乱戦

 連戦を終えるころ、強烈な日差しは盛りを越え、西の空に傾きつつあった。

 ほぼ同時刻――

 別の場所で、とある重大な出来事が起きていた。それは試合会場全体を揺るがし、波紋のような広がりを見せる。

 その兆しをポボスが伝えた。

『敵七機接近。二時方向、距離九百』

「二時方向?」

『敵十機接近。一時方向、距離千二百』

 戦闘モードを終了したポボスは、索敵範囲を一気に拡大する。

『敵二十七機接近。一時ト二時、距離、千五百ト千八百』

「……」

「もういいよ、ポボス」

 無数の光がマップの一角に集まり、目映いほどに埋めてゆく。じわじわと南西に進み、東稜・ジュピター合同チームへと迫りつつあった。

「なんだってんだよ……」

「これだけ集まって、戦闘が起きないって……」

「ねえ、これ全部が同盟して、わたしたちと戦うつもりじゃないよねえ」

「んなバカな。なんのメリットもねえじゃねえか。俺たちがフラッグを持ってるってんならともかく……」

 しかし見ず知らずの敵が手を結ぶ動機は、他にありえない。

「ひょっとして……」

「なんだよ、輝矢?」

「マップを西側へスライドさせて」

 梓真は言われるままキーボードを操ると、モニターに一際強く輝く光点が出現した。

「フラッグか!」

「え、だって、フラッグってもっと北の方にあるんじゃ……」

「誰かが取ったみたいだね。移動してる」

 過去四度の大会においても、これほど早期にフラッグが奪取されたことはない。例の速攻戦術を実践した勇者がいたらしい。

「しかし、このまま逃げきれるのか?」

「さてね。スピードはあるけど、包囲を抜けられるかどうか……」

 フラッグを奪取した何者かは南西方向に脱出を計るようだ。

 理緒たちからそう遠い距離ではない。が、ポボスとほぼ同じ速度のこの機体に、今から追いつけるとは思えなかった。ジュピターにも、わらわら群がる東側の集団にも不可能だろう。

「あっくん、どうする?」

「……それでも、行くしかねえよ……」

 梓真はスピーカーのスイッチを入れた。むろん、神木と連絡を取るためだ。

「状況はわかってるよな? 俺たちも急いで――」

 切り替えたカメラの光景に、梓真は言葉を失った。

 右からアマルテアが、左からはアドラステアが、理緒をがっちり捕らえている。

「何やってんだよ!」

『潮時だ』

「潮時……!?」

『……おまえたちに最後の命令を伝える。この場に止まり、敵機の進行を可能な限り阻止せよ』

「……なんだと……?」

『サボタージュは許さない。ポボスほどではないが、こちらの望遠性能もそう悪いものではないからな。逃げればどうなるか……』

 同時にぐい、と理緒が引き出される。

『梓真……』

「……」

 ゆがんだ口元が大きく開いた。

『梓真! この人はわたしに――』

 ふいの銃声で彼女の声がノイズに変わる。

「理緒! 理緒!!」

 返事はない。ばくばくと、梓真の心臓が暴れ出す。

 その肩を輝矢が揺すった。

「梓真、梓真!」

「輝矢!! 理緒が!!」

「大丈夫、彼女は無事だよ。ほら、よく見て」

「……」

 テーベの放った銃弾は通信システムを破壊しただけだった。

 ディアナのマイクが彼女の声を拾おうとしたが、神木の声が邪魔をする。

『ではな、加瀬くん、輝矢。……ありえんと思うが、もし万一生き残れたら好きにするがいい』

 西へ向け、ジュピターチームは移動を始めた。人質も一緒だ。やがて理緒も抵抗をやめ、その速度は増していった。

「あっくん……」

「梓真……」

「……全機、水路に籠もってくれ」

 鳴り止まない拍動に、迫る敵の姿が重なった。


 最初に接触したのは快速のガーランド・ロウだ。脆い装甲はディアナのロングショットをたやすく受け入れる。続くボー・アルミュールには、斜め後方を走るカロス・パノプリアへの猜疑心を植え付け、同士討ちを誘う。

