お題:【おちる】をテーマにした小説

 例えば、バンジージャンプ。或いは、ジェットコースター。フリーフォールでもバイキングでもスカイダイビングでも、安全の保障されたインスタントな恐怖が好きだ。万が一にしかない、けれど万が一は存在する死の気配を身近に感じるのが好きだ。怖くないわけではない、むしろ自分は結構ビビりな方だという自覚がある。それでも、あの内臓が浮き上がるような感触と浮遊感はどうしてか分からないけど癖になっていて、思い立った時に遊園地で絶叫マシン巡りをしてしまうくらいには愛好していた。


「……だからって、ここまでくると流石に慣れちゃうんだよなぁ」


 僕は今、かれこれ1


『もしもーし、今どんな感じだーい?』


 ヘッドセット越しにのんきな声が聞こえてくる。この実験の責任者と名乗った女性、藤原博士の声だ。


「どうもこうもないですよ、いい加減落ちるのにも飽きが来てるとこですよ」


『あー、やっぱり?』


 今、僕が放り込まれているのは最新式の絶叫マシン――の、皮を被ったの試作品だ。ある空間と別の空間を接続してワープを可能にする装置を使って、床と天井が繋がった空間に放り込まれている。床からすぐ天井にワープし、天井からはそのまま自由落下して床まで届くと着地することなくまた天井にワープ、というループをかれこれ1時間は繰り返している。

 そんなSFじみた超技術がどうしてこんな日本の片田舎で研究されているのか、どうして絶叫マシンのモニターなんて体裁で被験体を探していたのか、というか人間でなければいけなかったのか?そしてそんな怪しいバイトに何故2週間前の僕は応募してしまったのか?色々と疑問や後悔はあるのだが、落下しすぎて色々とどうでも良くなってきてしまっている。とにかくこの実験はいつ終わるのか、無事に帰れるのか、思考のリソースがそこだけに絞られていく。


『ちなみになんだけどさ、ぶっちゃけいつごろから飽きてた?』


「だいたい落下後10分くらいしてからですかねー」


『えぇ……そんなに早く?』


「景色も変わんないですし……ジェットコースターとかと違って落下のバリエーションも無いですし……」


『そっかぁ……じゃあ絶叫マシンとしての用法はイマイチだなぁ』


 絶叫マシンは体裁ではなく本当に用途の1つとして数えていたのか?という疑問が一瞬脳裏をよぎったが、とりあえずそれは無視することにする。


「あの、藤原博士?僕、あとどれくらい落ち続けたらいいんですかね?ていうかどうやって止まればいいんですか?」


『え?止まれないよ?』


 …………は?


『今の君は時速約190㎞、つまりほぼ終端速度で自由落下してるんだけど、パラシュートもなしにそんな速度から安全に止まる方法なんてありません』


「じゃあどうしろって言うんですか!」


 絶叫マシンで感じるような安全なものとは違う、本物の死の恐怖が思考を埋め尽くす。不透明だったこの先に、死という明確な結果が迫っていると知り頭が真っ白になる。


『あ、でも安心してね。止める方法は無いんだけども君は死んだりしないから』


 そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、藤原博士は一筋の光明を提示する。


「……どういうことですか?」


『この実験は複数の技術を同時に試験しているの。その一つが反重力実験で、もう少ししたら床部分のワープゲートを別の部屋に設置してある反重力装置の真上に接続することになってるわ。そうすれば君の体は反転した重力によって空中に投げ出され、無事着地できる筈よ。落下自体はどうしようもないけどその方向性とエネルギーはどうにかできるってわけ。着地時にはだいたい時速2~3㎞まで減速する予定だから安心して?』


 よくわからないが、要するに助かるのだというその説明で緊張が一気に弛緩する。


「た、助かるんですね……それじゃあ早くお願いしますよ」


『そうだねー、ある程度データも取れたしいい加減解放してあげないとね』


 その言葉からしばらくの間、少し遠くの方に指示を出すような声と何かの機械が操作されるような音が聞こえている。そしてようやくその時が来た。


『お待たせ、それじゃあ反重力ルームに転送します。念のため受け身の準備とかしててね?それじゃあ3、2、1……ゼロ!』


 合図と同時に部屋の床が一瞬歪んだような気がする。それが事実だったのかは一瞬のことで確認できなかったけど、床を通り抜けたあとは確かに見たことのない部屋に辿り着いて、そして――


「ぇ?」


 反重力装置によって僕の落下は反転し、時速190㎞のまま出てきたばかりのワープゲートに押し返された。その先にあったのはさっきの部屋だったが、さっきまで存在していた天井部分のワープゲートは消滅しており、結果としてとんでもない速度で天井に叩きつけられた僕の生命活動はその瞬間に停止した。





「————あの、なんで僕生きてるんですか?」


 間違いなく、死んだ。そのはずだった。けれど今の僕はワープゲートの無くなったさっきの部屋に呆然と立ち尽くしている。


『それはねぇ、この実験に使っていた三つ目の技術……不死の薬のおかげだよ。日本だとオチミズって呼ばれたりもしてるんだけど、いやぁーうまく効いてくれてよかったー』


 人の命を何だと思っているのか、というかいつの間にそんなものを飲ませていたのか。心の中に渦巻く文句が多すぎて何から言えばいいのか分からない。


『ところでせっかくだからオチミズの効果について確認したいんだけどね、今何か体に異常とかある?』


「そうですね……」


 色々と言いたいことはある、あるのだがしかし一応生きている以上質問をされれば答えようという方向に頭が動いてしまう。


「とりあえず、二度と絶叫マシンで怖がれなさそうです」


 とりあえず、最大の不満が真っ先に口を吐いていた。


〈了〉

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