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「タンスの引出しには被害者の衣類と小物が。あと、こんなものが」

 早川は、左右に三つずつある引出しを右上のものから順番に開け新見に見せると、最後に左下の引出しを開いた。


「なんだ……赤ちゃん用の衣類ではないか」


「はい、みな新品で使用されておりません。それと、一緒にこれも」


「これは、妊娠検査薬……市販のものだな。空ということは自身で検査したのか……しかし、礼子は閉経していたのではないのか、どういうことだ、斎藤との、子か……」


 新見は、思い立った様子で天野 礼子を担当した解剖医にスマホで電話をかける。三島警察署時代から面識があった。


「先生、ご無沙汰しております。ガイ者、天野 礼子の事で少しお伺いさせて下さい」


「新見警部、この度は卵巣の報告が遅れ申し訳ない」


「いいえ、お気になさらずに。早速ですが、早発卵巣不全について詳しく教えて頂けますか」


「 あぁ、被害者の卵巣ですね」


「はい、そうです」


 新見は備忘録として、会話を録音状態にしてから本題に入った。


「お願いします」


「早発卵巣不全とは、40歳未満で卵巣機能が低下して無月経、月経が3ヶ月以上無いとなった状態です。これには永久に月経が停止するタイプの早発閉経と、卵巣に卵胞が少数存在するため、非常に低い頻度ながらも卵胞発育や排卵が起こるタイプの2つが有ります。後者もいずれは無月経になります」


「病気を引き起こす原因などはあるのですか」


「卵巣の手術、抗がん剤治療、放射線治療により卵巣機能が低下する外的な原因に加えて、染色体や遺伝子の異常、あるいは免疫のバランスが崩れて起きるなどの原因が考えられています。喫煙も卵巣機能を低下させます。しかし、早発卵巣不全の多くは原因不明です」


「この病気では、どの様な症状がでるんでしょうか」


「先ずは月経不順がおこります。その後無月経になると、顔面紅潮や発汗などの更年期症状が出現することがあります。長期間放置するとエストロゲンの欠乏、低下により、骨密度が低下して骨折しやすくなる、心臓や血管に動脈硬化などの異常が起きやすくなる、など、全身にも影響を及ぼします」


「無月経前の妊娠の可能性はどうでしょうか。あるとしたら、どれくらいの割合でしょうか」


「妊娠は極めて難しく、最も難治な不妊症になりますが、いったん早発卵巣不全だと診断されても、排卵や月経が起きる中で着床することもあります。従って、生涯に亘る妊娠率は5から10%は有るとも言われています」


「流産との関連はあるんでしょうか」


「先ず一般的な流産についてですが、一概に何が原因かとは言えません。この20から30年間に卵の加齢が化学物質、放射能、添加物、様々な要因によって引き起こされているからです」


「妊娠検査薬の誤りの可能性についてはどうですか、流産と関係がありますか」


「早期の検査で陽性が出ても、後日の検査で陰性になることがあります。これは一時的に着床したものの、継続できず妊娠には至らなかったというケースです。化学的流産……生化学的妊娠と言います」


「その場合、痛みとか、それに伴う治療などがあるのでしょうか」


「特別な処置や治療は必要ありません。妊娠初期の出血や腹痛は正常の妊娠でも起こることがあります。よって、症状だけでは流産なのか、正常なのか自分では判断しにくいと言えます」


(一度は着床し、妊娠検査薬も陽性を示した。その後流産したが気が付かず……生理が完全に止まった為、妊娠したと思い込んでしまった……)

「早発卵巣不全の女性が妊娠し、化学的流産をする。その後、閉経になる可能性はあるんですか」


「不幸なことですね……希なケースですが、無いとは言い切れません。早発卵巣不全自体が100人に1人と言う割合です。妊娠する可能性が低い中での着床、それが流産しその後妊娠出来なくなる……悲劇としか言えません」


「よく、解りました……。ありがとうございます」


(礼子は勘違いをしていた……)

 小さく、愛らしい靴下を手にしながら新見は想った。

 若い頃に卵巣の片方を失い、こどもが生めないと諦めていた彼女にとって、 幼少から家族愛が希薄であった彼女にとって、そして何よりも、天涯孤独の天野 礼子にとって、この束の間の妊娠は、さぞかし嬉しかったのだろうと。


「つかのま……あっ」

 新見は何かを思い出したように、三島署の捜査本部に電話をした。


「新見だ、至急調べて貰いたい。9月16日の楽もみでの天野 礼子の施術方法だが、うつ伏せだったか、仰向けだったのかを」

(流産に、最期の時まで気が付かなかったのだとしたら、腹をかばって施術は仰向け。しかも、血流に影響を与えない様なヘッドマッサージ、或いは、その他の軽い施術を希望したはずだ)

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