第8話 悪魔の序曲~アクマノオーバーチュア~

 オズは、マコトを警戒していた。


 自分と瓜二つの姿をしている青年が、恐ろしかった。

 いや、恐ろしいというより静かな恐怖を感じていた。宇宙のような真空の暗闇の中にいるような、摩訶不思議な混沌とした不安を感じていたのだ。

 何で、ルミナはコイツをここへ連れてきたのか検討がつかないでいた。しかし、彼女の事だから何か思う節があるのだろう。

 彼の狙いは自分ではないのは、分かっていた。自分に危害をくわえることもないことも分かっていた。しかし、彼といると胸の奥でザワザワしたものを感じるのだ。

 オズは、しばらくの間、離れの別荘で暮らす事にしようか悩んだ。

 兎に角、マコトという青年は、危ないー。

しかし、自分が離れた所でルミナ達の身に何かあるかと思うと気が気でないー。どうせ、ルミナの事だから自分に内緒で無茶しかねないだろう。

 オズは、とりあえず気晴らしに外へとドライブする事にした。



 人気一つもない不思議な街の広場で、朱色の炎はバチバチ音を立てながら、マコトを包み込んでいた。

「ー」

マコトの瞳が急に変わった。ハイライトが消えた様な冷めさ眼をしている。

「おい、マコト?」

森田はわなわな震え上がり、マコトをまじまじと見ていた。

「ー」

マコトの顔つきはすっかり変わって別人のようだった。さっきまでおどおどした感じとは違い、全体的に重厚感があり、鎧武者の様にどっしりとした印象である。

「ん、お前、何か喋れよ。」

森田はぱちぱち瞬きをすると、尻餅をついた。

「ー」

彼の纏う炎は益々強くなる。

「ーお前は!?」

少女に取り憑いた影は震え上がると、影をドリルの様な形態に変貌した。そして強烈な竜巻のような渦を撒き散らし、マコト目掛けて突進する。

「ークロスの部下かー?」

マコトは暗く冷めた声を発した。そして彼は突風の中で右手でドリルの先端を掴むと、そのままねじ伏せた。ドリルを模した影は散り散りになり、炎に包まれ、爆発した。

 眼の前には気を失い、倒れている少女の姿がそこにあった。

「おい、マコトー、お前、どうなっちまったんだよ?サイヤ人にでもなったのか?」

「ー」

マコトは森田に目もくれずに遠い目をしている。

「はあー。」

森田は眉をハの字にして、脱力感に襲われていた。

「ー悪い。その子を頼む。」

そう言うと、マコトを炎の渦が飲み込むと、打ち上げ花火の様に炎はに森田の眼前から、一瞬で消えたのだった。

 そしてそこには少女を抱き抱えた森田が鯉のように口をぱっくり開け、顔面蒼白で空を眺めている姿があった。


 礼拝堂では、二人が吊るし上げられ、干物の様に窶れた姿があった。二人はケホケホ苦しむも、重力をかけられた時に既にスキルを封印され、為す術がなかったのだった。

 すると、天井から、朱色の炎と熱波が貫いた。けたたましい閃光で、二人は呆気にとられた。そこには炎を纏った男が出現し、不敵な笑みを浮かべていたのだ。

「あら。お仲間ですか?貴男こそ、懺悔に相応しいお方ー。ここで、楽になりましょう。」

 ダークネスは微笑むと、空間全体にキラキラした象牙色の光を充満させた。

 すると、3方向の壁の隙間からスライムの様な液体がドロドロ出現し、そこからシスターの姿をした白装束のアストリアンが姿を現した。

「やばいぞ。何でよりによってダークネスがごちゃごちゃいるんだよ。」

ベロニカは戦慄していた。身体をグイグイ揺さぶるも、触手はビクリともしない。

「ベロニカ、ここは奴らの巣窟だ、元から近くに仲間が潜んでいたんだよ。」

そして、エリアムはカイムの方を向いた。

「ーお前は、カイムだろ。約200年前に処刑され、しばらく地獄に潜伏してそして異界で人間として蘇ったー。」

「ーそうだ。地獄の冥府でお世話になって帰ってきたのだ。」

カイムは淡々としていた。朱色の炎は益々強くなっていった。二人は彼の顔から恐れを感じ取った。

