第15話 地下室、迫り来る脅威

回りを見渡すと、床に天井、壁とあたりに血痕がある。壁はシャッターのようになっていて、何かの部屋を区切るようにこの部屋があることが分かる。




『何をする気なの? その子達を離して!』


 女性の声が木霊する。声の感じから、震えていることが分かる。女性の目線の先には、男の持つフラスコがある。男は興味がないと言いたげに問いには答えない。男の名は礼二、俺たちを刑務所で襲ってきた男に違いない。




 治憲は今にも黒服の男礼二に向かって殴りかかろうとしている。治憲の短い赤茶色の髪が怒りのためか、立っている。


まさしく怒髪天という感じである。俺は治憲を軽く制止すると、「俺も行く」と告げ、右のポケットから刃が折れたナイフを取り出す。ナイフは、柄には金色の刃のようなレリーフが施され全体が黒い。血まみれのこの空間が俺を人間の闘争心を駆り立てる。やらなければやられる、そう直感する。




 エルに合図して、エルの黒い粒子を刃に込める。すると、黒い粒子が折れた刃を補うように新たに刃が成形される。エルが飛び立つ。そして、羽ばたきその場でとどまっている。どうやら、この間の俺の思いが届いたらしい。エルには戦わないで欲しい。戦えば、今後もエルは道具のように扱われてしまう。そんなの俺もエルも望んじゃいない。




 「出やがったな。バケモンが!」


 礼二の鋭い目がこちらを刺す様に向けられる。ふと、そのとき気づいた。礼二の右目に眼帯が当てられ、服の袖口から、包帯で巻かれていることが分かる。そして、手にしていたフラスコを内ポケットにしまう。






 そうすると礼二が眼帯を少しだけずらし、右目を見せながら「お前のせいで、こんなんだぜ! いてーぞ! 義眼を入れんのも! ちょーこえー。」と言い、義眼を見せる。眼帯を戻して、左手にしていた杖を右手に持ち替えると、左手で杖の中央を引っ張り、そして引き抜く。すると、刃がギラギラと照明の下で輝いていた。仕込み刀である。


 すると、「今度はてめーらの目ん玉かっぽじって俺とお揃いにしてやるぜ」と言い、刀を下で舐める。




『私の問に答えて下さい。返してください。さもなくば――』




「さもなくば?」


 女性の眼前にまで、すっと礼二が接近していた。そして、礼二は少し顔を歪めていた。女性の顔面を掴み壁に叩きつける。俺は驚いていた。さっきもそうだったが、幽霊を自称する彼らに触れることができることだ。




『なぜ、私に触れられるのです?』




「【実在】しない存在に触れられる。それが選ばれた人間のできるこった。それなのに、こんなにおれをボロボロにしやがって! そういえば!」


 礼二は、女性の問に答えると、その怒りを女性に向けていた。礼二は手にした刀を女性の首元までもってくる。


「なあ! お前綺麗だな? 俺が可愛がってやるから俺と来い」




『嫌です。話してください。あの子達を開放してください』


 礼二は、おびえる女性の顔を下で舐め回す。嫌悪といった表情で抵抗する女性は絞り出したような声で目の前の礼二に懇願する。




「なあ? さっき痛かったか? 死んでも痛えのか? お前を殺したらどうなるんだ! 【境界の世界】に行くこと無く、その存在が消滅するのか」


 女性は答えられない死をも超える恐怖が彼女を包み込む。びくびくと震え彼女の紺色の髪のように目が濁り焦点が合わない。




「やめろー!」


 治憲が叫ぶ。その姿からさらに怒りの炎が心で燃え上がっていることが窺える。すると、礼二が「動くんじゃねー」と女性の首に刀を突き立てる。すると、刀にそって、すっと鮮血が流れ出る。




「へー。おもしれー。殺せんのか?」




『やめて……お姉ちゃんをいじめないで……』


 初め、みやこをからかっていた男の子がすっと、礼二の目の前に現れる。すると、礼二は「うるせー!」と男の子を刀の柄で殴り飛ばす。男の子は吹き飛ばされ、額から血を流す。




「てめえら、気持ち割いーな。死んでんのか生きてんのかどっちなんだよ! 血なんか垂らしやがって。邪魔しやがったなクソガキが! 先に始末してやる!」


 礼二が、額を押さえてその場にうずくまる男に迫り、容赦なく一刀を浴びせる。




『いやあああああああ、だ誰か……』


女性が再び叫ぶ。そのときだった。相馬が飛び出していた。相馬がその体で、真正面から礼二の凶刃を受け止める。辺りに鮮血が飛び散る。相馬の山吹色の髪を染める。そして、礼二を背に男の子に向き直る。




「大丈夫かい?」




「お兄さん、どうして」




「良かった…………」


相馬は、男の子の無事を確認すると、その場にうつ伏せに倒れ込む。そして、元から赤かった床をさらに、彼の血がじわーっと床を赤く染めていくことが分かる。




「相馬!」


 小町が真っ先に駆け寄る。それに遅れて、俺たちも駆け寄る。すると、相馬の鮮血で染められた床が黒々と染まる。そうして、何もわからず、黒くなった床を凝視していると――。


