呪われし宿命を撃ち祓う絆の拳


  ◆これまでのあらすじ◆


 時は大正。禍津と福津という名の兄弟がいた。彼らはともに、同じ女性に恋をする。秋津風家令嬢――秋津風によ。

 禍津が手をこまねいている間、福津はその思いを伝え、秋津風家に婿入りを果たしてしまう。これにより狂気に堕ちた禍津は帝都東京を流離さすらう浮浪者に。やがて、秋津風家に子が生まれると、禍津の狂気は頂点に達する。

 ――己を選ばなかった家に、己を省みることなかった弟に、災いあれ。

 狂気のあまり全裸で帝都を駆ける異常者となった禍津は、偶然耳にした帝国陸軍の会話からいにしえより伝わる邪法の存在を知る。

 そして、関東大震災の夜。帝都の呪的ネットワークの乱れに上じて禍津は邪法――永年縁者発狂法エイネンエンジャハッキョウノホウを発動させる。これは己の最大の狂気を他者に押し付けるというものであった。

 邪法により、幸せな家庭を築いていた福津は狂気に呑まれてしまう。

 ――そう。

 禍津が最大の狂気を発した年齢になった頃、福津は禍津同様に、全裸で帝都を駆ける狂人と化してしまったのだ!

 これが福津のみを対象とするものであれば、まだ救いはあった。

 しかし、禍津の憎しみは秋津風家という「家」に向いている。

 秋津風家の男子、これのことごとくは福津と同じ運命にあるのだ。すなわち、「中年ナリシ秋津風家ノ男子、忽チ狂ヲ発シ全裸ニリテ街ヲ駆ケル」。

 この全裸中年男性の呪いにより、旧華族であった秋津風家はあっというまに零落した。

 禍津は邪法により擬似的な不老不死を実現している。この世に禍津ある限り、全裸中年男性の呪いから秋津風家が解放されることはない。

 ゆえ、福津の子、その孫はともに中年手前で割腹自殺をしている。

 ゆえ、福津の曾孫は愛する女性とともに禍津に立ち向かった。

 現在より、20年前のことである。

 果たして、禍津は討たれた――かに見えた。

 しかし。しかし。元凶は未だ健在。死してはおらず、分身の一つを滅ぼしたにすぎなかったのだ。

 その事実を秋津風家は最悪のかたちで知ることとなった。

 福津の玄孫として生まれた兄弟がいる。

 兄の名を羅刹。弟の名を無垢。二人は幼馴染の春原日和はるばら・のどかと平和に、普通の一族の子として生まれ育ち、日々を遊び過ごした。

 ことが起こったのは、羅刹と無垢の、小学校の授業参観の日だった。中年になりつつあった二人の父――福津の曾孫――がその日は来ていた。

 突如、父は豹変した。

 奇声を放ち、スーツを馬鹿力で破り捨て、全裸になりて校内を駆け巡った。およそ人語とは思えぬ叫び上げて、時に児童に容赦なく襲いかかり――その事件は翌朝の新聞の一面を飾った。

 これにより、兄弟は直面することとなる。秋津風家の数奇で呪われた運命に。

 二人の出した答え。それは無論、禍津の打破であった。

 幼馴染の春原日和と一緒の、明るい未来を掴みとるために彼らは修羅の道を征くと決めたのだ。

 ――時は流れ、現在。

 いよいよ、秋津風羅刹は全ての元凶にして呪いの中心点、禍津の本体と相対していた。

 それまでに幾多もの戦いがあり、弟は死した。

 しかし遂に。羅刹はあと一歩までのところまで来たのだ。

 戦闘の余波で崩落したビルの瓦礫の上に立ち、羅刹は抜き身の殺意を禍津に向ける――。


 ◆あらすじ・おわり◆


「ここまでだ」


 羅刹は修羅そのものの双眸で告げる。


「オレたちはもう、お前の思い通りにはならない。お前はここで死ぬからだ」

「笑止千万」


 邪法により若返った禍津の容貌は美男子のそれであった。しかし心の濁りは表面上の美しさ程度では隠し切れぬと見えて、どろどろとした瘴気を放っている。


「貴様らは何もできはしない。この、法治社会。この、人権社会。この、素晴らしき現代に貴様ら秋津風の一族は社会に殺されるのだ。優生学否定論者たちの手によって去勢され、人権活動家たちに人権を剥奪され、山野を棲み家とする害獣が如く、殺される。私が手を下すまでもなく、だ」


