お題:架空の長編の3話くらいのエピソード

「存外、いつもと変わらないものだな」


 黒竜襲撃から一夜明け、シルバとクロノは式典用礼装のまま復興作業中の央都オウト市街地を歩いていた。


「直接黒竜を目にした市民は少ないようですし、何より死者が出ていないのが幸いしているようです。僕たちはこれから復興に黒竜対策で会議尽くしですけどね……」


 クロノは手に持った資料に目を通しながらぼやく。三都友好記念式典の真っただ中に行われた未知の存在、黒竜の襲撃と時を同じくして現れたテロリスト集団黒都コクトによる国家への宣戦布告。一夜にして山積みとなった問題にどう対処するべきか、多くの人間が頭を抱えていた。白都ハクトの代表であるクロノはその中でも特に重荷を背負っている一人だ。


「現在黒竜と戦ったのは姉さまだけです。その姉さまの目から見て、率直な感想を教えてください。姉さまは……いえ、三都はあの黒竜に勝てますか?」


「人前で姉さまはやめろ、だがそうだな……」


 シルバは顎に手を当てて思案する。昨日の戦い、万全の状態ではなかったものの自分が放った渾身の一撃が、黒竜の鱗には僅かな傷さえつけられなかった。仮に自分が万全だったならば?仮にあの場に他の味方——例えば精強で知られる赤都セキトの軍が、大国の技術を取り込んだ青都セイトの作った兵器があったならば?経験を参考に幾つかのシミュレーションを行い、その上で


「難しい、と言わざるを得まい」


 短く、淀みなく言い切ったシルバの言葉にクロノは内心ゾッとしていた。銀線のシルバ、白都の数少ない戦士でありながら単独個人で軍にも匹敵すると言われる女傑。赤都の将軍や多くの息術師と比較して尚三都最強と言われる人間が発したその一言は余りにも重かった。


「現状はな」


 続く言葉にクロノは耳を立てる。


「相手は竜、それも恐らくは以前手合わせしてもらった白竜様よりも更に強い怪物だ。だからこそ、こちらも竜を出せば勝ちの目がある」


「それは……」


 それは、あまりにも難易度が高い提案だ。三都に祀られる三頭の竜、それを軍事的な作戦に投入するなど承諾されるわけがない。シルバの言うこと事態はもっともである分、そうしなければ勝てないほどの強敵の出現にクロノは改めて頭を抱えた。


「できると思いますか?」


「まあ、都を預かる連中は一人も首を縦に振らんだろうな。だが実際のところできるかどうかではない。やらねばならないのだ。クロノ、お前は今の情報から考えられる最悪をどの程度まで想定できている?」


「最悪、と言うと?」


「私は、黒都が本当に黒竜を操ってゲリラ的に投入できるところを最悪だとみている。その時点でハッキリ言って三都に大きな被害が出ることは避けられない。だがお前はどうだ?私よりもっと物事を深く考え、見通し、さらなる脅威への手を打てるのではないか?」


 クロノは姉に、白都最強の人間に頼りにされているという事実に胸が熱くなるのを感じ、そして考える。今起きている問題への対処だけではなく、想定可能な最悪を。


「僕の考える最悪は……黒都が黒竜に限らず、あらゆる竜を使役する手段を持っていることです。その技術の出所が他国ならばより一層に。もしそうなれば姉さまの言うように竜を作戦に投入することは不可能となるでしょう」


「逆に言えば……その問題さえクリアできれば竜を作戦に投入できる、ともいえるな?」


 予想外の提案に、クロノは目を丸くする。クロノは考え得る最悪を想定したつもりだが、同時にその懸念を解消できれば三都の重い腰を動かす材料にすることも可能になることも確かだ。


「その通りですが、しかし一体どうするつもりです?自分で言っておいてなんですが、確認のしようが無いと思うんですが……」


 言葉を遮るように、シルバは真っすぐクロノを見つめて諭すように言い放った。


「お前は肝心なところで頭が堅いな。黒都が本当にこの国を潰すつもりがあるのなら、少なくとも数十人単位で人を使うはずだ。お前の言うように他国と繋がっているならば余計にな」


 クロノは無言で頷く。そこには異論がない。


「そして竜を操る技術があるのならばこれも操る人間が必要になる。これは戦略上の必要性から高確率で戦場に出てくる。つまりだな?入国してくる他国の人間を徹底的に調査、監視、最悪一時的に入国制限をしてでも他国の介入を一時的に遮断する。その上で戦場付近にいる黒都側の人間を一網打尽にすれば竜が敵に操られるという最悪の可能性を排除できるというわけだ」


「……入国制限はまだしも一網打尽の方はどうやって?」


「私が直接戦場に出る、という条件を出すんだ。黒都と関係がありそうな戦場には片っ端から出撃して何もかも更地に変えてやる」


 衝撃的にもほどがある提案に、クロノは口を開けて目を白黒させていた。要するにこういうことを言っているのだ、怪しい人間は全部自分が叩き潰す、と。そしてそれを納得させるだけの実力と実績があることも、クロノは承知している。


「一応、他にも問題はありますが……」


「そっちはお前に任せる。私は戦闘装束を取りに行くから一旦白都に帰るが、後は頼んだぞ」


 言い終わると、シルバはあっという間にクロノの目の前から消えていた。糸を利用した超高速移動、それを文字通り目にもとまらぬ、人間の動体視力を超えた速度で行えるのは彼女だけだ。もう今から追いつくのは不可能だろう。


「仕方ないなぁ……とりあえず」


 クロノは諦めと決意を込めて呟く。


「まずは赤都の軍を動かさないと……となれば将軍、いえ、あの天才軍師殿に会うしかないか」

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