第6話 新任の鍵師

 ユーリがアストリアを家に招いているその時、王宮では危急の事態を迎えていた。


 王宮の大深度地下にぽっかりと開いた空間。

 そこには王宮の城門よりも遥かに大きく、魔法鉱石でできた分厚い門があった。

 時より闇が門の隙間を塗って、火花のように散っている。

 扉より漏れる禍々しい魔力は、恐ろしいと言うよりは、うすら寒い。

 まるで心臓を冷たい手で撫でられているような、気持ちのよい死を想起させた。


 この門の先にいるのは魔王。

 1000年前、勇者と呼ばれるものが辛くも封印した邪悪な生物。

 解き放たれれば、再び世界は滅びの底へと向かうといわれている。


 そして、今――――。

 魔王の封印が破れようとしていた。


「大変だ!」

「魔王の封印が破れるぞ」

「鍵師は何をしている!」

小僧ユーリはどうした?」

「ユーリは追放されたんだろう」


 封印の地を守る近衛たちが集まる。

 だが、魔王の力は強い。

 如何な屈強な近衛とて、立っているのが精一杯だった。


 仮に魔王が現れれば、紙くずのように吹き飛ばされるという認識は、扉から放たれる魔力によって自ずと理解していた。


 今、この事態を収拾できるのは、鍵師の力しかない。


「ギャアアアアアアア!!」


 近衛の1人が悲鳴を上げた。

 尻餅を突き、しきりに扉の方を指差している。

 開いた口が閉まらないのか、ヒーヒーと声なき悲鳴を上げていた。


「どうした?」


「ゆ、指……?」


「指?」


 近衛たちの視線が扉の方に向く。

 半開きになった門の隙間から、手が出ていた。

 如何にも魔物然としたものではない。

 幽鬼のように白く、さらに言えば小さい。

 子どもと言っても差し支えないほどの大きさだった。


「門の内側に、子どもがいるのか?」


 近衛が1歩踏みだした時だった。



「狼狽えるなぁあぁぁぁあぁあぁあぁあぁあああ!!!!」



 声を荒らげたのは、ゲヴァルドだった。

 王宮の、いや第1層の世界の大ピンチ。

 新人鍵師の登場は、実に華々しい。


 だが、ゲヴァルドの顔は赤い。

 口から吐き出す臭気は酒臭く、横で肩を貸していた近衛が顔をしかめていた。

 この危急の事態に、新人鍵師は酒を飲んでいたようである。


 明白だったのは、片手に握りしめた酒瓶であろう。


「狼狽えるな馬鹿者……ヒック……。これぐらいの事態……ヒック……王宮の近衛なら…………しっかり…………しろよ、ヒック」


 思わず顔を覆いたくなるような醜い姿だった。

 現れた救世主が酔っぱらっているのだ。

 何より剣でもなければ、槍でもなく、酒瓶を携えた鍵師に頼らなければならない状況を憂えた。


「ゲヴァルド様、しっかりしてください。早く、早く……封印を――――!」


「横でがなるな。頭がズキズキする、ヒック……」


 そうしてゲヴァルドは近衛に支えられながら、扉に向かって進み出る。

 手をかざし、鍵魔法を使った。



 【閉めれロック】!



 すると、扉が大きな音を立てて締まった。

 同時に――――!!


『キャアアアアアアアアアア!!』


 子どもの悲鳴のような声が雷鳴のように轟く。

 見ると、両扉の隙間に先ほどの指が挟まっていた。

 ビクビクと悶えた後、無理やり引き抜く。

 血の痕を残して、指は扉の向こうに消えてしまった。


 魔王の魔力の波動が消滅する。

 どうやら、封印に成功したらしい。


「どうだ! オレ様は天才だろ?」


 ゲヴァルドはまるで勝利したかのように、酒瓶を高々と掲げた。


「すごい! 本当に封印した」

「本当に天才かもしれないぞ」

「いや、そもそも鍵師なんてのは大したことなかったんじゃないのか?」

「確かに……。あり得るな」


 近衛たちはホッと安堵する。

 多少難があったが、酒瓶を抱えた新人鍵師に拍手と喝采を浴びせた。


「さすがゲヴァルド様」

「素晴らしい!」

「天才鍵師の誕生だ」


「だろ? だろ? オレ様に任せておけば良かったんだよ。がははははははは!!」


 ゲラドヴァは口を大きく開けて、大笑した。


 その増長がさらなる悲劇を招くとも知らずに……。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


まあ、喜んでいられるのもそのうちですよ。

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