お題:【ソシャゲ】をテーマにした小説

「本日のログインボーナスはこちらー♪」


 嫌になるほど聞き覚えのある可愛らしい声が、電子上のデータが僅かに加算された旨を知らせる簡易的なアニメーションが流れる。今では当たり前になったモーニングルーティーンだ。


「明日はこれが貰えるよ!毎日ログインしてね!」


 言われるまでもない。ソーシャルゲームは今や社会に生きる全ての人間にとって欠かすことのできないインフラであり、万が一ログインボーナスを取り逃がそうものならばそれは社会人としての明確な停滞、或いは後退に他ならないのだから。


「ハイハイ。とりあえずそうだな……飯にするか」


 まだまだ眠っていたい本能を押さえつけて脳を稼働させる。スマートフォンを操作して専用アプリを開いて画面上でサンドウィッチとコーヒーのセットを注文する。決定ボタンの押下からものの数秒もすると室内に設置された宅配ボックスから軽快な電子音が鳴り響き、蓋を開けば注文通りのモーニングセットが届いていた。


「モーニングセット1食あたり200SPソーシャルポイント、なんやかんや言ってこれが一番コスパ良いんだよなぁ」


 僅かな諦めを独り言と一緒に吐き出すと、そのままサンドウィッチを口に運ぶ。今日はタマゴ&レタスサンドとベーコン&レタスサンド、オーソドックスだからこそ当たりの日だ。ふわふわの食感を楽しみつつ、開いてる手でリモコンを操作して朝のニュース番組を表示するとちょうどソーシャル社会成立30周年を祝う記念式典の様子が映し出されていた。


「あっ、今日ってそういや祝日か……じゃあ会社休みじゃんラッキー」


 休みじゃないと思っていたら休みだった、というのは単に勘違いしていただけなので実質的には一切休みが増えていないと分かっていつつどうしても気分が高揚してしまう。世界最大のソーシャルゲーム会社のC-GAMESシーゲームスがその利益を利用して世界中の国家から主権を奪って今日がちょうど30年目、ソーシャルゲームが生活に組み込まれたとはいえそれ以外は寧ろかつての資本主義社会よりもずっと快適になったらしい。らしいというのは単に僕がそれ以前の時代を知らないからなのだが。


「昔の人はソーシャルゲームを好きでやってたって言うんだから信じられねぇよなぁ?今の俺たちにとっては生きるための糧を稼ぐ道具でしかないってのに……」


 誰かに言うわけでもないのだが、自分一人で消化するのも座りが悪いので一人でぼやいてみる。降って湧いた休日と言っても予定があるわけでもないのだからやることはあまり多くない。ほとんど惰性に近い感覚でスマートフォンを使ってソーシャルゲームを、そしてパソコンの画面で別のソーシャルゲームをプレイしながらSNSを開いて何か暇を潰せそうな情報が無いかを検索すると、おあつらえ向きに面白そうな情報が目に入った。


(C-GAMESの裏側……ソーシャルゲーム社会を盾に世界を支配するその真の野望とは、ねぇ)


 珍しくもないはずのわかりやすい陰謀論、それが今日に限って妙に気になってついつい画面リンクを開いてしまう。


――C-GAMESはただ単にソーシャルゲームを普及させたのではない。旧時代の研究によればソーシャルゲームは驚異的な中毒性を発揮することが証明されている。C-GAMESはそれを利用して多大な富を手にし、違法化される寸前のタイミングで世界を手中に収めたのだ。それは単なる経済的な支配に留まらない。ソーシャルゲーム中毒を生み出すことによる人心支配、全人類をソーシャルゲーム依存にさせた後、C-GAMES本社ビルの地下に設置されたソーシャルゲートに多くの人間の魂を送り込み、生み出されたソーシャルゲインによる大量破壊兵器を生産し軍事的にも世界を支配することこそが真の目的だ――――


「ってなんだよこれ!」


 途中までは如何にもそれらしい話だったのだが、一気にオカルトに急ハンドルを切ってしまった。なんだよソーシャルゲートって。なんだよソーシャルゲインって。決してオカルト話が嫌いなわけではないが、それにしたって品というものがある。あんまりにも突拍子の無い話はむしろオカルトというよりは単なる狂人の戯言と区別が付かない。あくまで個人的な基準だが、そういうオカルトはあまり好きでは無かった。さて、こうなるともういっそのこと興が削がれてしまい、いっそのことたまにしか見ないようなニュース番組を真面目に見てやろうかという気持ちになる。勿論すぐ飽きるだろうことは想像に難くないためオンデマンドサービスで面白そうな映画を探すことも欠かさない。ソーシャルゲーム時代におけるマルチタスクはもはや必須スキルだ。


「——では、これからC-GAMES会長による挨拶です」


 まだ記念式典やってたのか。いや、さっきの陰謀ニュースを見ていた時間なんてさほど長くないのだからそう簡単に式典が終わらないのも仕方ないのかもしれない。とりあえず心を無にしながら片手でガチャを回す。無料石が余っていると腹いせのようにガチャを回したくなる日がたまにある。今がそれだった。


「えー、本日はお日柄も良く世間的にも平和なまま今日という日を迎えられたことを嬉しく思います」


――R武器:ブロンズソード、Rキャラ:戦士フィード、R召喚獣:レッドスライム……いかんな、いやなスタートだ。おっさんのスピーチなんて流してるから運が吸われてるのか?


「30周年記念しまして本日正午より皆様がプレイされているすべてのソーシャルゲームに最大無料300連ガチャキャンペーンを開始いたします」


 しまった、ガチャはその時まで待てばよかったか。そんな後悔をしてる間にもガチャの演出は再生されていく。


――SR武器:赤薔薇の短剣、R召喚獣:ゴブリンアーチャー、SR武器:青薔薇の双剣……お、徐々に運が向いてきた。


「そしてこれで我々はソーシャル社会を更に一歩先に進めることができます。即ち……ガチャによる進化です」


――SR召喚獣:蒼穹のワイバーン、SRキャラ:赤騎士フリューゲル、R武器:ブロンズダガー……待て?今なんか言ったか?


「ご期待ください!これより先皆様の魂はソーシャルゲートを通しソーシャルゲインを生み出すためのガチャを回す疑似通貨へと昇華することが可能になりました!魂を多く差し出していただけた方にはその分ソーシャルゲームを有利に進めるためのSSR確定ガチャチケットを……」


 滅茶苦茶不穏な話が聞こえてきたが、耳を閉ざすのも億劫なので代わりにニュース番組の表示を停止した。


「……陰謀論、案外馬鹿にできないなぁ」


 何も知らないふりをして、のんきな感想だけを漏らしてみる。この後の世界がどうなるのか、そんな考えたくないことから意識を逸らすため改めてスマートフォンの画面を見つめると


――SSRキャラ:紅龍将軍グレンデル


 SSRを引いても嬉しくない時は今までにも何度かあったが、今日の場合は格別だった。


<了>

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