「……じゃあ、なんで無垢を殺した」

「貴様らがあまりにしつこかったのでな。見せしめだ」


 淡々と禍津は言った。


「そも、悪いのは福津の奴だ。あの愚か者が、弟の分際で兄を超えようとした畜生がこの呪われた今を生み出した。……私は哀しいよ。このようなことになってしまって」

「……っけんな」

「あ?」

「ふざけんなッて言ってんだよクソ野郎ォ!」


 震脚! 羅刹の右足が瓦礫砕き地を揺らす。


「……そんなにオレたち家族が憎いならよぉ、無視すりゃいいじゃねェか。見なかったことにすりゃいいじゃねェか。テメェは、いつまでもウジウジウジウジ地べた這う無視みてェに過去のこと気にしてんじゃねェッ!」


 放たれた拳は数億トンもの重みを持っている。だが、禍津はこれをこともなく受け止めて見せた。


「――愚かな。我が肉体は帝都の呪的ネットワークの支援を受けている。いくら物理攻撃をしかけようと、無駄だ」

「へっ。よく喋るじゃねえか老害。アンタにいいコト教えてやるよ」

「……?」

「――知ってるか? この国にはもう、帝都なんてないんだぜ?」

「餓鬼め……」


 禍津の表情が歪むのと対照的に、羅刹は笑みを浮かべた。


「だからよ、もう、帝都のネットワークとやらも、御役御免なんだわ」

「――っ!?」


 禍津は知覚する。己の肉体が、呪的なものからただの物理的なものへと急速に堕ちてゆくのを。何か、心臓よりも大切なものと、切り離されたのを。

 ふらり、と眩暈を覚えた。こんなことは、呪的ネットワークと接続して以来はじめてだ。

 頭が痛い。筋肉が炎症する。内臓は急速に衰えているのか、一斉に悲鳴を上げだした。


「…………な、なに、を」

「オレの母さんがやってくれたんだな。禍津、テメェはもう、おしまいだ」


 羅刹が禍津の腹部を指差す。

 バシュっ。と、高速の弾丸が禍津の腹を撃ち抜いた。血は出なかった。


『羅刹くん、ごめんね。私、狙撃こんなことしかできなくて……』

「気にすんなよ日和。オレは、お前がずっとそばにいてくれて本当に助かったんだ。きっと、無垢だってな」

 短く言って、インカムの通信を切り、捨てる。もう必要ないものだ。そして、ここから先は、日和には到底聞かせたくない。


「ぐ、ぐがぁあああああああああああああああああああああああ――」


 苦痛の悲鳴上げる禍津の前に立ち、羅刹は告げる。


「オレはお前を殴る。だから立て」

「く、だっ、誰、が……」

「……下手な演技はやめろ。まだ、お前には奥の手がある。だから逃げようともせずにただ蹲まって、殺されるのを待っている」


 羅刹はポケットから小さな紙片を取り出して、それを口に入れた。途端、羅刹の纏う気が幾億倍にも増幅される。


「これは、オレたち家族の絆だ。……いつの日か、テメェを殺すために少しずつ、秋津風の一族が少しずつ呪力を込めて、込めて、込めてきた……オレがいま、纏う力こそ秋津風のすべて。――歯ァ喰い縛れ。逃がさねェぞ」

「ぎ、――」


 禍津は飛び退ろうとしたが、遅かった。


「こいつは、初代、福津! テメェの弟の分!」

「こいつは二代目! こいつは三代目! 切腹してった二人の分!」

「こいつはオレの父さん! 精神病院に叩き込まれた父さんの分!」

「そして、こいつは、オレと無垢と日和――そして、これから先の秋津風の家族の――未来の分!!」


 目にも止まらぬ速さで放たれた拳の4連撃。全てを叩き込んだ羅刹は改めて一撃を見舞うべく振り被って宣言する。


「――ラストォ! こいつが、こいつこそが、オレたち家族の絆ァ――――――――!!!!!!!」

「グァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ――!!!!!!!!」


 禍津は、秋津風家の気を叩き込まれ、塵一つ残さず消滅した。

 ここに、呪われた運命は取り払われたのだ。


【続かない】

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