第10話 灯宙夢




バスが走り始めて約2時間。

「起きろ〜着いたぞ〜」

目を擦り今にも欠伸あくびが出そうな口で生徒を起こす担任の姿が、寝起きでぼやけた視界に映る。それぞれ背伸びをし欠伸をかきながら声を上げる生徒達。

荷物を持ってバスを降りようとするが、中々通路に割って入るタイミングをつかめず結局最後の1人になってから運転手さんに会釈えしゃくする。


バスを降りると視界が2時間ぶりの太陽の光にやられ真っ白になり、何度かまばたきを挟んで視界を慣れさせ、目を擦り再度顔を上げるとそこにはまたも視界を一色に染められたかと思わせる、広大で豊かな緑が見渡す四方一面に広がっている。


「すげぇ〜...」


そのあまりにも絶景にしばらく身動き出来ず、ただ一言声を漏らすのが精一杯だった。


今立つこの場所は、山の先を水平に切り落とし広場にしたかのように標高が高く、見下ろせば大きな川も小川に見え、それらを囲うように森の緑がおおい、目線の上を行く山々とルリビタキやホオジロ、様々な鳥達の掛け合う鳴き声に俺は自然の美しさというのを目の当たりにした。


「お〜い滝宮。早く列並べ〜」

鑑賞にひたる俺の前を横切るように担任が列へとかす。その担任の一声で自然に抱かれていた俺は我へと帰り、列に並ぶ生徒達の視線が自分へと集まっている事に気付く。


「あっはい!すみません」

注目を浴びて急激に火照ほてった体を速やかに列へと並ばせる。

「よし。じゃあ、これからの予定を説明するぞ〜」

それから俺たち生徒は担任が言うようにまず、自分たちが寝泊まりするテントを各班で分かれて組み立て。それが終わると緑の上で昼食を済まし。今度は何やら室内へと移動しランタン作りなるものを体験するらしい。後ちなみに今回の林間学校の栞に記されていたテーマは《自然の体感と理解~with,仲間との友情~》らしい。何ともありきたりで反応しづらい文字列だ。英語を日本語で挟む時点でセンスの無さがうかがえる。




「よ〜し、じゃあ紹介するぞ。今回ランタン作りを教えてくれる“弓木ゆみき 灯里あかり”先生だ」

そこには何とも不思議で浮いた独自の雰囲気を持った婆さんが、つえを突き椅子に前のめりで腰掛けていた。そのすぐ側に孫のような見た感じ20歳前後の若く黒髪を束ねた女性が、スーツ姿で背筋を伸ばし足を揃えて立っている。介護かまたは補助役的な存在なのだろうか。

「はい。じゃあ座ったままでいいから号令ごうれいするぞ。気をつけ〜礼っ」

担任の声と共に生徒達は頭を軽く下げお辞儀する。すると婆さんもゆっくりとお辞儀するも側に立つスーツ美女の綺麗なお辞儀に皆目を持っていかれる。

「では各自、目の前の机に置かれた資料と材料を元に作業して行ってくれ〜。俺は少し一服して...」

「龍円寺先生?ご冗談はその寝癖だけにしてください」

「あっ...はい」

担任の割とガチだった発言にすかさず隣の2組の女性担任がきつくくぎを刺す。その光景を見て微笑ほほえむ主任。

「主任もしっかり注意してくださいっ」

「えっ...あ、すみません」

どうやらこの学年の親玉はこの人らしい。

「分かればいいんです。はいっ、では一度ランタン作りについてコツや手順を弓木先生にお話して頂けますので、しっかり注目して聞いてください。では先生、よろしくお願いします」