「では、早速悔い改めましょう。憐れで邪悪な魂の救済と浄化を施して差し上げましょうか。」

ダークネスの触手の締め付ける力は次第に強くなった。二人は益々息苦しくなった。

「悪い。弱い者には興味はないー。」

そう言うと、カイムは一瞬で触手を切りつけた。そして膨大な炎と突風が巻き起こり、悪魔の業火は竜巻の様な渦を巻いた。その炎を避けながら、二人は着地した。

「ー」

カイムは遠い眼をして天井をぼんやり眺めていた。


「ーコイツは、こういう奴さ。」

エリアムは呆れ顔で、カイムを見ていた。

「お前、知ってんのか?こいつをー」

「ああ。200年以上昔にな。」

「大体、何でこいつが人間になるんだよ?それに異界なんてものがあるのか?」

「こいつはかつて人間を喰い殺すどころか同胞まで平気で殺す冷酷無慈悲な鬼畜だった。僕たちが30人でこいつを殺せるかどうかだ。何せオーラの量が桁違いで、元々の体内の核も異質なんだよ。」

 二人はカイムが4体のダークネスと交戦している様を眺めていた。彼は悪魔の様な形相で、目を輝かせながら次々と触手を斬りつけた。

「聴き分けのない人には、罰を下しましょう。」

4体のダークネスは口から強烈な炎を吹き出した。象牙色、緑、青紫、ピンクの炎が入り混じり、夏のギラギラ照りつける太陽の様な眩しすぎる閃光を発した。余りの眩しさと熱波にエリアムとベロニカは目を覆った。

「ふん。面白い。」

カイムは軽く笑い、自身の発する炎を強めた。熱波は益々強烈になり、目を覆っても5色の光が入り込み眩しくてどうにかなりそうだ。

 そして、ギラギラした光を纏った炎の中から4体の生首が飛んできた。

エリアムは眉間に皺を寄せて青ざめている。まるで打ち上げられた魚の様だ。

「でもこいつは今、人間だろ?」

「『魔王石』だ。こいつは長い間、地獄の底で魔王石に魂を封印されていたんだよ。多分、一緒に地獄に落ちた仲間が魔王石を持参し、そして魔王石ごと人間に転生したのだろう。」

「よりによって、何で人間なんだ?あたしなら強い者に転生したいがな。なんなら、ダークネスでもOKだぜ。ーなんてな。」

ベロニカはまだ全て飲み込めない様な顔をしていた。

「地獄の主から力を奪われたんだろう。地獄は何かと制限がかけられて不便だし、追っ手が来るかもしれないから、やむ負えなく異界の人間を選んだって所かー。」

エリアムはカイムの方を見ると、

「ーすまない。もうこんな時間になった。行かねばならぬ所がある。」

カイムは膨大な朱色の炎に包まれると、ロケット花火の様に移動し、その場から消え去った。

「おい!貴様、何処にー」

ベロニカは鎌を構えると、カイムを呼び止めた。

「やめとけ。僕達の敵う相手じゃないよ。」

「ー知っているさ。けど、こんな奴野放しにして大丈夫かね?ま、メリーは良い奴だけどよ。でも、あたしはあいつら憎いぜ。アイツら殆ど悪魔だよ。」

「僕は、晩年のカイムを知っている。人には一切手出ししない筈だよ。」

「分かってるさ。お前も、変わったよなぁ。」

ベロニカは眉をハの字にすると、軽く溜息をついた。


 すると、礼拝堂がスライムの様にドロドロに溶け、そのスライムから30体程のドールが姿を現した。

「『ドール』かー。こんなに大量に潜んでいたとはー。」

「ーえ?ドール?こいつらが礼拝堂を成していたのか?」

「ああ、そしてその無駄に綺羅びやかな装飾は、ドールの人だった頃の思い出の様な物が具現化したのだろう。」

エリアムは指を顎に当て、考察している。

「ーだとしたら、元人間も居るって事かー?」

「ー間違いないね。」

 とはダークネスが完全な人形に変化する前の段階であり、非常に不安定な姿をしている。知能も理性も低く、身体の形状は非常に不安定であり、スライムの様に動物から建物までいろんな形態に擬態することができるのだ。ドールは伸縮すると不安定な形態で、雪崩の様に全てを飲み込もうとする。

