ティアとアイルの異世界旅行

灰色毛玉

第1話 プロローグ

 あたしは、清水愛良十六歳。

今年高校二年に上がった、割と普通の女子高生だ。制服目当てで、割と近隣では有名な幼稚舎から大学までエスカレーター式で上がっていける女子校には高等部から編入した。

この学校で、ひっそりと同性の恋人ゴッコが流行ってると知ったのは、入学してからしばらくしてからのこと。ただ、これは本物の百合カップルって訳じゃないみたいで、あくまでも校内でだけペアで行動しているという程度なんだって。なのであたしは、『女子校って変わってる』とその時は思ったワケ。ただ、校外に、ちゃんとした恋人がいる子もいるらしいと聞いた時には『それってただの二股じゃ……?』とも思ったわね。



「ある意味、安全な火遊びだよね」



 やけに熱心に、あたしをその遊びに巻き込んだ元凶――レイちゃんは、そう言って甘く微笑んだ。


――ああ、これで、コイツが男だったら……!


 いや、あたしが男でもいい。とにかく、異性でさえあれば問題ないんだけど、残念ながら、あたしもレイちゃんも女。同性だ。

こんな美人さんの恋人を連れ歩けたら、滅茶苦茶自慢しちゃうんだけど。

レイちゃん――相模麗は、あたしと同じ十六歳で幼稚舎からずっとこの学校に通ってる、生粋のお嬢様。作ったんじゃないかと思ってしまうほど完璧に整った美貌に、スラッと長い手足。物柔らかで洗練された物腰や、クルクルと変わる表情豊かな笑顔の数々が麗しくも可愛い。たまに、エロいけど。

ぶっちゃけ、男でも女でも、見た目は完璧にあたし好みね。

女の子にしては高身長で百七十センチもあるからか、この学校内では王子様扱いだ。

性格は……多分、割と単純でお人好しだと思う。

あたしが知ってるだけでも、恋人ごっこの相手を何人もとっかえひっかえしてたから、手が早いのかと思いきや――あたしと手を繋ぐまでには、随分と時間がかかった。



「……だって、恥ずかしかったんだもの」



 と、頬を赤らめつつ恥ずかしげに目を逸した時の表情の艶めかしさったら……!

男だったら、間違いなく押し倒してた。

もちろん、あたしが男ね。


 ただ、この時点であたしも流石に気づいたわ。

遊びだと言いながら、レイちゃんが割と本気であたしのことが好きらしいってこと。

あたし……?

それはなんというか……自分が男だったらな―って、思ってたわよ。

だって、あたしよりもレイちゃんの方がずーっと『姫』っぽい。

背が伸びる前は、『姫キャラ』だったって本人も周りも言ってたけど、あたしも『王子』よりソッチのほうが向いてると思う。


 何せ、高校に入る前のあたし、『男女』って正面切って言われるくらい男っぽかったんだもの。男兄弟ばっかりだったってのもあるけど、元々の性質ってやつじゃないかしらねぇ?

1年以上、女言葉で通してるけど、コレもいつ化けの皮が剥がれるやら。それで幻滅されると、かなりショックだから頑張って『女の子』をやらねばならぬ。

あたしも、自分で意外なくらいレイちゃんのことが好きなのだ。

そうね……気に入らない部分もあるけど、家族と大差ないくらい、好きな子だ。





 その日は、林間学校の最初の日。

レイちゃんは、何が入ってるのか、やたらとでっかい荷物を背負って上機嫌。



「だって、家に帰らずに済む上に、堂々とアイラと一緒にいられる機会だもの」



――家に、帰りたくないんだ?


 学校内でレイちゃんの保護者代わりになっているのは、理事長先生。

レイちゃんからお付き合いを申し込まれた時に、彼女のところに連行されて事情聴取を受けた記憶は新しい。何せ、たったの三ヶ月前の話だもの。

家庭の事情が複雑で、宜しくないものらしいというのは理事長先生の話しぶりから理解できた。ついでに加入させられたレイちゃんファンクラブは……うん、お宝写真の宝庫で眼福でした。三歳からの写真がずーっとあるのよ。

どれも可愛くて鼻血が……


 おっと、今本人が目の前にいるんだったっけ。

それにしても、すごい荷物。改めて見なおしてみても、どこの山に登るんですかって感じなんだけど……



「でも、その大荷物……重くない?」


「ぶっちゃけ、重いです。重いけど、重要な物資が入ってるから……」



――物資。物資ね……


 なるほど。本人はあたしに対して隠してるつもりらしいけど、レイちゃんは滅茶苦茶食べる系女子。十中八九、中身の大半は食料と見た。

バレて涙目になる姿を見てみたくはあるけれど、追求は止めておこう。

いや、やっぱり見たいような……


 ふと、視線を感じてそちらを見ると、ファンクラブ会員メンバーが『ダメ』のサインを送ってきてる。

『きょ・う・は・ん・も・と・む』とサインを送ると、顔を背けて突っぱねられた。残念。仕方がないので、意地悪はやめておこう。



「……あの子と、仲良かったっけ?」


「ちょっと縁があって――どうして?」


「一緒にいるの、見たことなかったから」



 なんか、いじけた。



「剣道部の見学してる時に、ちょっと話すようになったのよ」


「……そう」



 そして、納得してなさそうなお返事。まさかとは思うけど、あたしの交流範囲を全部把握なんて、してないわよね?

以前に揉めた相手と廊下ですれ違いそうになった時なんかに、何気なく間に立ったりすることがあるから、知られてる気がしないでもないんだけど……



「どうしたの、レイちゃん?」



 不満げな声を出したほんの数瞬後に、とろけそうな笑みを浮かべてるんだもの。

何が起きたのかと、あたしは不審に思って訊ねてみた。



「ん? ……なんていうか、アイラと一緒にいられて、幸せだなーって思ってた」



――レイちゃんって、時々、あたしのことを殺しに来てると思う!


 心からの幸せを噛みしめるような声音と笑顔に、滅茶苦茶、キュンと来た。


――あたしの彼女が、可愛すぎる件について!!






 それから数時間後に、あたしのドジで命を落とすだなんて思いもしなかったわよ。

レイちゃんは、崖に落ちそうになったあたしを助けようと手を伸ばし――一緒に、頭から落ちた。最後に聞いたのは、レイちゃんの『次も、アイラに会いたいな』って言う静かな声。


――ならあたし、次は異性としてレイちゃんに会いたい。


 理想は、あたしが男で、レイちゃんが女ね。



”願い事を、受理、しました”



――!?

  あれ、もしかして、異世界転生フラグ立ってた!?

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