お題【ラグランジュポイント】をテーマにした小説

>EXEC_SEEK_SECTOR/DIMENSIONAL_POINT/03.


「あと一歩だったんだ」


 寂しそうに、名残惜しそうに、星空を見上げながら彼女は呟く。


「あと一歩って、何がですか?」


 僕が問いかけると、彼女はゆっくりとこちらを向く。顔の動きに合わせて黒髪がゆっくりと靡き、深い夜空色の瞳と目が合うと、独り言のように話し始めた。


「私はね、観測に失敗したんだ。この座標こそがラグランジュポイントなのだと演算したのに、失敗した。だから私はその原因を探ることにした」


 よく、わからなかった。だというのに耳を、目を、話せない。夜空にはいくつかの流れ星が煌めいて、あちらこちらに散らばっている。


「いいかい?君はこれから一人の女性と結婚する。それはもっと先のことで、いつなのか、誰なのかは教えてあげることはできない。あー、まあ生涯独身は避けられるってことを知れただけでも君にとってはお得な情報だったかな?」


「八重樫先輩?何を言ってるんですか?」


 思わず疑問が口をつく。先輩は、そんな言葉も聞こえていないかのように更に続けていく。


「結婚して、子供は最終的に3人作る。まあ、平均と比べてかなり恵まれた人生を送れるんだよ。最後にはちゃんと家族に看取られて死ぬし。でも、私はそれで満足しなかったんだ」


 少し語気が強まった、ような気がした。


「だってそうだろう?君はもっといい人生を歩むべきだ。君が■■才で死ぬなんてかわいそうだ。君は本当なら■■■で■■■■が■■なのに―――それに、君は、どっちかと言えば私と付き合うべきだよ」


 うまく聞き取れなかった。聞こえにくいとか声が小さいとかではなく、部分的に僕の意識が途切れているかのように何かが聞こえない。それでも、最後の部分は聞き取れた。


「あの、先輩?それって告白、ですか……?」


「ん?ああ、そうだよ。でもね、言っただろう?私は失敗したんだって。この告白は君に対してだけど、同時に君に対してではない。」


 やはり、さっきから先輩の言うことは妙だ。何のことを言っているのか、そんな僕の気持ちを表情から察したのか、先輩はまた話始めた。


「星と星だけじゃなく、人と人にもラグランジュポイントは存在するのさ。タイムパラドックスの穴を突くそれは西暦で言えば4000年代に発見された。ある特定の時空間座標にタイムスリップする限り、特定の人間に対して時間干渉の影響を与えない安定点。5つあるうち今はその3つ目、君の先輩ルートだったんだけど……何分非常に高度かつ複雑な計算式でね。微妙にズレてしまったようだ」


 それは相変わらず何を言っているのかわからない、けれど先ほどまでよりは妙な具体性を伴っていて、いつの間にか聞き入っていた。


「もうじき私はここから去る。そして4番目のラグランジュポイントに飛ばせてもらう。次は君にとってはだいたい……大学2年生に後輩ルートか。君は覚えちゃいないだろうけど、それまで浮気しないでいてくれたら嬉しいな」


 ふらりと、立ち上がってどこかへと歩いていく先輩に


「待ってください!」


 思わず声をかけていた。


「八重樫先輩!あの、僕、恋愛とかは正直よくわかんないんですけど、先輩のことは好きですし、さっきの告白は」


 言いかけたところで、先輩は口に指を当てて目で訴える。それ以上は話すな、と。


「それだけ聞ければ充分さ。だけどここでOKしてもどうせ時空連続体にガタが来て長居できないからね、私はそれだけじゃ満足できないのさ」


 そうして、今夜初めて、先輩はにかっと笑って


「それじゃあ、バイバイ!」



                  ◇



――――――帰り道。いつものようにコンビニに寄って新商品をチェックする。いつもと変わらない、一人での帰り道だ。ふと、見上げた夜空は星が綺麗に瞬いて、思わず少し見惚れていた。その時間は数秒程度の短いものだったけど、なんとなくだが心に強く残ったような気がした。



                  ◇



「L4は大学生、つまりは彼女も近くにいるんだよなぁ……真正面から勝負するのは避けたかったんだけど、次のL5よりはマシだから一気に決めちゃいたいな」


 独り言を呟きながら、私はモニターを操作している。時空転移先の座標を何度も何度も演算してミスが無いか計算する。100回でも1000回でも検算には足りないかもしれないが、できることはできるだけやっておくに越したことは無い。


 なにせ、3000年越しの略奪愛だ。先に生まれてるってだけの女に渡す気は無いんだから。


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