 するとエリアムの時間停止の能力が解け、人々は豆鉄砲でも喰らった様な顔になると、次々と黄色い悲鳴を発した。

「お前達、早くその場から去れ!飲み込まれるぞ!」

 エリアムはそう叫ぶと、街中に危害が及ばぬように、結界を張った。

 エリアムはその目の前の数体のドール達に、既視感デジャブのようなものを感じた。その雰囲気や面影からかつて一緒に戦った仲間達のオーラをも感じたのだ。そこから寒気と重く黒ずんだ不安を感じた。そしてすぐ目の前の巨大なザリガニの様な姿をしたドールの赤いリボンを見たとき、ざわざわした突き刺さる不安を感じたのだ。

ーミアー

このリボンは自分と一番の顔見知りの仲間がつけていたものだ。大人しくて臆病でいつも自分に付き纏っていたところがあるが、予知能力と頭の機転がよく、安らぎと安心感があった。

「おい・・・。こいつらって・・・。」

ベロニカも同じことを感じ取ったみたいだ。

 エリアムは、無言でバズーカを降り注ぐ雨の様に連射し続けた。彼女の眼光は冷淡で冷徹であり、まるでロボットの様である。ベロニカも鎌を振るい次々とドールを斬りつけていった。かつて人間だった者達のー、そして同胞たちの血飛沫が頬にそして衣服に付着する。

 そして、赤いリボンをつけたドールは、反撃に出るもその直後、不思議と大人しく動きを停止させ、そのまま静かに倒れた。

 エリアムは倒れたドールの赤いリボンを手に取り、ただじっと見ていた。その表情は冷淡さも加わった般若の様な形相であった。




 ルミナは、マコトの事が気がかりであった。彼女はメリーに頼み、こちらと向こう側の世界の境界に仮想空間を作り、そこに例の少女のアストリアンを誘導したのだ。メリーにマコトの保護を要請し、彼の住居は仮想空間に転移されたのだった。しかし、どうやらそれは手遅れであり、彼の街は殆どの人間がドールにされてしまい、事態は危機的状況であった。しかし、ドールにされた人間はドール化の進行が30%以内なら、まだ助かる見込みはある。そう思い、サラに頼んで元に戻して貰う事にした。

 ルミナは悶々としながら、公園の林の中を歩いていた。特に何かする訳でもなく、かと言って、無駄に動くと、自身やマコトの身が危うい。最近、風の噂でクロスの動きが、怪しくなったと聞き、それは魔王石目当てにマコトに接近しているのだと考えていた。もし、マコトの前世の記憶が蘇り魔力が戻ったら、自分がわざわざ保護する必要もなくなる。ーが、クロスの魔力はとてつもなく強いー。魔王石を奪われ、固有のスキルを失っても、余裕でマコトを殺傷する事は容易いだろう。マコトの魔力が戻ったら、クロスやその仲間に気配を感じ取られやすくなる恐れがあるのだ。

 暫く歩き、池の前まで来ると、ふと、かつての親友が姿を映した様な感じがした。長年共に戦った旧知の間柄ー、それはルミナが唯一長い間、心を許した無二の存在ー。

「なぁ。お前は、どうして欲しい?お前の仇だぜ?」

不意に独り言が出てしまい、ルミナは軽く溜息をした。

 

 何分位、経過したのだろうかー。自分はベンチでうたた寝をしていたらしい。太陽はとっくに沈みかけ、辺り1面を鮮やかな緋色に染めていた。ルミナは、ズボンの右ポケットから懐中時計を取り出すと、時刻は30分程経過していたらしい。針は午後五時を指していた。

 すると、エメラルドの閃光が視界を包み込み、眩しさでルミナは目を瞑った。

「こんにちは。ルミナさん。お久しぶり。まさか、こんな所でお会い出来るなんてー。」

近くの大木の枝の上には、つばの傷んだとんがり帽子に季節外れのスカーフ、ブカブカのローブを纏った少女が座っていた。

「お、お前はー、クロスかー?」

ルミナは眼を皿のように丸くし、かつての親友のー、そして好きだった男の仇をまじまじと見ていた。

「あの時はよくも邪魔してくれたわね?天野マコトに私を近づけない算段だったんでしょう?そして、固有の結界を張って私達、と呼ばれる存在が、入り込めない様にした訳ね。でも、残念でした。」

