メイドを雇ったら、いつも俺のことを馬鹿にしている学内カースト最上位の美少女が来た

末比呂津

プロローグ

 スクールカーストの順位は、どのようにして決まるのだろう?

 所説あると思うが、美加登佐津姫みかどさつきという女子を見れば、大抵は生まれつきの素質とか理不尽な理由が大きいとわかる。

 品行方正、文武両道、才色兼備。

 おまけに金髪、巨乳、碧眼と、男の理想を詰め込んだ容姿をしている。


 他の生徒がどれだけ努力しても手に入らない要素を多く兼ね備えており、まさに存在自体が理不尽な女。

 人の上に立つべくして生まれてきたようなカリスマの持ち主で、当然の如くスクールカースト最上位に君臨している。

 唯一、欠点があるとするなら、気に入らない相手には徹底して辛辣な態度をとる事。

 特に底辺のボッチに対しては、口には出さないが「自分で努力せず、他人に責任転換している哀れな負け組」と軽蔑している節がある。

 だが弱い者いじめが好きなのかというとそうでもなく、ある日、彼女の人気に嫉妬した上級生の女子が難癖をつけてきた時には、完膚なきまでに論破してみせたのは有名な話だ。

 学校では美加登はまるで女王様のようで、彼女に逆らえる者は存在しない。


 そう――学校内では……。




「あー美加登さん、喉が渇いたからお茶でも入れてくれるかな?」

「は、はい……かしこまりましたご主人様……」


 美加登は丁寧なお辞儀をし、そつのない動作でティーセットを持って来る。

 しかしどういう訳か、言葉とは裏腹に、その表情や声などにはありありと不満が滲み出ていた。

 ……いや、どういう訳も何も、理由なら三角形の内角の和が180度であるのと同じくらい明白なのだが。


「うーん、なんかちょっと砂糖が多いなぁ。美加登さん、申し訳ないんだけど淹れ直してくれない?」

「な、何で私がアンタの言う事なんか……」


 そしてとうとう堪忍袋の緒が切れたのか、声を震わせて抗議の意思を表明する美加登。


「だってそれが君の仕事だろう? その為に雇ったんだから。嫌なら別に辞めても構わないんだよ」

「くっ……今に見てなさいよ!」


 彼女は顔を真っ赤にして怒りに震えながらも、それ以上は文句を言わなかった。

 学校では天下無敵の美加登が、ここまで下手に出る相手とは一体何者なのか?