 ……チームを確認できたのはここまでだ。

 押し寄せる装甲の群に、メルクリウス、ディアナ、ポボスはひたすらに戦った。撃ち穿ち叩いて、撃たれ穿たれ叩かれる。

 いつ終わるとも知れない狂乱の果てに、すべての機体から通信が途絶えた。

 ――それから三時間ののち、試合が中断する。一縷の望みを賭け、梓真たちは現地へ向かった。

『着いたぜ』

 制動と同時に、スピーカーから冴えない声が流れる。

 けれど、梓真の腰は重い。

 逸る気持ちはどこかへ失せ、今はただ不安でいっぱいだった。

(俺は、流されてばかりだ……)

 理緒の出場と降伏。どちらも決断したのは彼女で、梓真はそれを後追いしたに過ぎない。

 車外へ降りれば、否が応でもその結果を目の当たりにする。

 怖かった。

 それでも避けることはできない。立ち上がった梓真は、後部ハッチを押し開いた。

 その目に鮮烈な色が飛び込む。

 遠くの樹木、小さな草花、夕焼けに染まった無作為の美が梓真の目を奪った。

 彼は吸い寄せられるように外へと降りる。足が進むたび、彼の体も焦がされていった。

 だが足が止まる。

 景色のすべてが自然物ではなかった。雑草に埋もれていたのは残骸だ。てらてらと、緋色の潤滑油に濡れている。

 梓真の脳裏にいつかのあの光景が蘇った。

「ちゃっちゃと終わらせろよ」

 二の足を踏む梓真を運転席の山野目が急かす。何を焦っているのだろう?

 近づく足音は輝矢と真琴だ。弱みは見せられない。

 そこは目と鼻の先にあった。

 梓真は湿った土草へ押し入り、水路の中を覗き込む。折り重なった躯のさらに下に、メルクリウスとディアナ、そしてポボスの姿があった。

「……」

「僕が降りるよ。梓真は先生と引っ張り上げて」

「持ち上がるか?」

「僕の腕力をナメないでよね」

 と、力こぶを作る輝矢。苦もなく――とはいかなかったが、想像よりはるかに楽に引き上げる。……他の機を足場にしたのは見逃すことにしよう。

 そこへ、輸送車がバックで接近する。収容は山野目も手伝った。

「いいのか、審判が?」

「ま、こんくれーはな。ちっと遅かったが……」

(……遅い? なんのことだ?)

 見渡すと、西日に向かう無数のヘッドライトが現れていた。他の出場者たちの輸送車だ。それぞれが、あちこちの残骸に横付けする。

 うち一台が近づいて、同様に回収作業を開始した。

 彼らは時折、梓真たちを盗み見る。その視線は毒針のように鋭く冷たい。

 そのそばでは、オルターが僚機の残骸を担いでいた。その光景をうらやましく眺めているうちに、それがカロス・パノプリアの予備機であることに気づく。

(……俺たちは恨まれている。そういうことか)

 ジュピター優勝のため、盾となって彼らの行く手を阻んだのだ。内輪の事情は関係ない。裏取引をしたのは紛れもない事実だった。

 遠巻きの視線は一チームだけではない。無言の悪意は渦となり、梓真たちを取り巻いていた。

「あっくん、戻ろう」

 そうだ、それがいい。

 そう思った矢先――

「理緒……」

 残骸の陰に彼女を見つける。

「待てよ!」

 逃げ出す理緒を梓真は追いかける。けれど、相手は性能抜群の倍力化装甲服で、こちらは梓真。

(くっそ……)

 見る間に離され、木立の中に彼女は消える。焦る梓真は草むらに足を取られ、

「ふは!」

 と、転倒した。

(カッコつかねえ……)

