四月うづきはお菓子とうさぎ

お菓子でできたアポカリプス

「おはよう、マイク」

「おはよう、梓乃しのちゃん」

「ねぇねぇ、マイク、これ見て! 今、公園の前で、ウサ耳のおねえさんから、もらったんだ」

「えっ、なになに? わぁ、なにこれ、かわいい!」


 梓乃ちゃんが見せてくれたのは、お菓子屋さんの開店セールのチラシだった。二つ折りのチラシは三角屋根のおうちの形になっていて、開くと中がお菓子のお店になっている。まるで、絵本みたいだ。


 だけど、この絵本のようなチラシから、全ては、始まったんだ。小さな恋がもたらす世界の終わり。甘く切なく残酷なアポカリプスが……。




 はじめまして。あたしはマイク。マイクといっても、男の子じゃない。学園、通称こねこ学園の高等科一年のネコ耳少女。 

 もし、あたしが、あなたたち人間の世界に現れたとしたら、三毛の子猫にしか見えないはず。

 そう、ここは、並行世界の一つ。

 あたしたちの住む世界は、人間の世界とは夢の通路でつながっている。でも、その通路を行き来できるのは、猫だけだ。今のところは。

 この先、人間が進化して、あたしたちみたいに、九つの命を持つことになったら、夢の通路を行き来できるようになるかもしれない。

 あるいは霊力を持つ高位の狐のように、あるいは月の光に住むウサギのように、あなたたちが進化したならば。

 これから、このチラシから始まった一年間のお話をしようと思う。だって、人間は、あたしたちの世界には来れないんだし、世界の終わりはあなたたちの世界のことなんだから。




「このお菓子屋さん、今日、オープンなんだって、マイク。だから、このチラシをお店で見せれば、記念品がもらえるんだよ」

「『おいしいお菓子の店 お菓子な猫 Okasi na Neko』って、お店の名前も、かわいいよね。へぇ、学校の裏にできたんだ。記念品って、何がもらえるんだろ」

「当然、お菓子じゃないの。お菓子屋さんなんだもの」

「学校の帰りに行ってみようか、梓乃ちゃん」

「学校、終わってからじゃ、記念品、なくなっちゃうかもよ。ほら、ここに『数量限定』って書いてある。公園でもウサ耳のおねえさんの周りにはひとだかりがして、みんなチラシをもらっていたよ」

「猫のお菓子屋さんなのに、ウサ耳のおねえさんがチラシを配っていたの?」

「アルバイトなんじゃない? マイクのおねえちゃんと同い年くらいのウサ耳のおねえさんだった。うちの学園も、一応は猫の学校だけど、ウサギやクマの留学生がいるよ」


 そういう梓乃しのちゃんだって、四分の一はキツネなんだけどね。梓乃ちゃんは、母方のおじいさんがキツネなんだ。


「お昼休みに抜け出して粗品もらってこようよ、マイク」

「校舎の裏の生垣いけがきの穴から抜け出せば、すぐだしね。そうしようか」


「お昼休みに、アベリアの生垣から抜け出すのは校則違反です、マイクさん、梓乃さん。学校の帰りに、寄り道をするのもです」


「あっ! アーク先生!」


 いつのまにか、後ろに担任のアーク先生が立っていた。アーク先生は灰色猫のネコ耳青年。一応、美青年の部類に入る。あたしは、あわてて、チラシを後ろに隠した。


「おはようございます、先生」

「はい、おはようございます、マイクさん、梓乃さん。猫とウサギの関係は、初等科の授業で、すでに習ったはずですよ」


 って、言われても、忘れてるよ。梓乃ちゃんをちらりと見たら、彼女もやっぱり忘れているようす。

 アーク先生は、あたしの後ろに回した手から、チラシをサッと取り上げた。


「授業に関係ないものを、持ち込むのも校則違反です」


 ああぁぁぁ、お菓子の記念品がもらえる大事なチラシが! 

 風に乗って、予鈴のチャイムが聞こえてくる。


「急がないと遅刻しますよ、マイクさん、梓乃さん」


 アーク先生が手袋をした方の手で眼鏡めがねをきりっと直し、厳しい顔で注意した。アーク先生はいつも左の手には手袋をしているんだ。それと、あたしはアーク先生の眼鏡が伊達眼鏡なのも知っている。格好かっこうつけのアーク先生のことなんて、どうでもいいや。

 あたしと梓乃ちゃんはチラシを返してもらいたかったんだけど、遅刻でもしたら、それこそ完全に返してもらえなくなる。だから、仕方なく学園の門に向かって全速力で走り出した。

 でも、すぐに、アーク先生がすごい勢いで追い抜いて行く。

 なによ! 先生だって、遅刻しそうなんじゃん!

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