるべきなのでは……。

「まぁ、そこまででいーじゃん?」

 ゲーム機の電源を落として、麻姑先輩はそう言った。一体誰のせいでこうなってるのか、この人は分かった上でこう言ってるのだからタチが悪い。

「……先輩。教授が探してましたよ」

「ん、そっか。それは悪いことをしたね。かれこれ1000年以上生きてるせいかな、私、未だにケータイを生活の一部として取り入れられてないんだよ」

「先輩がズボラなだけでは?」

「そうとも言う」

 現代文明に慣れてないなどとほざくのなら格ゲーに夢中にならないでほしいし、そうやって鞄の中から最新のタブレットを取り出さないでほしい。

「この時間に帰ってきたってことはさ、璃乃後輩。君はこれから夕食を買いに行くんだろ? たまを連れて行ってきなよ。私は永○娘でも読んで留守番してるからさ」

 クッション(麻姑先輩が勝手に持ち込んだものだ)に身体をうずめて、麻姑先輩は言った。

 言われなくても、そうするつもりだったのでそうする。

「行くよ、たま」

「う、うむ。……その、怒ってはおらぬ、よな?」

「諦めてはいるけどね」

 私はマイバッグを肩に提げて、今し方通ってきた廊下を逆へ歩き、外に出た。後ろからたまが付いて来る。歩きながら、たまが変化の術を使う。狐耳もしっぽもなりを潜めて、着崩したTシャツ一枚というだらしない姿はまたたく間に可憐な女子中学生の今時な服装に早変わり。髪も狐色からぬばたまの黒になった。

 だが、玄関のところでたまはもじもじとしている。さっきのことを気にしているのだろう。

「……怒ってないから、一緒に行こ」

 私がそう言うと、たまは表情を輝かせて私のもとへ弾むステップで飛び付いてきた。いつも思うけど、神様のクセにチョロすぎる……。

 こんなのを奉っていた山科家のご先祖さまは、どれだけの苦境に立たされていたのだろうか。


 ◆


「あれぇ? 璃乃ちゃんじゃない。奇遇ねえ……それに、そっちはおたま様だね。いつも璃乃ちゃんを守ってくださってありがとうねえ」


 商店街からの帰り。駅前の横断歩道で私とたまは小学生のような見た目の老女に声を掛けられた。天涯孤独の私を引き取ってくれた遠縁の一家――山科家のおばあさん、山科ツルさんだ。


「ツルさん、まさか今日も夕食を作りに……?」

「璃乃ちゃんだってかわいい孫だもの。それに、おたま様との関係も、気になるしねえ」

 うふふ、と屈託のない笑みでツルさんは笑う。短めの髪型も相俟って、彼女は本当にただの小学生のようだ。

「安心せいツルよ。ワシはちゃあんと、璃乃を庇護してやってるでの」

 たまが胸を張って言う。たまは別の世界線の出来事でも記憶しているのだろうか。

「それは安心しましたよ。それじゃあ、一緒に行きましょうか」

 ツルさんはにこりと笑って、私の手を握った。


 ◆


 正直なところ、色々な面において信用ならないたまであるが、料理の腕前だけは一流と言っても過言ではない。

 その日の夜、私はツルさんとたまが作ってくれた夕食に舌鼓を打った。同じ材料、同じ器具を使っているはずなのになんでこんなに味が変わるのか、いつか真面目に研究してみたい。……とは思うものの、この美味しさでは分析なんて出来そうもない。

「ん~~っ! これこれぇ。やっぱり璃乃んちの夕食はサイコー! タダ飯万歳!」

 麻姑先輩はいつか出禁にしてやろうか。

 今すぐにでも突きつけてやりたいところだが、たまが居る限りそれは現実的とは言えないし、ツルさんの目の前でそんなこと言うのはそもそも憚られる。

 ――麻姑先輩は、それを分かっててやってるのだろうけど。


「…………ふぁーぁ」


 と、夕食を賑やかに食べていると奥の部屋からあくびする声が聞こえた。扉が開かれて、暗闇の奥から姿を見せたのは金髪の幼女だった。


「どぉしたのよ騒がしい……ってあら。ツルにマコじゃない」

「おや、アリスさん」

「おっじゃましてまーす」


 金髪の幼女――アリスは食卓の上を見て、続いて私を見る。

 私は言葉もなくこくんと頷いた。


「……どうにも、食欲が湧かないからあとでいただくわね」


 アリスはそう言うと暗闇の奥に戻っていった。

「あとでちゃんと、ご飯あげるんだよ?」

 麻姑先輩が意味深な視線を向けてくる。

 ――本当に、この人は……。


 ◆


 深夜。ツルさんは帰り、たまは寝静まり、麻姑先輩がコンビニに行くとか言って部屋の外に出た頃。私はアリスの部屋に行った。開いたカーテンから月光が差し込んているから、僅かに明るい。

「ごめんなさいね。私のために……」

 私が首筋を晒すと、アリスはしゅんとして言った。

「拾ったのは私だから、気にしないで」

 次の瞬間、甘い痛みがピリっと走る。

 血を、吸われているのだ。

 こうして牙を突き立てられて、血を吸われると、どういうわけか身体が火照ってしまう。

「……っん」

 零れそうになる声を必死で抑え、吸血が終わるのを待つ。

 甘い痛みに酔いしれていると、アリスの牙は突然に引き抜かれた。

「今宵も、美味だったわ。……私が力を取り戻すまでもう少しかかるけど、それまではどうか……」

「……はい。わかってます。私、身体の丈夫さには自信あるから、平気ですよ」

 ――こんな快感を毎晩味わっていては、精神の方が先に大丈夫じゃなくなりそうだ――。

 そんな考えをおくびも出さないようにして、私は静かにパジャマのボタンをかけ直した。


 リビングに戻ると、私は敷かれっぱなしの布団の上で横になる。先客であるたまのしっぽの温もりを味わいながら、眠りに落ちた。


 ――こうしてまた、私はロリババアだらけな明日を迎えるのであった。

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