VS二年生―――チップキック―――
「っッ!」
だが、次の瞬間、天生の眼に映ったスローモーションな感覚が突如スピードを上げた現実となる。
林田のシュートがゴールポストに当たりペナルティエリア外に転がってゆくのを天生の眼が確かに見たのだ。林田のシュートが外れた。そう、現実を実感した。
ドリブルの勢いのまま狙いを定めず撃ち込んだ林田の全力シュートは軌道が大幅にズレてしまっていたのだ。
身体に勢いのついた林田は、反対方向に反れてゆくボールへとすぐには反応できない。肉薄していた鮫倉が拾いにゆくのが見える。その後方から美井がボールを奪いに走るが、鮫倉、ライン際で拾ったボールをコントロールしながら走りくる美井をその鋭い三白眼に捕らえると、一対一に持ち込まれる前に、脚に力を溜めて、ボールをロングに蹴り上げた。
ボールは一転して、二年生サイドに跳んでゆく。一年生ディフェンシブゾーンへと向かっていたプレイヤー達はボールの軌道を読むように反転して追いかける。ボールは
残り試合時間は、迫ってくる。寺島、ドリブルで走りながら、ゴール前を見据える。
寺島の眼に映るのは真っ直ぐとサイドラインを走ってゆく雨宮と、ペナルティエリア前に向かっている夏河だ。
寺島、パスをどちらかに渡すか、自ら遠目のロングシュートをイチかバチかで狙うか、選択が迫られる。ボールを奪いに後方から田中と鈴木が迫ってくる。
迷う時間は、無い。サイドへと向かってゆく雨宮とそれを追う瀬戸。武田が向かってゆく。
(頼むっ)
寺島、パスを送ると決め、素早く前方ーー
「
ーーゴール前へと低く
雨宮に来るという読みを外した瀬戸は、釣られゆき雨宮と共にサイドを走り抜けてしまった。ボールのパス軌道に気づいた武田、パスカットに向かうが、ボールはすり抜け、夏河に届いた。夏河、足元のインサイドにぶつけて転がす危なげなトラップながらもボールを支配下に置いた。そのまま前に向かってシュート態勢だ。それに対し、立壁が前へ出る判断。シュートを防ぎにいった。
(お願いっ)
自分のミスで獲られた先制点、このシュートチャンス。自分の脚で得点するんだと夏河、迷いなくシュート。
「っ!?」
だが、夏河のイメージした通りに脚が動かず、曲げた
(そんなっ)
こんな所でミスキックをしてしまった。せっかく繋げてくれたシュートが、短い時間の中で夏河の胸が後悔の熱で焼かれる。
浮き上がったボールは回転しながら立壁の頭上を越えてゴールの上へと向かう。ゴール失敗。
だがーー
ーー夏河がそう思った瞬間には、ボールはゴールネットを揺らしていた。
「えっ?」
ゴールを奪われた立壁も、撃った夏河本人も、あ然としていた。
それは、周りも同様であった、夏河が撃ったシュートは目の前で急激に浮き上がり、立壁の頭上を越えてすぐに急激に落ち、ゴールネットに吸い込まれていくのを見たのだ。
「チップキックシュートを?」
さすがの雨宮も驚きの目で夏河を見る。雨宮が口にした「チップキックシュート」とは、急激に浮き上がらせたボールにドライブ回転を掛けて急速に落下させてゆく少年漫画を彷彿とさせるシュートだ。飛距離は短いがゴールキーパーの不意をつく事ができる必殺技のようなものである。撃つには「
それを、サッカー初心者である夏河が撃ってしまったのだ。驚くなという方が無理な話だろう。
「ええぇ?」
なにせ撃った本人も、驚いているのだから。
そして―――お互い、1点を決めた同点で試合は膠着したまま、終了のホイッスルが鳴り、15分ハーフの試合練習は終わりを向かえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます