第18話 ダークサイド

 とある夕暮れ時ー、オズワルド・ホークショーは、こじんまりとしたバーで酒を呑んで微睡んでいた。

 そういえば、この前の記憶がない。自分は買い物に行き、突き当りの門で見知らぬ女二人組に遭遇して、突き飛ばされ手地面に顔面を叩きつけられたことしか覚えてない。それから意識はなく、起きたら自分は路面にうつ伏せで倒れていた。

彼は、昔から突然意識が飛ぶ事が多かった。そして起きると強い倦怠感と目眩に襲われるのだ。そして鏡に映っている自分の姿をみたころ、所々に傷やあざの跡がついているのだ。

 バーテンダーの女は優しく微笑み、シェイカーにリキュールと炭酸をに入れ、上下に振った。店内には、他に客は居なく、一昔前の陽気なジャズの音楽が響き渡った。

「あら、今日はペースが遅いのね。」

女はグラスに酒を注ぐと、オズに手渡した。

「いや、今日は特別な日でして、無性にゾクゾクしてるんですよ。」

オズはグラスの酒を一気に飲み干すと、

「あら、奇遇ね。実はわたしもぞくぞくしちゃってるの。超激レアなごちそうが目の前にあるんですもの。」

バーテンダーの女は口がぱっくり割れ、舌がちょろちょろ見え隠れしている。 

 オズはカウンターから離れ間を置くと、足元からバズーカーを取り出すと女に発砲した。女は声を低くうなはせカウンターから出ると、ゆらゆら歩いた。

 すると女の身体はビキビキ膨れ上がり、全長3.5メートル程の女郎蜘蛛が出現したのだ。女郎蜘蛛は天井を這うと、尻から直径5センチほどの糸を放出したのだ。

オズは糸を避けると、バズーカを取り出し連射した。

蜘蛛女は、弾丸を蟻の様な素早さで華麗に躱す。オズはジャンプすると女郎蜘蛛の溝落ちを殴りかかろううとした。しかし、女郎蜘蛛は踊り子のように軽やかにかわ首を45度傾げ、そしてオズの首を掴んだ。前足は蛇の様にグニャグニャ螺旋を描き、オズの身体に巻き付いた。彼女は身体を自由自在に変形できるところから、内部は液体かスライムの様な造りになっているのだろう。オズはバタバタもがき、女郎蜘蛛の首を掴みかかろうとした。オズは深く息を吸った。するとオズの右腕が朱色に光輝いた。女郎蜘蛛の身体は、カクカク小刻みに揺れ震えた。

 そして、女郎蜘蛛は動きを停止した。無作為に放たれた糸が日光に反射して女郎蜘蛛に降り注ぐ。彼女の周囲には光が覆い尽くし、そして部屋中に反射した。

「ーそんな…日光が…」


「油断していたのがマズかったね。あんたはご主人様に守られているみたいだけど、俺の鉤爪には特殊な構造があってね・・・」

オズの右腕はメラメラ燃え、女郎蜘蛛の身体を溶かしていく。

「貴様・・・、騙していたのか?」

女郎蜘蛛の身体は徐々に溶け始め、そして蒸発した。


 オズは店を出ると、近くの広場に足を運んだ。外は雨で、人もまばらだった。うっすらと霧がかかっている。

 すると目の前に、見慣れた少女が通り過ぎた。

「よう。」

「お前、オズかー?」

金髪の美少女は瞳孔を小さくすると、オズに近寄った。

「ああ。お前、久しぶりだなぁ。」

オズは陽気になり、美少女に手を振った。

「お前、相変わらずだなぁ。」

オズはそう言うと、美少女を傘の中に入れた。

「ああ。お前、今まで何してたんだよ?」

「ああ、話すと長くなるが、いつも通り、殺伐とした毎日さ。」

「何か、物騒な物言いだな。」

オズは苦笑いをした。

「仕方ないだろ。好きでこうなったわけじゃないんだから。」

ルミナはパイプに火を灯すと、不愉快そうに吸った。

外は次第に雨が強くなってくる。

「なあ、お前んとこの宿に泊まってもいいか?」

「ああいいが、少し遠いぞ?」

「構わないさ。そういうのに慣れっこだし。」

美少女は当たり前に話す。彼女は人外で人智を超えた存在だから、こういうことは慣れっこなのだろう。しかし、時折、感覚が麻痺してくる。現に、雨に打たれても傘を差さず、平然としていた。

「分かった、あの突き当りの先に駐車してるから。」

オズは軽く溜息をつくと、美少女を引き連れ大通りへと向かった。

 大通りのつきあたりに小柄な少女がスーツケースを抱え、ちょこんと立っていた。

「よ、待たせたな。」

美少女はそういうとその少女に瓶ビールと雑誌を手渡した。

「え?この子も仲間なのか?」

オズは驚いた。この子から魔力は一切漏れていない。どこからどう見ても人間の少女である。

「ああ、リータっていうんだ。色々助けてもらったよ。」

ルミナは当たり前のように話すと、ビンのキャップを開けるとビールをがぶがぶ飲み干した。

「ルミナ、遅いよ。何してたの?」

リータは雑誌を読み、瓶のふたを開け、飲み干した。

「ああ、久しぶりに旧友と再会してな。色々思い出話に盛り上がっていたところだ。な?」

ルミナは、オズをギッと睨みつけ目くばせした。

「・・・あ?ああ・・・」

オズは訳も分からなく、適当に空返事をした。

 