 じんと響く左腕の痛みに、起き上がることもできない。

 だがそこに――

「情けないわね……」

 上にずらしたフェイスガードの陰に、突き放すような呆れ顔が浮かんでいた。

「……り――」

「ほら!」

 彼女は梓真の汚れた体を助け起こし、「まったく……」とこぼしながら汚れをはたく。

「……無事なのか?」

「それ、こっちのセリフよ」

「はは。……解放されたんだな。いつからここに?」

「……三十分くらい、まえ」

「そうか」

「……ごめんなさい」

「あ?」

 梓真には、謝られる理由が思いつかない。

「みんな壊れた……わたしのせいで」

「あ、ああ、そのことか……」

「みんな、みんな、わたしが……おかしなこと言い出したから……」

「おまえ、見たのか……」

「あれじゃ、みんな……もう……」

 うつむく理緒は涙声だ。

「最後は俺が決めた。おまえが正しいと思ったからだ。だから、おまえが気にするこっちゃねえよ」

 梓真が体を寄せる。

「でも、あの時、終わりにしてたら……」

「終わりにしてたら、勝算はゼロだった。けど、おまえのおかげで首の皮一枚繋がってる」

「……でも……わたし一人じゃ……」

「それなんだが……」

 別の足音に理緒は半べその顔を上げる。

「理緒ちゃん、よかった。……大丈夫?」

「先生……」

「二人とも戻ってきて。輝くんが呼んでるの」

「ああ、すぐ行くよ。……なあ?」

「……」

 輸送車の床に壊れた三体が並べられていた。脱落した腕や細かい部品も一緒だ。

「結論から言うよ! メルクリウスとディアナ、二体のパーツを集めれば、どちらか一体は修復できる!」

「お、おお……」

 気合い十分の輝矢のノリに、梓真は後ずさる。

「それで、ディアナのほうが損傷が少ないんだ。先生には悪いんだけど、メルクリウスのパーツでディアナを復活させようと思う。……何か異論は?」

「……たぶん、メルちゃんがディアナちゃんを守ったのよね」

 真琴の目がメルクリウスを撫でる。

 しかし梓真の視線はその壊れた腕で止まった。

「けどよ、両機とも、腕がひでえことになってんぞ。これを直すのはちょっとやそっとじゃ……」

「梓真、何か忘れてない?」

「何かって……」

「マルスだよ。使える部品は全部持ってきてただろ?」

「……あ、ああ……そうだった」

 その名が梓真をえぐる。傷はしばらく癒えそうにない。

 輝矢はそんな彼をよそに、イスでくつろぐ山野目を振り返った。

「何時までここにいられます?」

「移動には九十分ってところだが、設営やら連絡やらで三時間は見といたほうがいいな」

 ルールでは、試合の再開時間までに元の場所に戻らなくてはならない。

「ってことは、タイムリミットは午前六時か」

「時間がないよ。すぐ取りかかろう」

「そうだな。……理緒、おまえは十分休め。いいな」

「……」

 装甲服を外した理緒は、終始無言を貫いていた。体型もあらわなインナースーツに、梓真は顔を向けづらい。

「まこも、な」

「わたしは手伝いますぅ」

「いや、それは……」

 かえって邪魔になりかねない。すかさず輝矢がフォローする。

「先生には夕食の支度をお願いしたいんだけど」

「わかった! 理緒ちゃんも手伝ってくれる?」

 きらきらと目を輝かせる真琴に、理緒は憂いた笑顔でうなずいた。


(……おっと、やべえ……)

 いつのまにか大きく船を漕いでいた。

 ぼやけた視界が像を結ぶと、輝矢の姿を写す。彼はディアナを前に黙々と作業を続けていた。

「わりい……」

「いいよ。もう三時だもんね。何か問題ない?」

「あ……」

 ――何か気になることがあったはずだが、なかなか思い出せない。

 輝矢がディアナの組み立てを担当し、梓真はメルクリウスの部品取りを受け持っていた。

 梓真の前に横たわるほぼフレームだけのメルクリウスを眺めるうちに、ようやく記憶が蘇る。

「……っと、足のCPU、換えがなくってな」

「それなら、そっちにあるのでどう?」

 輝矢が片隅を指さす。そこには小さな部品がひとかたまりに積み重なっていた。漁るとたしかに目的のパーツがあったが、見覚えはまるでない。

「こんなの、いつ買った?」

 怪しむ梓真に、輝矢の口角が持ち上がる。

 やれやれ、と梓真も薄笑いを返した。こっそり、よそさまの部品も回収しておいたらしい。

 ディアナとメルクリウス、そしてマルスの特徴は、体の各所から得た情報をそのままAIに運ぶのではなく、ある一定の部位で集積と分析を行い、最適化させてAIに上げることにあった。それによってAIの負担を軽減し処理速度を上げるわけだが、引き替えにセンサーを多数揃えなくてはならず、CPUも各部位に必要となる。量産に不向きとされた理由もそのあたりにあるのだろう。製造時のみならず、このような現地での補修時にも煩雑な作業を強いられる。