2組の裏主任が婆さんにマイクを渡す。すると婆さんは薬指を立てて何か言いたげに見つめる。それを通訳するかのように隣に立つスーツ美女が言葉にして伝える。


「もう一本。マイクございますか?」

「え?あ、はい!どうぞっ」

「ありがとうございます」


そのもう1つのマイクをスーツ美女助手は手に取りお礼を口にする。婆さんはそれを見て、マイクを口元へと持っていきゆっくりと口を開く。


「ランタンとは、空に我々の願いを天へと届け聞き入れて頂くもの」

「(......え、そこから入るの?手順やコツまで長くなりません?)」

婆さんのその入りに思わず心の中で不安になる。更には歳のせいか想像以上に遅い口調。するとそこで隣に立つスーツ美女がマイクのスイッチをオンにする。


「まず、お手元にある資料①を見てください」

「(えー!めっちゃ婆さんの話に割って入ってきたぁー!)」

そのまさかの行動に思わず口を開けてツッコんでしまう。


「その願いが届くか否かは神のみが決める事」

「(えぇー!?まさかのスルー!?)」

対抗してなのかそれともただ気にしていないだけなのか、もしくは聞こえていないのか分からないが、そのまま話を続ける婆さんに生徒達も明らかに動揺している。


「そこに書いてある通り、和紙を半分に折り線に沿って2等分に切って下さい」

「しかし、我々はただ大切な何かの為に天からの恵みを待つだけでは決して神は振り向いてはくださらない」

「(あぁ...もうそういうシステムなのね。なんて効率が悪いんだ...全然頭に入ってこない」

それから全く違う方向を向いた2人の話に生徒達はもう耳を傾けず、ただひたすらに手元にある資料だけを見て作業を進める事約一時間。




「はい。では皆さん本日お世話になった弓木先生にお礼を言いましょう。ありがとうございました!」

「「「ありがとうございました」」」

それぞれランタンを完成させ、生徒一同込めたくても込めれない感謝の気持ちを口にする。

「では最後に弓木先生に一言頂いて、ランタン作りを終えたいと思います。先生、よろしくお願いします」

そう言うと婆さんはマイクを近づけ、亀のような動きで口を動かす。


「大切な人...皆さんには居ますか?」

そう口にした時。婆さんの周りを取り巻く空気が先程までとガラッと変わったような気がした。


「あなたが思う一緒に居て楽しい人。居心地が良く気の落とせる人。これからの人生この時だけでなく、この先もずっと隣に居たいと思える人。また、他の誰かに取られたくない、その人の知らない顔を自分だけが知っておきたい。自分が相手の一番でありたい。良くも悪くもその人は私の心を埋め尽くしました。時にはその心ごと吐き出したくもなりました。...だけど、あの人は私に大切なものを残してくれました。それは、『思い出』です」


「(そっか...婆さんにも大切な人が居て、きっとその人はもう...)」

先程とは空気の変わった婆さんの話に、皆真剣な面持ちで耳を立てて聞き入る。


「しかし...思い出は一緒に話してはくれません。どんなに伝えたい事があっても耳を立てて頷いてはくれません。私も一度それで深く後悔した事があります」

そう語る婆さんはもう一度その時の記憶をしのぶように、うつむき目を閉じる。

「...皆さんにはただ一つだけ心に留めておいてほしい言葉があります」

ゆっくりと瞳を開き、生徒一人一人へと語りかけるように噛み締めた言葉を送る。


「『愛を伝えられない事ほど、酷な心は無い』彼はそう言って最後まで私に愛を伝えてくれました。しかし、私があなた達に伝えたい事は少しだけ違います。それは『伝えられた愛ほど、酷な心は無い』どうかこの言葉を忘れず、今を、これからを大切に生きてください。長くなりましたが、ここで皆さんとお会いできた事大変嬉しく思います。ありがとうございました」

