クリスマスソング

鈍色空

サンタなんかに頼んでも仕方ない

「お疲れ様でした〜」


 バイト先のカフェの裏口から冬の街へと出る。闇色の空から降って来る真っ白な雪がアスファルトを覆っていた。鼻の頭が赤くなっていく。


「さむ〜」


 そう言いながら天城あまぎ冬馬とうまは白い息を漏らしマフラーに顔を埋めた。コートのポケットに手を埋めて白の絨毯に足跡を残していく。


 周りを歩く人々はどこか浮ついた空気の者もいれば、絶望を隠そうともしない者などと対局であった。

 それはそうだろう。もうじき俗に言う聖なる夜がやって来るのである。そう、クリスマスである。


 前者はクリスマスを共に過ごす相手がいる者で、後者はいない者であろう。ここで言う過ごす相手とは恋人のことである。それに照らし合わせると冬馬は後者である。

 故に、幸せそうに腕を組むカップルを見つけると、怨念と羨望の視線を向けてしまうのは仕方ないのである。


(はぁ。俺だって、あの子とクリスマスを過ごしたい………)


 そう。冬馬には今、片思い中の女性がいる。同じクラスにいる間冬まとう亜夜香あやかだ。美しい黒絹の髪と赤みが強い琥珀色の瞳。白い肌に、モデルのようにメリハリのある身体つきの、学園一の美少女と呼ばれている女性である。いつもクラスの中心で笑顔を見せている彼女は女子男子関係なく人気であり、冬馬はその中でもそれなりに話をする仲だと自負しているが、それと告白できるかとは訳が違うわけである。


 要するに、冬馬はヘタレなのである。胸中でもう一度深いため息をこぼした冬馬は歩みを少し早めた。


 

 ふと鐘の音が冬馬の鼓膜を揺らした。それはカーンカーンと寒空に一人歩みを止めた冬馬を包みこむように響き続けた。


(そういえば、この近くにライトアップされた教会があったんだっけ)


 色彩豊かな光に照らされた教会が冬馬のTwitterのアカウントに流れてきて、綺麗だと思うと同時に、この景色を共有できる恋人がいる勝ち組達に呪詛を漏らしたのを未だ鳴り止まない鐘の音に身を任せながら思い出していた。


(そういえば、間冬もこの教会を羨ましそうに話していたな………)


 いつのまにか、冬馬の手にはスマホが握られていた。指が自然と緑と白のLineのアイコンをタップしてスクロール。雪だるまのアイコンをタップ。


 画面の一番上に映るローマ字でmahuyuの文字。亜夜香のトーク画面だ。ローマ字でmahuyuなのは「こっちの方が可愛くない?」とのこと。当然、冬馬が「可愛い」と即答したのは言うまでもない。


 トーク画面の最後の会話はバイト前。頑張れ! と激励している雪だるまのスタンプがなんともむず痒く、思わず笑みをこぼした。

 鐘はまだ鳴り止むことはなく、まるで勇気を与えているようだと冬馬は錯覚した。そのまま指を素早くフリックしていく。


『君に会いたい』


 あっという間に入力し終えたその言葉を冬馬はじっと見つめた後、送信ボタンに指を動かし……………その少し下にある削除ボタンを長押しした。わずかに赤みを得た頰を真冬の寒さが撫で、冬馬にはそれが心地よかった。


「………何で恋なんかしてんだろう」

 

 冬馬のつぶやきは未だ鳴り止まない鐘の音がかき消す。なんの脈略もなく、自分にらしくもない言葉を送ってしまえるほど、ヘタレの冬馬にはできるはずがなかった。


 しかし、その一歩の勇気を出せない己が悔しくて堪らなかった。


(ほんと、なんで恋なんかしてんだろうな)


 夜空に舞う冷たい雪の中、家への歩みを再開した冬馬は己の恋心に問いかけた。駅近くまで歩いたとき、聖夜にぴったりの歌が聞こえてきた。おそらく近くの店から漏れ聞こえたのだろう。クリスマスカラーのイルミネーションだらけの煌びやかな街を背景にそれを聞いていた冬馬は先ほどの問いに答えを出した。


(うん。この歌と街のせいだな。そうに違いない)


 そんなわけないだろうというツッコミは冬馬に必要ないだろう。このままずっと問い続ければ、どんどん恋という名の沼にはまって身動きが取れなくなると冬馬は思ったからこそ、聖夜だなんだと繰り返す歌と、わざとらしく煌めく街のせいにしたのだ。


 駅前の広場に、大きなクリスマスツリーがあった。イルミネーションに飾られたツリーの脇に『サンタさんにお願いしよう!』という看板に、長机に置かれたプレゼント型の紙とクリスマスカラーの油性ペンが数本置かれていた。ツリーをもう一度見ると、所々にプレゼント型の紙が枝から吊るされていた。


 近くでそれを見て見ると赤色で『ぴーえすふぁいぶがほしい!』とお世辞にも綺麗といえない、幼い字で書かれていた。どうやらこの紙にサンタへの願い事を書くイベントをしているみたいだ。


 すると、何を思ったか。冬馬はキョロキョロと周りを見渡し、知り合いが一人もいないことを確認すると素早くプレゼント型の紙を手に取り、サササッと油性ペンを滑らせ、ツリーへと吊るした。


「……ははっ。何やってんだか」


『君に会いたい』


 先ほど送ることができなかった、たったそれだけの言葉。ツリーに吊るされたそれを見た冬馬は自嘲する笑みを浮かべた。


 こうして亜夜香に会いたいと思う回数が、そして会えないとチクリと痛むこの胸が。亜夜香のことがどれだけ好きかを冬馬に教えていた。


(別に教えなくていいんだが……)


 冬馬自身、そんなこと分かっている。亜夜香のことが好きすぎることくらい。


 サンタなんかに頼んでも、仕方がないことくらい。

 


〜〜〜〜〜

短編小説初めてだから、こんなので大丈夫かな? 

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