 しかし彼らの性能の肝でもあるから、手も抜けない。

 “彼ら”と言っても、運用できるのはもはや一体だけだが。

 梓真はぼんやりと車内を眺めた。

 肉を削がれたメルクリウス、元の姿を取り戻しつつあるディアナ、足の踏み場もない床、そして「ふう……」と汗を拭う輝矢。

 理緒と真琴は外のテントにいる。今は彼と二人きりだ。

「一息入れない? 六時には間に合うよ」

「……ああ」

 ハッチを開くと、新鮮な酸素が入り込む。

 梓真はまだ足下がおぼつかない。輝矢が飛び降りたのとは対照的に、ゆっくり梯子を伝う。

「よく寝てるみたいだね」

 テントに灯りはなく、運転席も物音がしない。

 梓真がハッチを閉めると、辺りを闇と静けさが支配した。

 輸送車の集団もいない。すべて日が沈む前に撤収した。

 フラッグを奪取した何者かはそのまま優勝を決めてしまうかに思われたが、フラッグの信号は試合区域を出ることなく、はるか手前で止まっている。

 行く手を阻まれているのか、あるいはフラッグを奪われたのか。

 ――たとえば神木あたりに。

 ジュピターの所在は不明だ。理緒もわからないと言っていた。

 彼女が解放されたのは午後の五時前。梓真のチームは壊滅したと判断したらしい。その推測はおおよそ正しく、メルクリウスたちとの交信が途絶えた時刻とほぼ一致する。

 その時、チーム・ジュピターはフラッグをあと一キロにまで追いつめていたらしい。

 それからどうなったのだろう。やはり優勝は彼らなのか――

 梓真は暗い西の地平を睨み、右拳を握った。

(まだ終わんねえよ……!)

「梓真」

 足下に涼やかな声が響く。輝矢は両手を枕に野草へ身を任せていた。

 その眼差しを梓真も追う。

「天の川か……」

 天を割る光の帯。力強い輝きが梓真を押しつぶした。

「知ってる? あそこに銀河系の中心があるんだよ」

「知ってるよ。……さんざん聞かされたからな、おまえに」

 輝矢から微笑の吐息が漏れる。

 それでも目は夜空に奪われたままだ。幾度となく見てきた光景。――なのに、これほど圧倒されたことは初めてだった。

「マップのあのオルターの集団を見た時、思ったんだ。銀河に似てるって」

「ああ、まあ、そうかもな……」

「広大な円形の試合場、それに……」

「オルターは名もなき星々、か?」

「そして、中心を目指す」

 輝矢は梓真のきざなセリフにクスリともしない。その双眸は星空の、さらに向こうに魅入られていた。

(輝矢、おまえ、もしかして……)

 体が健常であったなら――と諦めた夢を懐かしんでいるのだろうか?

(……いや、違うか)