そう残して頭を下げる婆さんの姿を、俺は記憶の最後まで忘れない一瞬として脳裏に焼き付いた。


「うぅ...貴重なお話をありがどうございまじだぁ゛」

涙もろもろで鼻をすすり感謝を告げる2組の担任。きっとタイタ○ニックを見たら過呼吸になるタイプなのだろう。

「えぇっと、あまりこういう事を聞くべきじゃないんでしょうが、弓木先生の旦那さんはいつ頃お亡くなりに?」

確かに傷を掘り返してしまうかもしれない危険な質問だが、生徒皆婆さんの話に心打たれたのか、俺含め真剣な眼差しで婆さんの言葉を待つ。


「へ?生きとるよ?」



「「「「「・・・・・え?」」」」」



その婆さんのまさかの回答に皆のあごが垂直に落ちる。

「え?あぁ、え〜と。それではお話の彼っていうのは弟さんとかでしたか?」

2組の担任も生徒達も皆婆さんの旦那さんだと思い込んでいた事もあり、動揺しつつも切り替えて婆さんへ話を投げ掛ける。


「いや?私の旦那の事じゃよ?」



この時、皆の思考が一度フリーズしたのがその場の空気を見てすぐに分かった。もちろん俺も婆さんの話について行けずに頭の上にハテナが舞った。




「えっ...と。先生の旦那さんは今もお元気でいらっしゃる、という事でいいんです...よね?」

完全に話の道に迷った2組の担任が、何とか理解すべく再度事実確認をしようと口を開く。

「あぁ生きとるよ...私の心の中で...」

「(え...何?もう分かんないんだけどこの人)」

流石に担任もお手上げ状態になり、ただ婆さんが相当な変わり者だと言うことを改めて理解できた。

そのまま何とも不思議な気持ちで話は終わり

「え〜と、では素敵なお話をして頂いた“弓木 灯里”先生に拍手!!」

もう投げやりな2組の担任の号令で締められ。まばらな拍手と共に、俺達はその場を後にした。







1日目は基本的に座学や整列。集団行動や校歌の練習が主に進められ、バーベキューやキャンプファイヤーなどと言った生徒達が進んで行動するような行事は2日目に固められており、各クラス平均4~5回に渡る校歌の練習を終えた頃にはもう、窓から差し込む灯りはなく、薄暗い雲に覆われたように外の光は沈んでいた。




「はい。では皆さん林間学校1日目お疲れ様でした!しっかりと食べて明日へ向けて頑張りましょう!乾杯っ」

2組の担任の活発な掛け声に続く形で各々生徒達がグラスを交わらす。


夕飯は宿泊施設の食事処しょくじどころで集まり、バイキング形式で並べられた40種を超える品々が長机の上にずらりと列をなして置かれている。定番所で言うと、ポテトフライにサラダ。スクランブルエッグにコーンスープ。変わり種には、シャケのムニエルやアボカドとサーモンのマヨ和えなどがあり、奥へと進むと色鮮やかに並ぶ寿司。輝きを放つ寿司を前に俺はつばみ迷わず皿へと移した。


「なぁ功樹。それ本当にバイキングしてきた?」

隣にすわる涼哉が俺のびっしりと寿司だけで覆われた皿を見て、若干じゃっかん引き気味でこちらを見つめる。


「いや、涼哉。それなら俺の隣にあるお子様ランチの方がとても違和感だよ」

俺は涼哉に右隣を見るよう視線を送る。そこには何故かバイキングのはずが、ぼうファミリーレストランにありそうな旗まで立ったザ・お子様ランチを子供のような眼差まなざしで見つめる彼女がいた。


「なっ!?いいだろ別に!こう言う時しか食えないんだから!!それにあたいのを言うなら誘希の方がおかしいよ!」

照れ隠しのように大きな声で否定する彼女。ドミノのがごとく流れていく話と視線に、最終行き着いた館宮さんの皿。


「何を言っているの?別に変なところなんて無いじゃない」

いつもの様に凜然りんぜんとした態度で髪を耳に掛け、両のてのひらを合わせる館宮さん。

その態度とは裏腹に館宮さんの皿はあまりにもカオスだった。



「...それはないわ」

「流石に理解できない」

「誘希...あんたやっぱり変よ」

その館宮さんの皿を見て、先程まで意見の交わらなかった皆の意見がまとまる程の最悪の組み合わせ。



芳醇ほうじゅん濃厚のうこうな鶏がらの香りがただよう豚骨ラーメン。

その水面から何故か顔を出す......フルーツポンチ。



「な、何よ!いいじゃない別に。両方好きなんだから...!!」

「(いや、そういう次元じゃ...)」

口に出そうになったが、火に油を注ぎ爆発しかねないと感じグッと抑える。

豚骨の油と混ざるポンチのシロップを見て、抑えたものとは別の何かが喉元まで込み上げる。




「うっ...(やべ。気持ちわりぃ)」





館宮 誘希 16歳

彼女はかなりの《変食家》だった。






食事を終えた俺達は、各クラス毎に分かれて入浴を済まし。

時間は夜20時半過ぎた頃。1日目最後の集会と今日一番の目玉イベントが始まろうとしていた。


「皆さん改めて1日目お疲れ様でした!今からお昼から準備していたこのキャンプ場での特大イベント。題して『星空にいる彦星、織姫への道導!願いを込めたランタン飛ばし in~2021~!! 』」

今日一日の後半から全て仕切っている2組の担任が、いじけたうちの担任と学年主任を他所よそに生徒達より数段上の盛り上がりを見せる。


「(ランタン逆に邪魔じゃね...?)」


このイベントは数年前から開催しており、毎年林間学生限定で七夕である7月7日に願いを書いたランタンを飛ばすという珍しくもシンプルなイベント。しかし毎年その光景を目にしようと多くの観光客が足を運ばせるらしい。現に今日も集う生徒達の脇に家族連れや国内は勿論、海外からの観光客がこのイベントを一目見ようと集まっている。でも何故そこまで人気があるのかと言うと、噂ではランタンに書いた願いは叶い。その夜空に浮かぶランタンを目にした人はその年溢れる程の幸せが舞降るとか...。真実かはともかくそれ目当てで毎年100人近くの人達が集うらしい。

