第8話:新人歌手登場、え、ライバル?

 急遽決まった生放送番組の出演。番組スタッフ達はどうやら代役としてボクが来てくれるというのは聞かされていなかったようで、心底驚いていた。

歌姫に代役で出てもらうというのは申し訳ないとか何とか言ってたけど、ボクは気にしないと言ったら何とか承諾してくれた。


 出演と言っても、元々は新人歌手のデビュー枠だったこともあったのか、一曲分だけの時間しか無かったけど。


 ちなみにこの時歌った曲は、“ほむら”というタイトルで、とある映画の主題歌だった歌だ。

ある武士が、命を燃やし尽くすその時まで懸命に戦い続け、仲間を救うという話で、この歌はそのストーリーを綴った少しテンポの速い歌だ。


 歌い終わると会場は大盛り上がり。どうやら楽しんでくれたようで良かった。



 放送が無事終わり、スタッフや出演者に挨拶を済ませて夕と帰ろうとすると、正面から二人の女性がこちらへやってきた。


「天音さん、お疲れ様でした。それと申し訳ありませんでした。急に代役なんてお任せしてしまって」


 そう謝罪してきたのは、出演する筈だった新人歌手の水門水菜みなとみずなさん。確かボクと同い年くらいだったはず。綺麗な薄青い髪と目をした美人な女の子。


「私からも、謝罪いたします。申し訳ありませんでした。それから、ありがとうございます」


 彼女の隣にいるのが、マネージャーの遠野忍とおのしのぶさん。黒髪黒目のこれまた美人さんで、夕と似ていて結構真面目なタイプの人だ。


「いえ、こちらこそ、歌う機会が増えたのは嬉しいことですから」

「水門さんも遠野さんも、あまり気にしないで下さい。雪もこう言ってますし」

「…はい、わかりました」

「本当に、ありがとうございます」


 そう言って二人は頭を下げた。


「それにしても災難でしたね。確か水門さん、今回が初出演だった筈なんですよね」

「はい、だというのにこんな結果になってしまって。不甲斐ないです」


 と水門さんはひどく落ち込んでいる。無理もない、出鼻を完全に挫いたわけだし、これからの活動に影響を出さないといいけど。


「私、本当に楽しみにしていたんです。これまで応援してくれた人も結構いましたし、私の歌を楽しみだと言ってくれる人もいて。だから自然と私自身も楽しくなってきて」


 ああ、よくわかる。ボクもそうだった。特に両親に褒められたときは本当に嬉しくて、楽しくて。だからずっと歌手を続けられたんだ。


「なのに、こんなつまらない怪我で台無しにしてしまって…応援してくれる人たちにも、申し訳なくて」


 さらに落ち込んでいく水門さんと、彼女を心配そうに見つめる遠野さん。ふと、そんな二人を見ていた夕が、ボクに「何か言え」と言わんばかりの視線を送ってきた。…何かと言われてもなぁ。まあとにかく思ったことを素直に言おう、と決めて水門さんを見据える。


「えっと、今のキミの気持ちは、ボクにもわかる。楽しみにしてくれている人たちの期待を裏切ってしまったんじゃないかって、不安になることもあった」

「歌姫でも、ですか」

「うん、いっぱいあったよ」

「…どうやって乗り越えてきたんですか」

「とにかく楽しむこと、そればかり考えてたね。周りの声も空気も、歌うことも全部楽しもうって思った。だって、いくら悩んでもやるしかないんだもの。だったらもういっそ割り切っちゃうのも、ボクは全然ありだと思うな」

「…割り切る」

「今、水門さんは分岐点に立ってる。このまま逃げてデビューを先送りにするのか、それとも逃げずに必死に食らいつくのか。キミはどっちを選ぶ?」

「私は…。私は、逃げたくありません! ちゃんとデビューして、ちゃんとみんなの前で歌いたいです!!」


 決意するように言った水門さん。ボクはニッと笑って彼女に言った。


「なら、今のこの状況も、これから起こりうることも、全部楽しんじゃおう! …だって、そんな経験、滅多にできるものじゃないんだから。楽しまなきゃ勿体無いでしょ?」

「ぁ……っ!」


 驚いたように、しかしどこか納得がいったように、彼女は最後にうなずいた。


「…はい! 私、頑張ります!!」


 そう言った彼女の顔はもう暗い顔ではなく、明るく決意の満ちた顔になっていた。


「うん。がんばって」

「はい! …えへへ、あの、天音さん! 連絡先、教えてもらえませんか?」

「あ、うん、いいよ……いいよね?」


 と一応夕に確認を取る。いつだったか、立場上むやみに連絡先を教えたりしない様にと言われたことがあるからだ。


「ええ、いいわよ」

「だって。じゃあ、はいこれ」


 ボクたちは携帯を差し出してアドレスと番号を交換する。


「わあ、ありがとうございます! あの、今後何かあったら相談してもいいですか?」

「ふふ、ボクなんかで良かったらいつでもいいよ」

「やった! ありがとうございます!」


 本当に嬉しそうにはしゃぐ水門。


「あ、それからあの、励ましてもらったのにこんなこと言うのは、失礼かもしれないんですけど」

「ん、なにかな」

「私、いつか必ず、天音さんの隣に立って、それで、必ず追い越してみせます! それが私の夢ですから!」

「―――――」


 そんなことを言われたのは、実は初めてだった。憧れるとか、尊敬してるとか、そういったことはよく言われたが、面と向かって“追い越してみせる”、なんていうのはとても、そう、新鮮で。


「…うん、いいね。受けて立つよ」


 ボクも自然と笑っていた。



「…あの、本当にありがとうございます。どうやら水菜も元気になったみたいですし。それにしても、今更かもしれませんが、天音さんは凄いですね。先ほどの歌もそうですが、あんなに落ち込んでいた水菜を、あっさり元気づけられるなんて」

「まあ歌に関しては私も同意見ですが。後者に関しては、雪も通ってきた道ですからね。今の水門さんを、過去の自分と重ねたんだと思いますよ」

「そう…でしたか。いずれにしても、私もマネージャーとしてまだまだです。自分の受け持つアーティストを励ますことも出来ないんですから」

「それは私も同じです。力不足だと痛感するときはたくさんありますから。お互い、頑張っていきましょう」

「はい、そうですね」


 一緒になってはしゃぐ雪を見ながら、私もそう決意するのだった。




 飛鳥は生放送を見終わってしばらくしてから、雪にメッセージを送った。


『今日の生見たよ! 出演予定って無かったよね? サプライズ的な?』

『まあそうとも言えるけど…新人の子が急に出られなくなったから、急遽ボクが出ることになったんんだ』

『そうだったんだ。その子ってもしかして水門水菜って人?』

『うん、知ってるんだ?』

『動画の歌ってみたってやつで知ってたの、きれいな声だったから覚えてる!』

『そっか、今回は残念だったけど、近いうちに必ずデビューするから、応援してあげてね』

『りょ! …あ、けどやっぱり私のイチオシは絶対雪だから! そこは譲れないからね!』

『ふふっ、わかったってば。そろそろお風呂入るから、また明日ね』

『うん、また明日ね!』


 携帯を枕の傍に置いてから、自分も布団にダイブした。


「………お風呂」


 雪の入浴シーンがとても気になる。あ、写真撮ってって頼めば……いやさすがに取ってくれないよね。………って!!


「んな~~~~~!! 変に妄想してしまう~~~~!!」


 思わず叫んだ私はこの後、お母さんにうるさいと怒られるのだった。

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