 ーこの少女と何かあったのだろうか?ー


オズは訝しがったが、雨が次第に強くなったので二人を引き連れ、駐車してあった車に乗り込みアクセルを踏んだ。


大通りをしばらく走り、郊外に出ると雨は滝のように強く降り注いだ。

「・・・なあ、この子と何があったんだ?俺は面倒なのはもう嫌だぜ。今まで散々

 お前に振り回されてきたんだ。」

オズはバックミラーで後部座席のリータをチラチラ見ながら、小声で助手席のルミナに話しかけた。

「・・・黙ってろ。ここじゃまずい。今、まわってきてるところだろうから・・・」

ルミナは顔をしかめると、軽くオズを睨みつけた。

「ーまわるー?アルコールの事かー?」

オズは再びバックミラーを確認する。

「そんなにチラチラ見るなよ。ここじゃ泡の中だ。」

ルミナは再びオズを睨みつけた。

 しばらく車を走らせ、森の中を走り空き地に豪勢な屋敷にたどり着いた。

「おい、着いたぞ。」

オズはそう言い車を出ると、車のトランクからスーツケースを取りだした。

ルミナは車から降りるとリータを確認した。

リータは酔いが回っているのか、横になって眠っていた。

「おい、さっきの何がどうなってるんだよ?」

オズはルミナに詰め寄った。

「・・・こいつ、ダークネスかもしれないんだ。」

ルミナはリータを見ながら、ぼそっと言い放った。

「・・・は?ダークネスだって・・・?お前、何でこういつも難題持ち込めるんだ     よ?」

オズは歯ぎしりをすると軽く貧乏ゆすりをした。

「うるさい。こっちだって好きでこうなってんじゃねえよ。」

ルミナは軽く舌打ちするとスーツケースを受けとり、屋敷へと向かった。オズはドアを開けリータを抱きかかえた。

屋敷の中は豪華な造りになっており、天井には華やかなシャンデリアが吊るされていた。窓から隙間風が吹いていた。

「悪い。直ぐ閉めるから。」

オズはそう言うと階段を上り、二階の部屋にリータを運んだ。


 その夜、オズは一階のキッチンでルミナに事情を聞いた。

「何で、お前はいつもいつもいつもこうなんだ?この宿だって何回壊したら済むん だ?修繕費馬鹿でかいんだぞ。お前、きっちり払ってもらうぞ。あと200万だからな。」

オズは二つのジョッキにビールを注ぐと、乱暴にテーブルに置いた。

「うっせぇな。好きでこうなったんじゃないって。何度も言わせるなよ。」

ルミナはあくびをした。

「ーで、あのダークネスはどうするんだ?」

オズは軽くグラスに口付けた。

「ーあの瓶の中にっこそり薬草のエキスを注入したんだ。これで奴は感覚が麻痺して弱体化する筈だよ。」

ルミナもジョッキに口をつけ、口に付いた泡を拭った。

「薬草ー?どんな薬草だ?」

「とある友人から貰ったものだ。すごい効力がある。これで奴もおしまいさ。」

「このダークネス、そんなにやばいのか?」

「あの娘の周りにはいつも人がいないんだ。人間はダークネスの気配なんてわからないだろう?近づかない理由がないんだ。もしかしたら、大量に喰らっている可能性がある。それに、こいつは奴の配下かも知れない。魔力に既視感を感じたんだ。」

そういうと、ルミナはジョッキを飲み干した。

「奴ってー?」

「例の魔王だよ。黄色のマントを着たー。」

ルミナのその言葉にオズはぎょっとした。

「まじか・・・?じゃあ、何でこの子を連れてきたんだ?」

「あとでメリーに来てもらい、適切に対処するするんだよ。こいつを野放しにしたら、人間どころか私の同胞にまで危害が加わるだろ?」

「その・・・メリーはいつ来るんだ?」

「広場にいたとき、メリーに連絡した。もうじき来るはずさ。」

ルミナはそう言うと、ライターに火を灯した。

 すると奥の方から、重苦しい気配を感じた。リータだ。

「ごめんなさい・・・。やっぱ、私は酒に弱いみたいね。」

リータは眼をこすりながら軽くあくびをした。ルミナは瞳孔を小さくすると、すぐに平然を装った。

「ああ・・・お前、起きたのか?まだ横になっててもよかったんだぞ?」

「ううん。もういいの。あんまり疲れてないから。」

リータはそう言うと、階段を降り、二人に近づいた。

オズは足元にあるバズーカをこっそり引き寄せた。すると、ルミナの両足が小刻みに震えているのが見えた。

「ああ。そうか。お前、お腹が膨れてるな。何か食べたのかー?」

ルミナは恐怖を堪え、必死に平然を装う。オズはリータをまじまじ見るが、特に何も変わったところがない。しかし、ルミナには見えるのだろう。すると一瞬、リータと目が合った。一瞬、きつく睨みつけたかのような冷ややかな視線を感じ、オズは身震いをした。それは、悪魔の様なドスのきいた眼光だった。

 オズとルミナは、氷のように固まっているのだった。

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