今日こそ、嫁と!

小林勤務

第1話 俺の嫁

 結論から言う、俺は恋をしている。

 

 もう一度、結論から言う、俺は一人の女の子に恋をしている。

 

 その子の年齢は35歳だ。

 

 おっと、この年齢をもって「女の子と呼ぶのはおかしいよね」とか、「それって、おばちゃんじゃね?」とかの発言は許されない。まあ、これは俺の独白だから、誰に対して許す許さないとかの話をしているわけではないが、俺にとって年齢は関係ないってことを言いたい。

 

 ちなみに、これも俺の独白だから、誰に言うのでもない。

 

 出来るのならば、マーベルコミックに登場するヒーローのように特殊な能力、例えば精神と肉体を自由に分離できる能力を身につけ、決してその力を世界平和に役立てるのではなく、私利私欲のためにフル活用して、幽体離脱した第三者の透明な俺が、この言葉を当事者の俺の鼓膜に直接伝えて、「やっぱ、そうだよな。うんうん、間違いないでしょ。やっぱり彼女は最高だよな」と俺自身が勝手に納得して、この思いを改めて実感したい。

 

 おっと、年齢の件から少し話がそれてしまった。その子の話を続けるとしよう。

 

 その子の出身は佐賀県だ。

 

 正確には佐賀県と福岡県の境界線にある小さな村の出身であり、わずかな差、ほんとに誤差の範囲、神のいたずらで線引かれた区画の関係で、佐賀県となった賀福境村の出身だ。

 なぜ、彼女の出身をここで説明したのかは、察しの良い人は気づくだろう。

 

 それは、方言が可愛いからだ。

 

 男なら誰しも一度は、yahoo!で可愛い方言ランキングを検索したことがあるはずだ。かくいう俺も多分に漏れず、当然ばっちりとチェックさせて頂いている。その中で、栄えある1位は福岡県となっている。ちなみに2位は京都弁、3位は関西弁だそうだ。

 

 はっきり言って、俺から言わせれば2位、3位はゴミである。

 話を180度脱線させるとして、ワールドカップの話をしよう。

 誰もが認知してしいるサッカー王国であるブラジルは、「優勝以外は無意味」であると公言し、歴代監督もそれを当然のこととして、国民の期待に応えるようにベストを尽くす。


「優勝以外は無意味」

 これは当然であり、

「2位じゃだめなんですか?」

 は論外中の論外である。

 

 ……話が脱線しすぎたので、一度もとに戻すと、

 要は彼女の方言が可愛いということを言いたいのだ。

 

 おいおい、彼女は福岡県出身じゃないじゃん。

 

 1位以外はゴミだ。こうまで宣っていた奴がこの大きく広げた風呂敷を、どう畳むんだということになる。今までの流れではそうなってしまうのも頷けるが、その突っ込みをねじ伏せる決定打がある。


 それは、賀福境村の方言が1位である福岡の方言の良いところを、さらに発展させたハイブリッド方言であるからだ。


 福岡の方言として一般に言われることは、語尾に特徴があるということだ。

 例えば、「~と」や「~なんよ」「~けん」「~ちゃ」などがある。これは、橋本環奈はじめ福岡県出身芸能人が全国区にしてくれたのだが、彼女の出身である賀福境村では、少しアレンジした語尾をつける。

 

 どの語尾をアレンジするのかといえば、「~ちゃ」という語尾だ。

 賀福境村では「~ちゃ」を「~ちゃば」で表現される。


「ちゃ」に「ば」を付け加えるということだ。「~なんよ」「~と」のあとには「ば」は付かない。「~けん」の後にも「ば」は付かない。

 

 俺はこの不思議な現象に興味を持ち、インターネットをはじめ色々調べた結果、以下のことが分かった。なんでも、福岡県には、八女市というお茶の生産が全国でも有名な場所があり、この賀福境村も、お茶の生産に密接に関わっていることが分かった。

 この村の出身者は、先祖代々、このお茶っ葉生産を誇りに思い、いつしか、「~ちゃ」の後に自然発生的に「葉(は)」を付け加えることとなり、悠久の時を経て、「は」が濁り「ば」という文字に変化し、「~ちゃば」という独特な方言となった。


 俺はこの方言が聞きたくて、それを誘導させる問いかけをよくする。


「今日は、これからどうしようか?」


「う~ん、ちょっとお腹も空いてきたから、美味しいラーメンでも食べに行きたいっちゃばけど」

 俺は、この方言を引き出せたことに、心のなかで小さくガッツポーズをして、


「ラーメンいいね、じゃあ、スーパーでサッポロ一番でも買ってかえろうか」


「いやいや、インスタントは望んでないっちゃばけど」

 強引な小ボケを駆使して、2ヒットも狙ったりもする。

 

 まあ、打率はまあまあ低いのだが。

 俺の日常の秘かな楽しみでもある。

 

 ちなみに、当然のことながらこれも俺の独白だから、誰の同意も必要としていないし、求めてもいない。


 独白を通じて、だいぶ彼女の魅力を自分自身が整理できたので、さらに続けたいと思う。

 彼女は一重である。

 

 ちなみにこれも、当然のことながら俺の独白であり、彼女は……


「さっきから、ぶつくさうるさいんやけど」

 

 彼女は食卓に並べられたキュウリの漬物を、小気味よいリズムでぽりぽりと齧りながら、俺に冷めた視線を向けた。


「さっきから、俺の独白だが、なんだか知らんけど、ずっと聞こえてますから」

 彼女はみそ汁をズズっと飲み干し、箸をちゃわんの上に置いた。

 

 どうやら、俺の心の声は勢いあまって口からこぼれてしまったらしい。

 食卓を挟んで彼女の訝し気な表情に焦り、立て直そうとじっと見つめ返した。

 彼女はその様子をさらに気味悪がり、

「なんよ、なんやずっとぶつくさ言って、見つめてきて」


「いや……、可愛いな……と」


「なんそれ、気持ち悪い」

 

 俺のストレートな愛情表現に間髪入れずそう答えて、のどに小骨が刺さったかのように、眉間に皺を寄せた。


 彼女の名前は、小松崎 奈那乃。


 俺の嫁である。

 

 


 

 

 

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