そして、ここにも1人。どうしても幸せを掴みたい1人の女が意気揚々と声をあげる。



「では皆さん!ランタンを貰ったら広がってくださーい!!」

「「「は〜い」」」

1年2組担任 小森 奈々こもり なな 28歳 独身 数年前までは神頼みなど一切信じていなかった女が、三十路を前に手のひら返し。このイベントに恋愛の全てを賭けた。いや、丸投げた。


受付台に生徒達が列をなし、順にランタンを受け取り広場に間隔かんかくを空けて広がる。そしてどうやら自分の願いが書かれたランタンを自分の手で飛ばすと効果は発揮せず、他の人に自分のランタンを飛ばして貰って効果を発揮するらしい。何とも無駄にられた設定だ。

俺は手渡されたランタンの側面に書かれた誰のか知らない願いを少し引き目に感じつつも、気になるという感情を抑えられず

「(どんな事が書いてるんだろう...もしかして誰か分からないけどその人の好きな人とか書かれてたりして...)」

色々な妄想が頭を駆け巡る中、息を呑みながらじりりと覗く。


そこに書かれてた願いは——



『 生きていてほしい 』



「重っ...」

後ろから顔を出してのぞく涼哉がボソッと呟く。

「なんか...変な事考えてすみません」

俺はその願いを前に自分のおろかさを反省し、何度もランタンに謝り続けた。

「なぁ涼哉。俺にはこの願い重すぎるよ...変わってくんない?」

「ごめん」

手の上にのしかかる重圧に耐えきれず俺は涼哉へ助けを求めるが、被り気味で断られる。

「ですよね〜...」

俺は邪念じゃねんで緩まり切っていた腰紐こしひもをキュッと締めるように、そのただ誰かの生を願う人の大切な願いを手に、覚悟を決める。

「(あぁ...俺のほんとちっさくてしょうもない願いはもういいから、この人の願いをどうか優先してあげて下さい)」

自分のありの様に軽い願いを簡単に踏み潰す程、思いの強い願い。後から自分の願いに恥ずかしさを感じていった。

「涼哉のはなんて願いだったの?」

俺は羞恥心しゅうちしんまぎらわそうと、涼哉へと話を逸らす。すると、涼哉は何も言わずスッとこちらへランタンを差し出して目を逸らす。



『 感情を消したい 』



そこにはこれまた深刻で若干メンヘラチックな願いが何故かとても達筆な字で書かれていた。

「涼哉...俺達これちゃんと飛ばせれるかな...?」

「飛ばせるかじゃない...きっとこれは『飛ばせ』っていう命令なんだよ」

俺達は他の生徒達よりも数倍の責任感に追われていた。




 ~同刻~


「えっ...」

ランタンを手に取った館宮さんが、書かれた願いに軽蔑けいべつの視線を向ける。


『 いつまでもお兄ちゃんと呼んでくれますように 』



「きんもっ...!」

「え、何書いてたの?」

隣にいた彼女が館宮さんの反応を見て首を伸ばす。

「えっ...かわいっ」

「どこがよ!!」




「は〜い!では皆さん。配ったマッチでランタンに火を付けて下さ〜い!」

各1m程の間隔を空け、担任の声に習いランタンに火を灯す。すると、ランタンは優しい灯をまとい、まるで生命が宿やどったかのように空へと意識を向ける。


「では行きますよ〜!」

今にも手から離れそうな灯火ともしび

「3〜!」

ひとつの願いという名の命の欠片カケラを抱え

「2〜!」

夜空目掛めがけて

「1〜!」



今...



ゆらりき  のぼ












































「(あぁそっか...噂だけじゃなかったんだ。きっと皆この光景を見に来て...)」




見上げた夜空には数百ものランタンが美しく揺れ飛び交う。その光景は俺の中を言葉に出来ない感情で埋め尽くし、あふれさせ。目も心も口も開けて夜ににじんでく陽色の温もりに。終始、目を奪われていた。






【ある日の番外編】



〜職員室での日常会話〜


龍円寺先生(うちの担任)

小森 奈々先生(隣2組担任)


奈「...」

龍「...」

奈「...ずっと気になってたんですけど」

龍「何?告白?ごめんなさい自分結婚してます」

奈「なっ!違います!ただ、何で...えっ。けっ...こん...??」

龍「え、何そのあなたが?みたいな顔。めっちゃイラつくんだけど」

奈「...けつこん??」

龍「主任〜来年この煽り顔から席離してくださーい」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る