らしくないけど

 ガヤガヤと騒がしい中を冬馬はゆっくりと歩いている。

 ここは大型商業施設であるイオン内。様々な専門店がクリスマス一色に染まり所狭しと並んでいる。しかし、それよりも目につくのはやはり仲睦まじく腕を組んだり、初々しく手をつないでいる男女の姿であった。

 冬馬はさりげなく男の方に殺気を送る。そして、そんな自分を虚しく思うのを繰り返しながら歩みを進めるのである。


 なぜ冬馬はリア充の巣窟とも言える場所に訪れているのかと言うと、羚香は実家から送られてきたワインを呷りながら、「もうふゆに嫁ぐぅ〜〜」と冬馬がツッコミを入れる間もなく眠った後、冷蔵庫を見てビーフシチューに足りない食材を買いにきたのである。そして、それなら間冬へのクリスマスプレゼントも探そうと近くのスーパーではなくイオンに足を運んだのである。

 冬馬は黒猫のマグカップを片手に、羚香の話を思い出し思考に囚われていた。


(…………間冬には、そういう相手はいるのか?)


 、つまり恋人がいるのかどうか。

 考えたことがない、と言えば嘘になる。実際、冬馬はさりげなく亜夜香に聞いたことがある。「付き合ってる相手とかいるのか?」と。笑いながら「いないよ〜」と笑っていたが、羚香の話を聞いた冬馬は想像せざるを得なかった。


 もしかしたらあの時は答えるのが恥ずかしかっただけで、本当はそういう相手がいるんじゃないか、と。そういう相手にはまだ自分には見せたことがない表情をたくさん見せているのでは、と。


「---なんで親の仇みたいに睨みつけてるのとーま? 黒猫に恨みでもあるの?」

「ああそうなんだ。親父が黒猫を助けたら猫の国に連れて行かれて実験体にされてしまったんだ………」

「いや、おじさんにはこの前会ったけど。相変わらずおばさんと仲睦まじかったよ〜」

「…………」


 ここまでのやり取りをして、ようやく冬馬は声をかけて来た人物に目を向けた。


 店内の光を反射して輝く金髪。健康そうに焼けた小麦色の肌。クリッとした丸い翠色の瞳。薄くメイクをし、ピアスを開けているが下品という印象は抱かないほどの美貌を持った少女がいた。

 

「………何でここにいんの?」

「そこは、可愛い幼馴染に会えて嬉しがるとこでしょ」

「いや、先週実家に帰ったときあっただろうが」


 彼女は冬馬の実家の隣に住んでいる幼馴染、哀原水緒である。お互い別々の高校に進学したが、今でも頻繁に連絡を取り合っているほど仲である。


「なんでマグカップなんか見てるの〜? 彼女へのプレゼント?」

「話を逸らすなっ。それと俺に彼女がいないことくらい知ってるだろうが」

「年齢=彼女いない歴だもんね〜とーま。あたしがもらってあげよっか?」

「そういうのを好きでもない相手に気安く言うな。俺だから冗談で済むが、勘違いされてもしかたないぞ? お前は幼馴染贔屓なしで見ても可愛いんだから」

「…………もういいしっ! このバカ」

「唐突な罵りだなおい!」


 冬馬は気づかない。そっぽを向いたままの水緒の金髪に隠れた耳が赤くなっていることに。心からの罵りではなく、ただの照れ隠しである。


「で? とーまはマグカップなんか睨んでたの? あ、そっか。羚香ねぇのプレゼントか」

「お、おう。まぁ、それもあるが………」


 言えるはずがない。好きな女の子が自分以外の男に幸せそうな表情を見せて嫉妬に狂っていたなど。もし水緒が知れば一生ネタにされる。

 冬馬は墓場まで持っていくことを強く決意した。


「う〜ん。羚香ねぇ、もうこういうの持ってそうだけど」

「確かに。イグアナのやつを持ってたな」

「爬虫類好きだもんね〜羚香ねぇ」


 そう言いながら冬馬と水緒は拳半分ほど離れて歩く。すれ違った男子高校生の集団が水緒に目を奪われ、その隣を歩く冬馬に殺気を放つ。偶然にも冬馬は自分がしたことと全く同じ行動をさせていたのだが、それに冬馬は気づかない。


 水緒の隣を歩きながら冬馬は考えていた。水緒が現れた時は驚いたが、今ほど心強いと思ったことはない。先ほど咄嗟に答えた時のようにさりげなく、悟られないように口を開く。


「なぁ……女子ってどんなものプレゼントされたら喜ぶ?」

「? う〜んそうだな………」


 言葉だけを読み取れば姉へのプレゼントに悩んでいるように聞こえる。っそれが冬馬の狙い。


 本来の狙いは、想い人である亜夜香を喜ばせたいがために、今時の女子高生である幼馴染に尋ねたのだ。


「そうだな〜。だいたいだと、ブランドもののバックとかサイフとかだけど………」

「バイトをしてるから多少あるが………流石に手出ないぞ」

「そうだよね〜。あたしも別にブランドものとかいらないし。他だと……普段使うやつとか? 最近手の乾燥が酷いんだよね〜」


 両手をさすりながらそう言う水緒を眺めながら冬馬は考える。確かに普段使うものなら、少なくとも迷惑とは思われないだろうと。

 でも、と水緒が口を開いた。


「---やっぱり、一番はその人だけがあげられるものかな」  

「…………つまり俺だけがあげられるものってことか? そんなのどうすればいいんだよ」

「とーまは難しく考えすぎ。『こりゃないわ』ってものじゃない限り、結局大事なのは気持ちっしょ。とーまが悩んで悩んで、悩み抜いた末に『これなら喜んでくれる』って選んだものが、一番嬉しいんだよ。少なくともあたしはそう」


 いつになく優しい微笑みを浮かべて水緒は冬馬にそう言った。


「………そっか。ありがとな相談に乗ってくれて」

「お礼はとーまのお金でタピるってことで」


 幼馴染の容赦ない要求に、冬馬は苦笑いしながら応じた。


(………俺だけがあげられるもの、か)


 幸せそうに和栗スムージを飲む水緒を眺めながら、冬馬は思考の渦に囚われ続けた。




「てかとーま」

「ん?」

「気になる女子にプレゼントしようとしてるのバレバレだしw」

「っ!? ゴホッ!」

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