クロスはねっとりとした甘い声で優しく語りかける。

「ーふっ。何言ってるんだ?私には他に強力な仲間がいてね。そいつに全て元通りにしてもらったさ。」

ルミナの心臓はバクバクしている。恐怖と怒りとが入り混じった混沌とした不安定な心情で、彼女の身体は沸騰したお湯の様に熱くなりつつあった。

ーコイツだ。コイツが全てをムチャクチャにしたのだ。ー

胸の高鳴りと高揚感、ジリジリした燃えたぎる熱い何かが、ルミナの頭の中を支配していたのだった。

「あら、この右眼は見覚えあるわ。お友達の眼とそっくりー。」

クロスは臆する事なく、無邪気に眼を輝かせた。

「黙れ!お前のせいで、ルチアとカムイはー。」

ルミナの胸の奥から、フツフツとマグマの煮えたぎる熱い感情が、湧き上がった。全ての憎しみが湧き上がり、最早ブレーキが効かない状態であった。

「あら、私のせいじゃないわ。あの子は自ら貴方を助けたのよー。それに、

クロスは小馬鹿にする様な感じで、目を細めている。

「ー黙れ、それもどうせお前が得意に誘導したんだろ!?」

ーふざけるなー!ー

ルミナは激昂し、大太刀を構えた。

「あら。やっぱり心当たりがあるのね。ーそうだわ、貴女に良いこと教えてあげる。だからこっちにおいで。」

すると、少女は体全身が、両腕は鞭のようにクネクネうねり、ルミナ向って伸びていった。

「うるさい!」

ルミナは大太刀を構えると、フツフツ煮えたぎる怒りを全開にし、少女に突進した。

「あら、聴き分けのない子。」

クロスの表情が一瞬、能面の様になり、その瞬間ー、枝の先端が、ルミナの額を直撃する。

「ー!?」

ーと、向こうから、ホリゾンブルーのオーラを纏った弾丸が視界を遮った。

木の枝は光を纏いながら爆発し、そして消失した。

ルミナが振り返ると、背後にエリアムとベロニカの姿があった。

「久しぶりの談笑、邪魔しないでくれる?それとも楽しく女子会やりたいのかしら?」

少女は、無邪気な顔でちゃちゃを入れた。

「ーどうも、お世話になりましたね。うちの者を、可愛がってくれたみたいでー」

エリアムは睨みつけながら、冷たく低い声を出した。

「なぁ。エリー、こんな化け物あたしら束になってもに勝ち目はねぇぞ?」

ベロニカは鎌を構えながら、エリアムの方を向いた。

「分かってるさ。」

エリアムは冷めた表情で、あれこれ思考を巡らせていた。そして彼女の両眼が光ると、そこには全てが真空のように停止された空間が広がっていたのだ。クロスは動きを停止している。

「お前の技ー。化け物アストリアンにも通じるのかー!?」

ベロニカは拍子抜けしたような顔になり、静止した少女をまじまじと見ていた。

「今から、ここを全力で逃げる。コイツに効くのは3分だけだ。ーおい、ルミナ。」

エリアムはルミナを軽く睨みつける。

「ー。」

ルミナは瞳孔を不安定に伸縮しながら、その様を見ていた。


 エリアムとベロニカは、無理矢理ルミナを引き連れ、もと来た道を歩いた。少し歩いた先には、ルミナがマコトを初めて招き入れた洋館があった。その洋館は各アルファ達の活動拠点の1つであり、生活の場でもある。そこで情報共有をしたり、また組織とやり取りしながら、アルファ達は各々グループを作り、身を寄せ合って合って生活している。その様な場は、大陸中に数10箇所点在しており、彼女達の秘密基地の様な役割を持っていた。