赤、青、黄色、といった色の子どもの手が伸びてくる。そして、相馬まで手が伸びるとそのまま黒い床に相馬を引きずり込んでしまう。




「「「相馬!」」」


 俺たちが叫ぶ。何が起こっている? 俺は全く分からない。頭が真っ白になっいた。


 そして、赤、青、黄色とカラフルな手が伸びてくる。まるで、虹のようだった。床から伸びてくる手が礼二に迫る。礼二は、手にした刀で薙ぎ払う。




「くっそ! どこから湧いて出やがった!」




「どりゃあああ!」


 礼二に迫る無数の手。このすべてを礼二は刀で裁ききることができずに避けるしかない。しかし、避けた先にも手が迫りこれも避けようとするもよろけてしまう。


そのとき、治憲が駆け出し、右腕に拳を作る。思い切り、礼二目掛けて、放つ。礼二は床から伸びる手に意識が削がれ、避けることなどできずにその拳をただ見つめる。拳は礼二の顔面に直撃した。


 礼二の身体は大きく後ろに飛んでゆき、壁にぶつかる。そして、礼二は「ごほっ、ごほっ」と息をあらげ、その視線は治憲をまっすぐに捉えている。




「くそが! クソガキがああああ! 殺す! てめええから殺してやる!」




「てめえーも、同じようなもんだ。ガキはてめええーだ! それと礼二、ようやくてめえーに借りをかえせたぜ!」




「呼び捨てにしてじゃねーぞ。俺はてめえーらの六つは上だ!」


 礼二は怒りを露わにして、接近する手を切り払い、刀を振り上げ接近する。いくら相手が手負いとはいえ、素手対刀では分が悪い。先ほどは、手の対応に追われ不意打ちとして決まったに過ぎない。礼二と治憲では、治憲の方が体格が良いが、俊敏性や戦闘経験を挙げれば、治憲に勝ち目はない。


 俺は走り治憲の目の前に踊りでる。凶刃をエルの生成した黒刀のナイフで受け止める。金属が擦れる音とともに、火花が散る。カランという高い音とともに、俺のナイフとつばぜり合いをした礼二の刀の先端が落ちる。


「は!? うそだろ?」




「やらせない!」


俺は、飛び退いて距離を取ろうとする礼二に迫る。そして、身体の枢要部である礼二の腹目掛けてナイフをつき出す。悪いが、お前のようなやつに加減をする気なんてない。散ってしまった相馬の想いも乗せる。


しかし、ナイフは礼二には届かない。咄嗟に礼二が俺の腹を蹴飛ばしていた。俺は後方に飛ばされる。




『パパ……ヲ……ヨクも』


エルが翼を大きく広げて一気に扇ぐ。瞬間五、六枚の羽が前方に発射される。勢いよく矢のように発射される。それは、猛烈な勢いで加速し、礼二の頬をかすめる。かすめた頬はまるで刀で切断されたかのような切り口で割け血が溢れ出る。


礼二は何が起こったのかと、後方の壁を見る。シャッターのようだ。シャッターには弾丸が打ち込まれたかのような穴が開いていた。咄嗟とっさに頬を触ると手に血が付着している。


「バケモンが! ありえねーぞ! 」




「エル! 駄目だと言ったはずだ!」




『パパ……ゴメンナサイ』




エルが逃げるように羽ばたき、しずくのもとにとまる。


(ここも、安心するせんせーも良かった。ぱぱ、ごめんなさい。電波話づらい)




礼二がおもむろにポケットをあさり出す。そして、黒い四角形のリモコンのような物を取り出す。


「ばけものには、ばけものの相手をしてもらうかああ! 救えるかな? てめえに、仙台青葉くぅぅん!?」


そう言って、礼二がリモコンのボタンを押す。すると、シャッターが上に上がり、出口にシャッターが降りる。俺は異様な危機感を覚え「みんな、走れ! 外に!」と叫ぶ。しかし、間に合わない。出口のシャッターが完全に下りる。


シャッターが開いた場所から、次々に無数の女性が現れた。その奥の外壁は何かを隠すように布で遮られているようだ。




その女性は下を向きずりずりと摺り足で近寄ってくる。嫌な予感が的中する。俺たちを襲ってきた女形のばけものがそこにいた。


まるで、四面楚歌、完全に退路が絶たれてしまった。俺はまた、守れないのか。今度はまえと違って自信という力を得たのに。




「すまない。相馬」


 そう、俺は呟いていた。






『『『心配しないで、お兄さんは僕らが助ける。友達を救ってくれたから』』』


 突如として、何人かの子どもの声が頭に響いてくる。年の幅はバラバラで、男、女、それぞれの声が幾重にも重なって聞こえてくる。だが、その心は一寸も違えることはないらしい。力強い意思のようなものが感じられる。




 女型のばけものが俺たちにゆっくりと迫って来る。

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