第10話 襲撃者たち

 崖の脇の獣道を、傾斜を転がり落ちるように走り抜け、ドージョーの正門前の道に出た。剥き出しの土を、多くの人が行き交うことで道となったような、島の自然を色濃く残す道の先に、ドージョーの正門が突然大きく聳え立つ構図だが、いま、クラウスが感じる気配では、その構図を普段は存在しない複数の人間の気配が乱していた。


「何奴か!」


 走るクラウスの背後に、遅れず付いてきたブンゴの一喝が響く。衝撃すら伴うほどの声量に、一瞬、正門前に集った気配の全てが動きを止めた。

 クラウスは次の一歩に力を込めた。強く、土を蹴って跳躍する。それで一息に見ず知らずの気配たちとの間合いを無にすると、もう一歩、力強く大地を蹴りつけ、一番近い男の気配に向かって跳んだ。

 気配が、あっ、と驚く様子があり、クラウスは再び動きを止めた気配たちを踏みつけるようにして、その人垣の上を越えた。踏み、蹴られた数人がその場に倒れ、意識を失ったようで、動くものの気配の数が減る。


「あー! クラウスさん!」

「……マキか?」


 閉ざされた正門を背にして庇うように立ったクラウスに、正門の向こうからマキの声がかけられた。どうやら正門が僅かに破れかけているらしく、マキはその隙間からこちらを見て、声をかけている様子だった。


「この者たちは……?」

「わたしもわかんない。けど、わたしがお昼持ってきたら、急に……」


 マキが襲われた、ということか。慌てて逃げ込んだマキを守るために、ドージョーの人々が門を閉めた。それでも暴漢たちは諦めず、門を打ち破ろうとまでした。

 いったい、何者だ。狙いはおそらく、マキ個人ではない。もし、マキ個人ならば、わざわざドージョーに殴り込むような大事にする必要がそもそもない。であるとすれば、狙いはこのドージョーそのものだが、このドージョーに殴り込むほどの用事とはいったい、なんだ。


「ふむ。この辺りでは見ぬ姿だな、おぬしら。このドージョーをドウセツ様の館と知ってのロウゼキか?」

「クラウスさん、木刀、投げるよ!」


 ブンゴの一喝に、マキの声が重なった。ほとんど間を置かずに、二本の木刀が宙に舞った気配があり、クラウスは僅かな動きで予測したそれらの落下点に入ると、片手に一本ずつ、受け止めた。


「ブンゴ殿!」


 左手に持った木刀を、ブンゴに向かって投げた。ブンゴも動じることなく受け取ったようだ。


「……ここは武を志す者の館。野党とは無縁の場所だ」

「ふむ。二度と迷わぬよう、少し痛い目をみてもらおうか!」


 クラウスとブンゴの喝に、気配たちがたじろぐ。だが、それも一瞬のことで、動揺しながらも全ての気配がクラウスに、ブンゴに、襲い掛かって来た。

 クラウスは自分に迫った三つの気配に集中する。刹那の間にそれら三人の位置関係を把握し、誰から、どこを打つべきかを決める。気配と気配の間に、自分が通り抜ける隙間を見つける。それは闇の中に伸びる一条の光のように理解される。そこまでが頭の中で像を結べば、後はなぞるだけだった。

 踏み込みの一太刀で一人目の肩を打ち、跳ねた刃を押さえて二人目には突きを見舞う。胸の辺りを突かれた気配が大きく後ろへ飛んだことを確認しながら、最後の一人は飛び込んできた反動を利用して胴を薙いだ。

 一瞬の間に三人が倒れ、ブンゴの方でもやはり三人の気配が崩れて落ちる。残る影は四人だが、二人が戦意を喪失したように地べたに尻を付いていた。


「……何の目的だ、答えろ」

「ふむ。大方、あの男の差し金だろう」


 ブンゴが何やら思い当たる節のある言い方をした。襲撃者たちもその言葉に明らかな動揺を示す。


「帰って伝えろ。あのカタナの継承者はお前ではない。それを、いい加減理解しろ、とな!」


 強い怒りを孕んだ声だった。残った襲撃者たちが、倒れて意識を失っている仲間も見捨てて逃げ去る。


「……継承者……?」

「……ふむ。わたしからお話していいものかは、分かりかねますが、やはり……」

「ブンゴ」


 人の気配が遠退いた門前で、クラウスはブンゴに訝る言葉を向けた。ブンゴはそれに答えて、つい先ほど、崖の上でもそうであったように、何かを言いかけたが、それを止める声が稲妻のような鋭さで響いた。その鋭さにはクラウスも動揺し、その必要はないはずであるのに、慌てて声の方に振り返った。正門の向こうだった。

 クラウスが身体を向けたちょうどその時、一部が破られた木製の門が、両開きに開いた。そこにいたのは、シンタ少年に支えられて立つ、ドウセツ老師だった。


「その話は、わしからしよう。……いまの剣線、そろそろいい頃合いだろう」

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