9-5

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今日は酷いな、海鳴りが聞こえてる。桟橋で砕け散る波の音が四六時中聞こえる。その響きは、時に俺を絶望の淵に追い込むんだ。

胸の十字が疼く。こんな日は家に帰りたくない。また、父さんを失望させてしまうから……


昨晩、夢を見た。

風船のようにふわふわと空を漂う。けれども、体は見えぬ。漂っているのは俺の意識だけだ。そこから、大海原に揺れる黒い塊をただ見つめている。その塊が何なのか、遥か上空を游ぐ俺には理解できない。暫く眺めていると、いつのまにやら傍らでトンビがホバリングを楽しんでいる。トンビには俺の意識が見えるのか……風を読み、翼を微妙に調整しながらランデブーを楽しんでいた彼女は、突然俺から離れキィーと鳴いた。その直後、雷鳴が轟き、下降気流に巻き込まれた俺の意識が回転しながら水面近くまで追いやられると、そこで初めてその黒い塊が何なのかを知る。そいつは俺の体だ。目を瞑り、大の字で漂う体は徐々に波に飲み込まれ、そのうちに見えなくなる。瞬時に意識は元あった場所に吸い込まれ、途端に息が出来ずもがき苦しみながら、まるで足に鉛を埋め込まれたかのように、底知れぬ、海の暗闇をめがけ、一直線に沈んでゆく……


すまないな父さん、ショパンは嫌いなんだよ……でもね、モーツァルトは好きなんだ。その、死にざまがね。


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「コンサートが終わってから食事をしようということになって、駐車場に向かう途中、突然、彼女が喉が渇いたからとコンビニに入りました。コンビニに入ると、彼女はミネラルウォーターと週刊紙を手にして、私のコーヒーと一緒に会計をしました」


「週刊紙を……」


「はい。週刊紙を捲ることなく、無造作に手前にあった女性誌を手にとって……何か面白い記事でも載ってるの、と尋ねても無言で、ただ、少しだけ笑みを浮かべて……」


「その後は……」


「駐車場迄は一言もしゃべらず。……ランチアに乗り込んでからは、何を食べようかと話していると、急に用事を思い出したからと言って……待ち合わせ場所と時間を指定されて」


「天野さんが降りた後は……」


「駐車場を出るまで、見送ってくれました」


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「ただいま……」

(父さん、今日は休ませてくれないか……)


「恭平おかえり、うがいをしておいで。直ぐに始めよう、エチュードオーパス25の2番からだ。練習曲として3回は指を慣らしておいてくれ。その後に、本命のop10に入るとしよう」


「……はい、わかりました」


 ・・・・


「音の粒を揃えるんだ、滑っている……だめだめ、抜けているぞ、タッチが浅すぎるんだ! これではop10は弾けないぞ、リズムアンドスタッカートでの練習を怠ったな! 」


「…………」


「op25でこの程度では予選は無理だ。繰り返しながら少しずつスピードを上げて、もう一度練習のし直しだ。弾き続けることが大事なんだよ」


「ごめんなさい……」


「毎日の練習に取り入れる様にしないと」


「わかりました、父さん……」


「コンクール迄3週間だ。夕食後に続けよう」


「…………はい……」


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