第19話 君を助けに来た

 俺たちは、三人で急ぎウィズダムへ通じる魔導列車に乗り込むべく各大陸に一つしか無いターミナルへ向かっていた。神から与えられた装備品の力は驚異的で、ウィンドサーファーは追いかけてこないし、町の人もごくごく普通に接してくれるし、何よりアルトに出会う前からずっと張り付いていた監視の目が消えたような安心感があった。


「神様の力ってすっげぇんだな、今までアタシらを虫けらみたいに言ってた連中が手のひら返したようだよ」フレイヤはぽけーっと口を開けたまま町をゆく人を見た。


「しかしそれも数時間程度と仰っていたな。短期決戦になりそうだ。それで、どうするつもりなんだライオネル」


「へへっ、アレをもう一度やるのさ」


 俺は列車がちょうど真下を通る橋の上まで来ると、得意げに言った。フレイヤはわかっていないようだが、ダグラスはああ、あれをやるのかと嫌そうに頷いた。


 魔導列車には旅客列車と貨物列車の二種類があり、当然旅客列車は定期券や切符がないと乗れない。アイテムは盗られたままだし、お金の管理はリリアンにまかせていたので、彼女がいない今俺たちは無一文。ということは、貨物列車に飛び乗るしか無いってわけだ。貨物列車には牧草がそのまま乗せられている部分が一両だけあって、ダグラスと出会ったばかりの俺は二人して橋の上から飛び乗り無賃乗車をしたものだった。


「アハハ! アンタたちそんな無茶をしたのか! いいね、その話乗った乗った!!」


 フレイヤに話すと、彼女は上機嫌になった。スリルのあることなら大体は乗ってくれる。


「貨物列車は一日に数回しかこないぞ、それにタイミングが合わなかったらあの世行きだ」


「そう言われると思ってさ、通りがかりの人にいつこの辺を通るのか聞いておいたんだ。今なら俺たちを不審に思う人はいないからな!」


「……全く。意外と抜け目がない男だなお前は」


 そんな話をしていると、汽笛を上げて魔導列車がやってきた。石炭や魔法石、交易品を乗せて走る列車の最後一両、牧場へ納品される予定の牧草で満杯になった車両は、案の定上部が解放されていた。


「行くぜみんな!」


「おうよ、やってやるよ!」


「はあ、落ちるのは好きじゃないんだがな……」


 俺たちはタイミングを合わせて、せーのの掛け声とともに飛び移った。





 ライオネルたちがウィズダムへ向かっている最中、死神の青苑は既にアルトの部屋にたどり着いていた。警備員の服を着て、それ相応の振る舞いをしていれば警戒されずに済んだ。積み上げた本をかき分け隠されていた地下牢を探り当て、そっと降りていく。警備員がやってきたことに警戒するリリアンは、皿の上に置かれた食事に一切手を付けず檻の向こうから返してきた。


「私は食べません。【視た】ところ、この食事には術者に惚れさせる魔法をかけているのでしょう? そんなものに手を付けたりはしません」厳しい目つきで、入ってきた警備員はアルトの手先だろうと睨む。


「そんなに警戒しないで、リリアン」青苑はにこやかに笑い、牢屋の鍵を探す。


「……えっ、何故私の名前を?」連れてこられてからあの女とか、アルト様の客人としか言われていなかったリリアンは不審に思ったが、青苑の目を見てライオネルと同じ何かを持っている人だと直感した。


「しーっ、君を助けに来たんだ。早くここから出よう。じゃないと世界がやばいことになる」青苑は鍵を開け、音がなるべく出ないように静かに扉を開けた。


「ええっ、あの、貴方は……?」突然のことに動揺して、リリアンは牢の奥へ後ずさってしまう。


「今は話している場合じゃないんだ、行こう!」青苑が牢に入ろうとすると、全身に電流が流れ、あっという間に黒焦げになった。


「あだだだだだだだ……なんだこれ!?」体を震わせて、ヒリヒリしたと全身を擦る。


「檻自体に複雑な魔法が掛けられているのです。術者の許可なく出入りするものは、たちまち焦がされてしまうものです。貴方はどうして無事なのですか?」

 リリアンは青苑が確実に死んだものだと思って驚いている。普通電の魔法を全身に浴びてまっ黒焦げになった人間が生きているはずがない。


「あー、まあ、他の人よりちょっと強いのさ、あはは。えっと、こういう時に使う魔法はっと」

 青苑は微妙にはぐらかし、手帳を開いてあれはどこだったかなとペラペラとめくる。


「あったあった!解放せよリリース!」青苑が呪文を唱えると、檻にかけられていた魔法はいとも簡単に解かれ、リリアンを連れ出すことが出来た。階段を駆け上がり、部屋を出ようとした矢先、声がかかる。


「そんなことをされては困りますよ。アルトにはまだまだ承認欲求を満たしてもらわねばなりませんのに」


 二人が振り返ると、不気味なほど和らげな笑みを浮かべ、背に羽を生やした女性がいた。

「ちっ、あんたが天使ってやつか。リリアン、君だけでも逃げるんだ! 排除せよリジェクト!」青苑の魔法で、リリアンは研究所の外へと一瞬の内に飛ばされた。


「無駄に賢いこと。死神のくせに生者の心配をするなんて、そういう性癖ですの?」

 天使は侮蔑の表情で青苑を見る。


「悪いけどまだ見習いの身なんでね、未練がましいんだ。さてと」青苑は部屋にあるガチャやログインボーナスで得ただろうこの世界にはまだ存在しないはずの配信機材に目をやる。


「この世界に攻略本やチートアイテムを持ち込んだのはあんただな? ウチは回収しろって言われてるんでね、持って帰らせてもらうぜ」


「ええ、それがなにか問題でも? 人の幸せの手伝いをするのが天使というもの。死の穢を振りまく貴方達に、難癖を付けられる筋合いはなくってよ」


 天使が手を挙げると、青苑は強風に吹き飛ばされ、壁に思いっきり叩きつけられた。本来であるならば霊体である彼らは通り抜けられるのだが、青苑はまだ人間だった頃の感覚が残っているためにぶつかってしまうのだ。


「忌々しい死神め、天使わたしたちの邪魔をするとどうなるか、教えて差し上げましょう」

 悪魔のような笑顔で、天使は空中にありとあらゆる殺戮兵器を出現させた。

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