第2話「記憶越しの賭」

 アルドと合流した一行は、合成鬼竜に乗ってラウラ・ドームに到着する。まさにラウラ・ドームとは、合成鬼竜と“衝撃”伴う出会いを果たした地名でもある。


「おうおうおう!! 懐かしいじゃあねぇか、ラウラ・ドーム! 思い出すぜ、なあ、鬼竜の兄貴?

 オレっちに花火玉を打ち込む、いい度胸した兄ちゃんは元気か!?」

「修理に協力した者に、ラウラ・ドームの人間もいたようだな。どこかで礼も言わねばなるまい」


 主砲と合成鬼竜の見送りを受けて、アルド達はラウラ・ドームに降り立つのであった。



 花火師が待つラウラ・ドームもまた、空中に浮く大地に築かれた集落である。エルジオンのように巨大な浮遊大陸とは異なり、ドームより二回りほど大きいだけの地表面を持ち、そこから空中にくさびを打ち込むように、地肌が逆円錐形にむき出している。遠くではあるが、エルジオン・エアポートからも望むことができる。

 今日もドームは開かれている。天蓋の一部は覆いを残しているが、十分上空から麦畑や草木を確認できる。ラウラ・ドームの内部からも、近づいてくる合成鬼竜の姿を捉えることができた。


 アルド達は甲板からラウラ・ドームの大地に足を踏み入れる。このにおい、この音――ラウラ・ドームだ。ドームで駆け巡る風が、教えてくれる。黄金の波がさざめき立つ麦畑が住居の奥に拡がっており、日向と日陰で土の乾湿差があるのからだろうか、踏んだ感触が違う足元を感じる。すべて大地に根付いて、ひとつの自然を形作っている。


 アルド達は、花火職人の家であり、作業場でもある建物の中に入る。花火師は背を向けており、どうやら煙火筒の手入れを行っているようであった。入ってはすぐに目が合う、どうやらお待ちかねの様子である。


「おう! おまえ達着いたか!

 合成鬼竜の到着を見て思い出したんだが、いや、あの時はよく見事に打ち上がってくれたな!」

「あの時は正直、生きた心地がしなかったでござる」


 煙火筒やそのメンテナンスのためのキットを整えて、花火師は向き直した。一行の面々を改めて眺め、鼻で軽く笑って見せた。初めてムチャを頼み込んできた当時と比べ、面構えも装備も、一層冒険者たる風格を備えたことは、花火師にもわかった。


「腕には自信がある。多少は仕方がねえってことよ。

 今度は俺の願いを叶えてくれないか? 突然ですまないが、早く取り掛かりてえんだ」


前回の願い、それは、ムチャを承知で花火玉に4名を詰め込み、合成鬼竜に打ち込んでくれ、というものである。ムリではないと言い切り決行に持ち込んだことをアルドはやや苦っぽく思い出す。合成鬼竜が反逆する可能性を一等危惧していたエイミは、その数時間の奇跡を再び噛みしめる。サイラスやリィカは意気込んでいた。


「恩もあるし、オレに出来ることなら手伝わせてくれ」

「そうね、あの時は本当に助かったわ。どんなお願いかわからないけど、やらせてちょうだい」

「コレは、ソーシャル・ヘルパーの力の見せ所、デス! 華麗に叶えてミセマス、ノデ!」

「恩に報い徳に謝す。拙者、最大限の助太刀を致す!」

「それはよかった。では、単刀直入に言うぞ? 俺はな……」


 強い足音で踏み下ろし、一歩前へのめる花火師。目線は天井を突き抜けた先の大空を仰いだ。


「もう一度、花火玉を打ち上げてえんだ!!」


「えええぇぇぇっ!!! またオレ達がアレをやるっていうのか!」

「今度は一発なんかじゃあねえぜ! できるんなら数発は打ち上げたい!」


一同は花火師が発言を重ねる度に後ずさった。いや、リィカはツインテールを何度も回転させている。


「ワレワレと花火玉の耐久性能実験、というコトでショウカ? ワタシ、お受けスル所存デス!!」

「わ、わたしはなるべくなら遠慮するわよ! そう何度も……たまらないもの!」

「......ということみたいなんだが、オレ達がまた花火玉に入って、打ち上がるのか??」


ウソだろ? いや本気か? と、アルドの目元が訴えている。エイミは上体をガードする体勢を無意識にとっている。花火玉内に詰め込まれた時に起きた騒動を、体が覚えていたようだ。

 それをじっと見た後、花火師は鼻息をふっと出し、豪快に笑う。


「冗談だよ! いや、半分は本気だ。もう一度花火を大空に打ち上げたい。

 だが今度は中に人は入れねえよ。本来の見る花火だからな。

 んでもって花火玉の中には、炎色剤という色を発して燃える火薬を入れたいのさ」


えん、と言われ、食材か? いや火薬なのか、と思ったのは、アルドとサイラスである。


「火薬はほとんど手に入らぬのではござったか?」

「火薬は確かにな。だが、炎色剤の元となる鉱物、おまえ達ならなんとかできそうじゃねえか?

 余った火薬を置いておくのも物騒なんでな。使ってやりてえってのがきっかけだったんだが……」


花火師は窓に顔を寄せ、人々の生活様に目をやる。こだわりのひげに一触れし、話を続けた。


「時震の後、思いの丈をぶつけられずに塞ぐ人も見ただろう? 何か力になりたくてな。

 俺には昔ながらの花火しかねえ。だが花火こそ俺達が前を向くきっかけになるという確信がある。

 自分達の打ち上げ花火に思いを込めて、空で咲かすんだ。ウソみたいだがやってみりゃわかる。

 これは俺達住民に必要なことにちがいねえんだ。しがない花火師に力を貸してくれないか?」


 時震やその揺り戻しを受けた時代の人々の力になりたい、そのためには火薬が不足している……アルドは思考を巡らす。前回火薬を手に入れるために使ったヒマワリィのタネや、それでどっせいをおびき寄せたイメージを振り払った。ただの火薬ではなく、今回は色を発して燃える火薬が必要だという。未来、花火……耳に起こされるエルジオンでのお婆さんとの会話に、はっとする。


「わかった。なんとかして、その色を発して燃える火薬の鉱石? を探してみるよ」

「ありがてえ。今入手できる方法がわからなかったんだ。一からになるが……頼むぜ!