「ーどうして、邪魔をしたんだ?」

一階のリビングのソファに座り、ルミナはすぐ隣のエリアムの方を向くと、ぎっと睨みつけた。

「お前、自分があの時どうなっていたか、分かるか?あと少しで、ドールにされていた所なんだぞ?」

エリアムは緊迫した面持ちで、ルミナの方を向いた。

「ドールか?上等だぜ。そしたら、お前らとももうお別れだがな。」

ルミナは挑発したように、言葉を吐き捨て、エリアムに背を向けた。

 すると、エリアムは、ルミナのシャツを掴むと、強い力でルミナの後頭部ををファーに押さえ付けた。

「おい、エリー。怖いぜ?」

ベロニカは慌てて仲裁に入る。

「お前が、人間に関係あった事は知ってるんだ。そ」

「煩い。お前に関係ない。」

とある、人間の男ー。明朗快活で憎めなかった。自分がアルファにある前からお世話になっていた。彼はルミナの心の闇を焼き払ってくれた。

「言っとくけどな、お前がどう粋がっても過去を悔いても、あいつらはもう、生き返らないんだよ。それに、人間やダークネスと繋がるとは、どういう事か知ってるだろ?」

エリアムの声は冷たく、押さえる力は次第に強くなっていく。ダークネスは、人間の心の闇に取り付き惑わせドールにするか、食い殺して生きている。


ーエリアムは、私の養母や亡くなりダークネスと化した親友の事も知っているのだろうかー?


ルミナは、時々、自覚はあった。ダークネスは全員が悪であるとは、思えないのだ。だから、無害なダークネスにも情け容赦ないエリアムに、納得がいかないのであった。

「うるさい!お前、これ以上彼奴らを愚弄するな!年上だからって、偉そうに説教かよ!」

ルミナは激昂した。バタバタもがくも、おでこはぎっちりエリアムの手が当てられており、力に負け身動き取れないでいた。

「何なら、僕がここで楽にしてやろうか?これで、あいつらの所にも行けるかもなー」

ルミナは息が苦しくなった。頭上からバズーカが向けられている。

「おい、やりすぎだぜ。そう、カッカするなよ。」

ベロニカが、慌てて割って制した。

暫く、静かな沈黙が続いた。

「ー空だよ。」

エリアムは重たい声を出すと、バズーカを下ろした。そして、扉の方へ向かうと、再びルミナの向いた。

「お前がどう足掻こうと、この建物から一歩も出さないからな。ベロニカ、悪いがコイツの監視をしてくれないか?僕はこれからやる事があるんだ。」

エリアムは、ルミナを軽く睨んだ。

「ーああ。」

ベロニカは恐れおののき、軽く返事をした。ルミナは不貞腐れ、天井を見ながら項垂れていた。部屋中に、異様にピリピリした空気が張り詰めた。

 ベロニカは部屋を出た、エリアムを見送った。

「ーまあ、お前の気持ちは分かるよ。結構苦労してきたんだよな。あたしもこれ以上、仲間を殺られるのは御免だよ。それに他の仲間も次々とドールにされちまったしな。それにあんたはアイツの事もあるだろうし。ルミナだって強がってるって言うか、距離を感じてしまうんだよな。」

「あいつは、日光に弱くなってるー。着実にドールになりつつあるんだ。」

エリアムはぼそっと話す。

「だから、あたしらと距離を置きたがるのかー?」

ベロニカは目を細める。エリアムは依然として、眉間に皺を寄せていたままであった。


 それは雨が、滝のようにザーザー容赦なく降り注ぐ昼時の事であった。謎の黒い影に仲間や親友が次々と殺されていったのだった。

エリアムはゼェゼェ荒い息を吐き出す親友を抱き抱え、人気のないトンネルの中へ逃げ延びた。

 すると、静かな街並みの中からカツカツとヒールの音が木霊した。霧の中から貴婦人の様な女が姿を現したのだった。お洒落な紅いシルクハットに紅いトレンチコートの女ー。季節は夏なのに、場違いな格好をしており、しかし何処か謎めいており、魅惑的で不思議な雰囲気を醸し出していたー。

 エリアムは渾身の力を込め、その女に報復しようとしたが、球は緋色の膜に弾かれ、女は不敵な笑みを浮かべていた。ここが宇宙であるかのような長く静寂な空間に包まれた。そして女は背を向け去っていった。そこから先は気を失い記憶がない。あの女が、何故自分だけ見逃したのかは、定かではないー。恐怖で何も出来なかった。そして、胸がドクドク激しく脈打ち、膝がカクカク震えていたのだ。悪霊に取り憑かれた様な気持ち悪い寒気を覚えたのだー。

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