25『イッてらっしゃい』


 いくら捜しても、九都が見つかることはなかった。


 時は過ぎる。夏、僕達は、——僕と御心は、九都と共に行ったプールへ。

 夏休みの終わりには、二人で祭をまわる。

 夜の小学校へ忍び込み、体育倉庫へ侵入もした。しかし彼女は見つからない。もしかしたら、姿を消しているのかも知れない。案外、九都のことだから近くで僕達を見ながら、焼きそばパンなんか食べているのかも知れない。僕と御心の距離が近付いていくのを誇らしげに見ているのかも知れない。


「波芦ぉぉっ! 居るんだろ! 出てこいよ!」


 叫んでみたものの、声は虚しく響き渡るだけだった。すると、隣にいた御心も声を張り上げる。


「ココロちゃん! お願い出て来て! いるならお話しようよ……! そ、そうだ! これなら! わ、わ、私はっ、わたしはハル君が好き! 大好きだよ! ココロちゃんはどうなの!? ココロちゃん、自分の気持ちに素直になりなよ! 本当の気持ちを聞かせてよ!」


 どストレート。


 柄にもなく大声をあげた御心の肩が上下するのを横目に、僕は体育倉庫内をもう一度、しっかりと見回した。けれども、返事はないわけで。


「御心、今日は帰ろう」

「うん……っ……ぅっ……」

「ごめんな」

「ううん、い、いいよ……帰ろう? ハル君」


 溢れた涙を拭う御心を連れ、体育倉庫から脱出。

 抜け出した僕は体育倉庫を背に、決意する。


「御心、明日、波芦の両親に会おう」


 その時だった。

 微かに、僕の聞き間違いでなければ、確かに、しかし微かに、体育倉庫内から物音がした。


「……ハルく、?」

「しーっ、気付いてないフリをしろ」


 僕は御心の耳元で、彼女にしか聞こえないくらいの声で告げ、振り返らずにその場を去った。


 恐らく、九都波芦は、そこに居た。


 これは僕の賭けでもあり、そして、ケジメだ。

 全てを思い出したことを九都の両親に告げ、彼女を助けられなかったことを、謝罪する。

 そして、その後、


「九都波芦を、引きずり出す。波芦の性格だ、きっと明日、実家に現れる」

「……わかった。私も行く」

「あぁ、ありがとな、御心」

「今更。さーて、私も心の準備、しておかないとね! ハル君、また明日!」


 僕の少し前を歩いていた御心稀沙が振り返ると、その背には綺麗な月の昇った夜空。

 その姿が九都波芦と重なる。


「御心、もう少しだけ、をしないか?」


 僕は彼女を、——月の鈍い光に照らされる御心稀沙を、引き止めた。




 翌朝。

 僕は意を決して家を出る、はずだった。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん。最近、外出が多いと思うの。まさか、女かっ!?」


 陽菜に捕まっていた。とてつもなく鋭い視線が、僕の心臓を数回貫く。そう、一度ではなく、何度も。これはもう、逃げられる状況ではない。

 今日僕が家を出るためには、この妹という壁を、聳え立つ大壁を、越えて行かねばならないのだ。


「陽菜、違うんだ。僕は最近、ウォーキングにハマっていてな。歩くことで運動不足を解消しようと思って」

「だったら、ハルナも行くの」

「あ、でもそうだ! 今日はランニングにしようかと。だから陽菜にはキツいだろ?」

「お兄ちゃん、お兄ちゃん。かけっこはハルナの方がはやいよ」

「なるほど、ならば」

「お兄ちゃん。嘘、ついてるのかな?」


 くっ……流石は我が妹! エモうと!

 嫉妬に駆られた表情が何とも言えない可愛さだ。しかもパジャマ姿で寝癖までつけて。愛で倒したい、今すぐ頭をわしゃわしゃしたい。いや、する。


「はうっ、ちょ、お、お兄ちゃんっ」

「やっぱり陽菜の髪はフワフワで手触り最高だな〜!」

「うにゃぁ〜、やめ、ちょ、くすぐったいよ、お兄ちゃんっ、んあっ」

「よーし、更に全身コショコショの刑だー!」

「きゃははっ、はっ、おひぃっひゃっ、ひゃめっ」


 星を見た。しかも流星群だった。


 要約すると、往復ビンタを数十発、お見舞いされたわけで、僕は出撃前に瀕死となった。

 やはり、女の子の平手打ちは強烈である。


「お兄ちゃん、正直に言ってくれないと、ハルナはここを通さないよ?」


 と、僕の前に立ちはだかる陽菜。

 もはや嘘も誤魔化しも通用しない。今の陽菜にはどんな攻撃も通用しない絶対領域AT○ィールドが展開されているのだ。

 覚悟を決めるしかない。まだ、ここで死ぬわけにはいかないのだから。


「陽菜、僕は行かなければならない」

「なにゆえ?」

「僕は、九都波芦に言わなければならないことがあるんだ」

「お兄ちゃん、それって」

「おかしくなったわけではない。陽菜、僕の愛する妹よ、聞いてくれ!」

「はっ! う、うん……発言を許可するの」


 僕は、嘘のような本当の話を、子供に言って聞かせるように、いや、実際子供に言って聞かせているのだけれど、それはこの際いいとして、本当のことを嘘偽りなく話した。


「そ、そうなの……わかった、信じる」

「陽菜! 本当か!?」

「ハルナのお兄ちゃんが言っているんだから、信じるの。信じてあげる」


 お兄ちゃん、と、陽菜は続ける。


「お兄ちゃんが、ハルナの手の届かないところに逝ってしまっても……ハルナはお兄ちゃんが好きだから、お、おう、えん……」

「ありがとう、陽菜。僕は、お兄ちゃんは、何処にも行かないよ。いつも相談に乗ってくれて、本当に助かる。妹だけど、頼りにしてるぜ。じゃ、僕は行くよ。あ、それと、陽菜、行くの表記は、逝くじゃないからな」


 僕は陽菜の一頻り愛で倒し、背を向けた。


「イッてらっしゃい。ちゃんと帰って来てね、お兄ちゃん」

「当然だ。僕の帰る家は、ここしかないんだから。行ってきます」


 僕の考えが正しければ、やるべきことは、一つ。


 彼女の願いを叶える。

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