 頭上に煌めく天の川銀河。渦巻く二千億個の恒星は、とてつもない巨大質量のブラックホールによってつなぎ止められているという。

 ふと、ある物語を思い出した。二人の少年が星々を旅する童話だ。

 輝矢もそうなのだろう。

 ただ想いを重ね、憧憬を抱いているだけだ。見果てぬ銀河の中心、二万五千光年の彼方に――

「やっぱり、来て良かった」

「あの親父を説き伏せて、か?」

「あはっ」

 輝矢が初めて視線を合わせ、梓真はドキリとした。その瞳が深い闇の色をしていたからだ。

 頑固を絵にしたようなあの父親を、彼はどう説得したのだろう。

 聞きたい。

 だが聞けなかった。

 知ってしまえば、不安が現実になるかもしれない。

「この空……」

「ん?」

「この星空も、モニターから見た映像も、ここで見た景色のぜんぶ、僕は、一生忘れないよ」

「……」

 梓真も忘れられないだろう。彼の笑顔を。


 数時間ののち――

 梓真は閉じそうになる目をこすりながら、野外テントを前に立ちすくんでいた。

「おーい! 起きろー!」

 ……

 返事はない。

「はあ、しょうがねえ……」

 梓真は及び腰をさらに折り曲げ、天幕を捲った。

 かすかな音は扇風機だ。それが“女の香り”を梓真に送る。

 香りの発生元はむき出しの手足を投げ出し、深い寝息を立てていた。

「……おーい」

 後ろめたさは何もない……はず。だが、気後れで喉がしぼんだ。

 余裕のない梓真は、しかたなく中腰で枕元まで近づいて、汗で張り付いたTシャツの肩をゆすった。

「おい、時間がないんだ。頼むから起きてくれ」

「ん……、あのね、蒸し暑くって、あんまり寝てないの……。虫も出たし……もうちょっとだけ……」

 言い終えて真琴が顔を背けると、体も寝返り白いショートパンツがあらわになる。

 ため息を吐く梓真。あぐらを掻いて、作戦の変更を決める。

「んなこと言っておまえ、夕べ、大いびきで爆睡してたじゃねえか」

 作戦成功。真琴はがば、と飛び起きた。

「ええ? 嘘!?」

「……まあ、嘘なんだが」

「もう! あっくんのバカバカバカバカ!!」

 髪を振り乱し、バカバカ――のリズムでゲンコツを振り下ろす。

「なあ、悪かったから、とにかく起きて出発の準備してくれ。六時にここを出たいんだ」

 そこではた、と真琴が止まった。

「え? じゃあ朝ご飯は?」

「向こうに着いてからでも遅くないだろ」

「それじゃわたしが食べられない!」

 背中越しに理緒がにらんでいた。ひどい顔は、たぶん寝起きのせい。

「よ、よう、おはよう。……よく眠れたか?」

「わたしのこと、忘れてたわね。ここに置き去りにされるのに!」

「いや……そのな……」

「……!」

 ぬうと迫る顔に、梓真は座ったままの後退を余儀なくされる。

 失念ではなく、彼女の食事が擬態だろうとの思い込みから――なのだが、言えばかえってこじれるだろう。

「わ、わかった。じゃあ、朝食と撤収の準備を同時進行ってことで……」

 そう言い残して梓真はテントから這い出る。だが理緒は、

「待ちなさいよ」

 と追いかけてくる。

 こうなったらトボけ通すしかない。梓真は立ち上がって、笑顔で振り返る。

「いい朝じゃねえか。なあ?」

 返事はなかった。

 理緒の注意が逸れたからだ。

「ディアナ……」

「あ? ああ……」

「すごーい。ぴかぴかだ!」

 駆け寄る真琴と対象的に、理緒はただただ立ちすくむ。

 輸送車の傍らに立つディアナを暁紅が染めていた。

 修復は完璧だが、ぴかぴかは言い過ぎだろう。マルスのものとまるまる交換した腕はともかく、脚部はパーツの寄せ集めで、傷が大小あちこちにある。

 もちろん悪い気はしない。

「理緒。こいつと一緒にテントを片づけてくれないか? 料理はまこに任せて」

「……いい、けど……」

 おざなりの返答。

 理緒は穴が開くほどディアナを見つめている。

「な、いい朝だろ?」

「……」

 ようやく笑顔が返った。

 すると今度は真琴が尋ねる。

「ねえ、輝くんは?」

 梓真は答えるかわりにハッチをそっと開くと、暗い車内に朝日が伸びて、床に寝そべる人影を照らした。

「……」

「……」

「だから、なるべく静かに、な」

 無言で大きくうなずく二人。

 そんな時――

 ばんっと大きな音が鳴り響いた。

 運転席のドアを閉めた山野目が、大欠伸でこちらへ近づいてくる。

「なあ、朝メシって、俺もお相伴……な、なんだよ?」

 三人が一斉に向けたのは、ほとんど殺意だった。

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