 俺の方は、ラウラ・ドームでやることがある。エルジオンと違って今度はやり遂げてやるさ。

 心配すんねえ! ラウラ・ドームは俺の庭みたいなもんさ。さ! 分担と行こう!」


 そう言って花火師はさっさと出掛けてしまった。アルドを除く3名は、アルドの返事を聞いたそばこそ驚いていたが、その確信めいた表情についていくことにした。ときどきアルドは、時の導きを受けているような、こうした不思議な風貌を醸し出すのである。

 一行は再びシータ区画に足を運ぶこととなる。


* * *


 アルドの先導の元、一行は再びシータ区画を訪れる。エルジオンのマップを示す掲示板の前である。


「ここ、シータ区画だけど、その炎色剤の手掛かりはあるのアルド?」

「ちょっと思い当たる節があるんだ。みんなはここで待っていてくれ!」


自分の勘違いやすれ違いで、もし何も得られなかったら目も当てられないじゃないか。自分都合な言い訳だけど、ここは待っていてくれ――アルドはひとまず角を曲がり、3名の視界から外れた。


(とは言ったものの、あのお婆さんはどこへ行ったんだろう?

 近くにいる人から聞き込みをしてみるか……)


 花火師と再会した場所へ戻ってきたアルドは、手始めに、通りかかったお爺さんに尋ねた。


「ちょっといいか? さっきここで起きた言い争いについて見ていないか?」

「あぁ。ここらで見かけない男がいたで、覚えとるよ。おまえさん達も見かけない顔じゃったがの」


お爺さんはまじまじとアルドの装備や装飾品を見つめる。よくできとるの~、と呟いたのは、それらをコスプレと思っての評価である。


「はは……。その時にいた、お婆さんがどこへ行ったかを知りたいんだ」

「ふむ……、あの女性のことかの。助けてやったから覚えとるよ。

 コツンと物を落としたんじゃ。拾ってやったら高価な箱で、そいでキレーな宝石が出て来ての」


お爺さんはGitを落とし、拾ったり手渡す真似をして再現してくれる。


「他にもたくさん持っておったようじゃが、今から売りに行くように言っておったぞ」

「それなら、装飾品を扱うお店かな? ありがとう! 助かったよ!」

「そうかい。気を付けてな」


アルドはそのまま一人で、ガンマ区画のショップへ急ぎ向かった。



 アルドがガンマ区画のショップ前まで行くと、ショップから見覚えのある老齢女性が出てきた。


「あぁ、おまえさんかい。走ってきたようだけど、もしかしてわたしを追ってきたのかい?」

「そうなんだ。お婆さんの知識を借りられないかと思って……」

「これも何かの縁なのかねえ。もう引退した身だが、一体何に困ってるんだい?」

「それが……炎色剤? について、知っていることを教えてほしいんだ」

「ほう、炎色剤とな。なるほど。大方その花火師に頼まれたんだろう?

 花火に使えるような量も質も手に入れるとなると、かなり厳しいだろうね」


 アルドにまるい背を向け、よぼよぼと数歩ゆく。その背の鞄は軽くなったようで、角の跡が遠慮げによれている。


「じゃあ、どこに行ってもその炎色剤は手に入らないのか!?」

「今じゃ手に入らないね。800年前はそれこそ量も質もよかったと聞くが……」

(ちょうど800年前!! オレの時代ならなんとかなるかもしれない……!)

「当時ちょうど火薬の技術者がいて、その扱いを飛躍的に向上させたそうだね」

「火薬の技術者……か。その人の名前とか、いた場所とか、何か憶えていないか!?」

「名前は知らないね。その人が得意としていた鉱物の名前なら忘れもしない。

 ミグランシウム、と言うそうさ」


アルドは一瞬、ミグランス、と勘違いをしそうになる。一度目をまるくしてから、冷静な表情を取り戻す。驚きの表情は隠せなかった。


(ミグランシウムとミグランス王国。名前が似ているのは偶然じゃないはず……!)

「ありがとう! いい手がかりをもらったよ!

 そういえば、名前を聞いてなかったな。オレはアルド。あなたは?」

「いい名前だね。アザレアっていうのさ。お婆には似合わないだろう?」

「そんなことはない。アザレアさん、うん、女性らしくって素敵な名前だと思うよ。

 アザレアさん、体には気を付けてな。オレはまだやることがあるから行ってくるよ!」

「ふふっ。若いのに、女性を喜ばせるのがお上手ね。気ぃつけるんだよ」


 アルドが仲間の元へ駆けて行った後、アザレアは空を見上げる。


「一人でよく築き上げたものさ。ミグランシウム、たった一つで……。

 こんな時世を迎えちゃあ、かつての功績も輝く場所もなくなっちまった……か?」


アザレアの背中に先ほどまであった重みは消えている。感じている可能性を自分の目で確かめてもいいのではないか? と言うように、こわばった指先が浮き上がった。目の前に見慣れた空中ディスプレイが青白く立ち上がる。


「もしそうだとしたら、何もしてやらないわけにはいかないねえ?」


アザレアの指は、ディスプレイ上の文字を空中で叩いていた。関節は硬く、操作はぎこちないものの、迷いはなかった。

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