 申し遅れたが俺の名前は久野原啓之くのはらただゆき

 先程から美加登に指図をしていた張本人であり、彼女と同じ学校に通う同級生でもある。

 美加登が頭を下げるくらいだから、スクールカーストでは彼女以上の地位にいるのだと思われるだろう。

 ところがどっこい、学校での俺は底辺のボッチ陰キャである。


 大事な事なのでもう一度言う。

 ボッチ陰キャである。

 しかもオタク趣味まであって、実際に学校でリア充達に侮蔑の言葉を浴びせられた事も一度や二度ではない。

 ただしボッチはボッチでも、親は国内有数の資産家で、近所の高級住宅街の中でも、特に大きな豪邸に住んでいる。


 何故、美加登が底辺である俺の言いなりになっているのかと言うと、彼女の着ている服を見ればおわかりになると思う。

 それはフリルの沢山ついたエプロンドレス――いわゆるメイド服と呼ばれるもので、頭部にはホワイトブリムもつけている。

 そう、何を隠そう美加登佐津姫は、学校の外では我が久野原家に雇われたメイドなのだ。


 事の発端は二週間前。

 長年働いてくれたメイドさんが定年退職し、新しい人を募集した結果、何の因果か採用されたのが彼女だったという訳だ。

 話によると、学校では秘密にしているが、美加登の家はかなりの貧乏で学費や生活費を稼ぐ為に、複数のバイトを掛け持ちしているらしい。

 最初に対面した時の彼女の驚く様は半端でなかった。


「な、何でアンタが久野原さんの家に居るのよ!?」

「『何で』って……“久野原さん”だから」


 ぶっちゃけ俺も驚いた。

 同級生がウチのメイドになるなんて、どんな確率だ。

 アインシュタイン曰く「神はサイコロを振らない」らしいが、イカサマはするのかも。

 それに美加登が俺の顔を覚えていたのは意外だった。

 一応クラスメイトだが、俺なんてその辺の小石程度の認識しかないと思っていたのに。


 ともかく、これは下剋上のチャンス。

 美加登はクビにされたくないので、俺の機嫌を損ねる訳にはいかない。

 しかも学校では自分が貧乏である事を秘密にしており、バラされたくないという。

 つまり俺は二重の意味で美加登の弱みを握っているのだ。

 さっきから俺が嫌味を言っていたのは、今まで散々罵倒されてきた仕返しの為。


 ……性格が悪いとは言うなかれ。

 そもそも性格が良かったらボッチ陰キャなんてやっていない。

 それに給料面で言えば破格の額なので、少しくらい復讐をしてもバチは当たらないだろう。


「はい紅茶淹れ直しましたぁ」


 などと考え事をしていると、ぶっきらぼうな声で美加登が俺の前にカップを置く。

 俺は「どうも」と受け取って紅茶を飲もうとしたが――


「……美加登さん。ちょっと試しに一口飲んでよ」

「はあ何でよ?」

「いいから」

「…………」


 一見、不可解にも思える俺の要求に、美加登はしかし何故か急に動揺し始めた。

 まるで悪い事をした子供がバレるのを恐れているように。


「もし拒否するなら――」

「ああもう、わかったわよ! 飲めばいいんでしょ飲めばっ!」


 美加登は半ば投げやりになって一気に紅茶を煽ったが――


「ブーッ!」


 飲み終える途中で中身を勢い良く吹き出した。


「フン、やっぱり塩を混ぜていたのか」


 さっき美加登が紅茶を淹れ直していた時、砂糖を入れると見せかけてコッソリ塩を入れていたのを見たのだ。


「ゲホッゲホッ!」


 咳き込む美加登。

 大方、底辺の俺に従うのが悔しくて反撃しようとしたのだろう。

 勤務態度の悪いメイドだな。


「あ、アンタねえ。そもそもアンタのしている事は立派なパワハラでしょ!」

「パワハラねえ。だったら君が普段、学校で俺に言ってる暴言の数々はどうなんだ?」

「ぬぐっ……だ、だってそれは……」


 重ねて言うが、彼女が過去に俺に対して言ったことは、本当に酷いものだった。

 例えば俺がラノベを読んでいるところへ突然、美加登がやって来て「そんなモノを読むなんてよっぽど暇なのね」とか「何しに学校に来てるの?」とか、挙句の果てには「もう学校来なくてもいいんじゃない?」とか。

 こんな事を言われて怒らない奴がどこに居ようか。


「……た、確かに私も言い過ぎたところはあったけど……だからってここまでする事はないんじゃない?」


 何かいじめっ子の論理に似ている気がする。

 自分が悪いとわかってないから、咎められても「何故そんなに責められなきゃいけないんだ?」と思ってしまうのだ。

 まあ言い過ぎだと認める分、幾分かマシな方だが。


 ん? 待てよ?

 俺に対して言った事を覚えているのか?

 俺みたいな底辺なんて、歯牙にもかけていないと思っていたのに。


「それに言っておくけどね、私はアンタのご両親に雇われているだけで、別にアンタの命令に従う理由は無いんだからねっ?」

「とはいえ俺が君の勤務態度に問題があると言えば父も母もクビにせざるを得ないんじゃないかな。それに、君がこんなバイトをしているのを学校の皆に知られるのは困るだろう?」

「ぐ、ぐぬぬぅ……こ、このぉ……」


 涙目になりながら、悔しそうにこちらを睨む美加登。

 何て気分の良い光景なんだ。

 何にせよ、彼女の方が態度を改めない限り、俺も復讐をやめるつもりはない。


「とにかく! 私は絶対にアンタの言いなりになんかなるつもりはないから! ご両親に話をして仕事場を別にして貰うわね!」


 そう言い放った美加登は、踵を返して部屋を出ようとする。


「ああ、そうそう美加登さん」

「なによ?」

「別に、ただ呼んでみただけ」

「ぬあっ!? こ、子供みたいな真似してんじゃないわよ! じゃあね!」

「待って。その前に君が吐き出した紅茶が腕にかかったから拭いてくれないかな?」

「ムキーッ!」


 不満を露わにしながらも、美加登は言われた通りにタオルで、濡れた部分を拭いてくれた。

 しかし次第に撫で廻されているような感覚になってきて、恥ずかしくなった。

 こんな俺でも、女子に触れられる事には慣れていない。


「あら? 何か首筋に埃がついてるわよ」

「う……」


 今度は首筋にまで触れられて、変な声まで出してしまう。


「うーん、汗ではりついて取れないわねえ……ふーふーっ!」

「ひィ!? な、何をするんだ!」

「何って、こうでもしなきゃ取れないじゃないの。ふー!」


 何を考えているのか、挙句の果てには息まで吹きかけてくる。

 生温い風が首や耳元を撫であげ、全身に鳥肌が立つ。


「も、もういいから離れてくれ!」


 とうとう耐え切れなくなった俺は、そう言って無理やり中断させた。


「え? でもまだ途中――」

「いや、取り敢えずこれでいい……」


 怪訝そうな面持ちの美加登を退室させた後で、俺は激しくなった動悸を必死に落ち着かせるのに苦労した。

 さすがに今のはやり過ぎた……。

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