お題『過去のテキストを利用する』_『大晦日』

『大晦日』


 大晦日の夜だった。私は三人の愛する女と共にいた。

 新しい年をいびつな形であれ、彼女たちに囲まれて迎えられるのは幸せなことだった。これが終わりならすべてを良かったこととして受け止められると、そう思った。


 真美のしろい指が、私の頬に触れた。


 彼女と付き合い始めたのは五年前だ。彼女に最初に惹かれたのも、そのましろい指の美しさが目についたからだった。私は彼女の指に、それを手入れしているであろう彼女に惹かれた。外見が好きというとふしだらに聞こえるかもしれないが、外見は中身の一番外の薄皮だ。私はその薄皮を愛した。

 真美との付き合いに影が差し始めたのは、付き合い始めて二年目の大晦日だった。除夜の鐘をつきにいこうと誘われ、二人で出かけた。寒さに震え、甘酒で喉を湿らす私の耳にカメラで写真を撮る音が聞こえた。後にそれがシャッターをきる時の音だと教えてもらうのだが、その時の私はカメラについてなにも知らなかったものだから、ただ写真を撮る音とだけ認識した。片手で掴めそうな、小さな頭の女性が甘酒の鍋にカメラを向けていた。私はどこか、その小さな頭に惹かれてしまった。それが悪かったのだろうか。私の目の前には、真美のしろい指が翳されていた。

「ねえ。どこ見てんの」

 私の目の前で手を振る真美に、そしてその白い指に、恐ろしいことに私はもう惹かれなかった。

 私の関心は、一目で小さな頭の、小さな彼女に向かってしまったのだ。

 それが私の、1度目の失敗だった。


 悠木の小さな頭は、大晦日の月よりよりも小さく、可愛らしかった。


 真美と除夜の鐘をつきにいった夜出会った彼女、悠木とは三年前に付き合い始めた。彼女に最初に惹かれた小さな頭には、写真や、絵や、文学や、その他私の知りもしない知識がぎっしりと詰まっていた。私は真美に惹かれた時のように。彼女のその小さな頭に、その知識に惹かれ、やがて悠木自身に惹かれるようになった。私に自分の知識について語る時、悠木の頭が小刻みに動く癖がとりわけ好きだった。

 悠木との付き合いに影が差し始めたのも、大晦日の夜だった。付き合い始めて一年目のことだった。「お鍋をしましょうよ」と言われて、二人して炬燵に入り、鍋を突いた。料理の苦手な悠木の作った鍋はお世辞にも美味しくはなかったが、体を温めてくれた。見えない炬燵布団の下で、お互いの脚がぶつかり合うのがくすぐったかった。その時、私は何の気なしにテレビを付けたのだ。そこにうつった女性を見た時、嫌な予感がした。アナウンサーであろう彼女は、真白いダウンコートを羽織り、寒そうに今日の夜の気温とこれからの天気について話している。彼女は、唇がひどく美しかった。一目でその椿のごとき赤さに惹かれた。

「ねえ。じっと見ちゃって」

 悠木がそう言って頭を揺らす。その小さな頭に、もう私は感心を覚えなかった。恐ろしいことだった。

 私の心は、椿の唇の女に向かってしまっていた。

 それが私の、2度目の失敗だ。


 小夜子の唇は、大晦日の寒さにだろうか、小刻みに震えている。


 私はテレビ局の同期と繋がりを深め、椿の唇の彼女、小夜子を紹介してもらった。彼女とは、一年前に付き合い始めた。彼女に最初に惹かれた唇には、何時もサンローランのリップが赤々と塗られていた。その唇で話す彼女の言葉全てに私は惹かれた。彼女の話を熱心に聞く私を、彼女も段々と愛してくれていたようだった。私もいつしか、唇だけでなく彼女自身にも惹かれるようになっていた。

 彼女に、大晦日に行きたいところがあると言われた時、嫌な予感はしていた。なにかまた起こるのではないかという予感がした。

 それでも私は、彼女についていった。

 それが私の、3度目の失敗だ。


 真美の白い指が私に触れた。私は山に埋められようとしていた。わずかに残る意識にも、真美はおかまいなしだ。おそらく生き埋めにする気なのだろう。視線を動かすと、悠木の小さな頭が見えた。それは大晦日の月よりよりも小さく、可愛らしかった。二人は平然としているのに、小夜子の唇は、大晦日の寒さにだろうか、小刻みに震えている。

「あ……」

 漏らした声を遮るように、口元に土が被せられた。

「黙って」

 真美がそう良い、土をかける。細い指に似合わぬスコップを握って、私に土をかける。失敗したことが多すぎて、私にはどうすればこうならなかったのかが分からなかった。「ごめんね。ごめんね。好きだったの……」そう繰り返しながら、悠木も小さな頭を揺らして私に土をかける。もう私の上には、人一人分ほどの重さの土がのっていた。

「本当に殺さなきゃいけないの?」

「そうしなきゃ、私たちの気持ちが踏ん切りつかないでしょ」

 震えた声の小夜子に、真美が冷たくそう答えた。小夜子に押しつけるようにスコップを渡す。小さく謝りながら、彼女も私に少量の土をかけた。

 体温が下がっていくのがわかる。血を流しすぎたのだろう。

「三人と付き合おうなんて虫がいいのよ」

 もう耳も目も埋められて、それが誰の声なのかはついぞ分からなかった。


 こうして私は大晦日の夜、三人の愛した女に埋められたのだ。

 除夜の鐘の108つ目は、私の耳には届かないままだった。



 


  

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