お題:【TS】をテーマにした作品

 違和感。誤差のレベルで体温が高い、ような気がする。体が軽い、その割に体が重い。矛盾しているようだが、素直な感覚だ。

 目を覚まし、ゆっくりとベッドから降りる。部屋におかしな点はない。いつも通りの自分の部屋、フローリングの床には脱ぎ散らかされたブレザー、勉強机の上には読み終えたまま放置されている漫画雑誌、カーテンは僕の好きな青い色。勢いよく開けて朝日を取り込む。何も、おかしな部分はない。はずだ。


 粘りつくような違和感を抱えたまま部屋を出て洗面台へ向かう。歯を磨き、顔を洗い、寝癖を直そうとして、そこでようやく違和感の正体に気付く。


「髪が伸びてる……?ていうか、顔が違う……?」


 昨日までは肩にも届かないくらいだった髪が、腰の近くまで伸びている。空手をやってそれなりに付いていたはずの筋肉が剥がれ落ちたかのように体が細い。目は大きくなって丸っこくなっている、ような気がする。そして目を逸らしていたものの意識しないわけにはいかない。胸と尻がいつもより大きくなっている。これではまるで


「女の子……?」


 現実を受け入れられないまま、右手が股間に向かう。が、当然と言うべきなのかあるはずの物が無い。生まれてこの方15年間ずっと一緒に過ごしてたはずの相棒がいない。


 困惑、それと同じかそれ以上に大きな好奇心が胸を満たしていることに気付く。左手が、右胸を、揉んでいる。柔らかい。自分の物ではあるが柔らかいものを揉んでいる。健全な男子であるならば意識を逸らすことができないもの、それが女体であり法や倫理、或いは気恥ずかしさや意気地のなさが故になかなか手の届かないのもまた女体だ。それが今、自分の肉体という最も身近な場所に存在している現実はあらゆる疑問を吹き飛ばしていた。


「柔らけぇ……」


 不思議な感覚だ。昔女体への興味の余り自分の胸を揉んだことがあったが、その時はなんとなくこそばゆいだけで望んだものは手に入らなかった。今は違う。なんとなくこそばゆいのは同じだが、それでもこの掌には確かな柔らかさが質量を伴って存在している。


「柔らけぇ……柔らけぇよう……」


 気付けば涙を流していた。鏡に映る自分の顔が正直言ってかなり好みのタイプだったこともあり、なんとなくだが可愛い女子の胸を揉んでいるような気分になっているのだ。この際それが自分の物だという現実はどうでもよかった。


「そのくだりをいつまで続けるつもりだね?」


 背後からの声、思わず後ろを振り向くと白衣を着た長身の女がそこに立っていた。髪を安全ピンのような髪留めで乱暴にまとめ、丸眼鏡の向こうにきれ長の目がこちらを睨みつけている。


「誰だ、あんた?」

「自分の胸を揉みながら人に名前を尋ねるとは失礼とは思わないかね?」


 言われてみればそうなのだが、推定不法侵入者の発言だと思うと微妙に納得が行かない。それでも女性にそういうことを言われるのはなんとなく恥ずかしいような気分になって、名残惜しくも手を放す。


「誰だ、あんた?」

「私は古賀。君が朝起きたら女になっていた現象の元凶だ」


 登場も唐突なら告白も唐突だった。15年も生きていれば流石に現実として受け入れざるを得ないのだが、人間は朝起きたとしてもいきなり性別が変わったりはしない。正直に言えばさっきまでは半分くらい夢なのではないかと思っていたが、古賀と名乗った女の話を信用するならばどうにもこれは現実らしい。


「これまで理想のTS娘を生み出すために様々な研究を行ってきた。その結果として生み出された7つのTSアイテムが盗み出されてしまいこの国は今TSハザード状態に陥ってしまったのだ」

「えっちょっと待ってくださいお医者さん呼びましょうか?頭の」

「私だって随分頭のわるいことを言っているのだと自覚する程度の社会性はあるが申し訳ないことに現実だ」


 胸を揉んでいて満足していた思考が徐々にクリアになっていく。女になったのも、それが目の前の女によるものであることも、7つのTSアイテムという頭のわるさが極まったかのような名称も全てが現実だとでもいうのか?


「私のことは信用できないだろうが、それでも信じてもらうしかないのだ。君は7つのTSアイテムの1つ”あさおんドリンク”の、恐らく原液を摂取した。雨水に交じったあさおんドリンクのせいで今既に日本にいた男のほとんどはTSし、男女比率は1:9になってしまった」


 そういえば昨日よくわからないジュースをもらってそのまま飲んだ記憶がある。

 

「さっきからちょくちょく単語が頭わるいせいでイマイチ事態の深刻さが伝わってこないんですけども」

「我慢してくれ。ともあれこのままではなんやかんやあった末に日本が滅びてしまう。この事態を抑えるためにも君にはTSアイテムの回収に協力してほしい」

「なんやかんやってなんですか」

「なんやかんやはなんやかんやだ」


 正直、納得はできていない。しかし自分も(元)男の子だ、人に頼られるというのは悪い気分ではなかった。


「本当に僕の力が必要って言うなら協力しますけど……何をしたらいいんですか?」

「ありがとう。君が飲んだあさおんドリンクは一晩でTSさせるだけでなく身体機能を引き上げる効果、そして他のTSアイテムを感知する超感覚を手に入れる薬でな、その力でTSアイテム回収を助けて欲しいんだ」


 その日から、僕と古賀さんの戦いは始まった。対外的には病気で休学ということにしてTSアイテムを持った人間を探し交渉し、時には戦った。


 憑依カメラを手に入れた刑事との出会い、皮化ジッパーを手に入れた怪盗スキンとの戦い、入れ替わりリングを使いこなす双子を助け、そして既に変身ステッキと人格転移アバターを奪った最強のTSアイテム保有者ホルダー、すげ替えブレードの使い手との戦いがあったのだがそれはまた別の話である。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る