第2話 鍵師の青年

 少女は随分と足が速いらしい。

 追いかけたけど、すぐに見失ってしまった。

 やっぱり仮面を壊してしまったのが、悪かったかな。


 でも、あれは確実に呪いの仮面だった。

 あのまま仮面を付けていれば、いずれ呪い殺されてしまう。

 何か思い入れがあったにせよ危険なものには代わりはない。


 ぐぅぅうぅぅううぅぅううぅぅ……。


 お腹が鳴った。

 危険なのは僕も一緒か。

 朝食を摂って以来、何も食べていないからな。


 一旦家に帰るか。

 母さん、今日明日ぐらいの食べ物なら用意できるといっていたし。


「さあ、次の挑戦者はいないかな!!」


 いきなり大声が聞こえた。

 少女を探してトボトボ歩いていたら、大通りに出たようだ。

 王都の中にある七本の大通り。

 その中でも、今僕が歩いている通りもっとも賑やかだ。


 軒を連ねる高級そうなお店。

 さらに屋台なんかも並んでいる。

 歩行者で埋め尽くされ、大きくの買い物客で賑わっていた。


 今の僕にはとても眩しい光景だ。


 その中で声を張りあげていたのは、筋骨隆々の大男だった。

 鶏の鶏冠みたいな髪型をしてて、ちょっと面白いと思って、くすりと笑ってしまう。


「おい! そこのお兄ちゃん!!」


 僕を見つけた大男から突然声をかけられた。


「ぼ、僕ですか?」


「あんた、今オレ様の髪型を見て笑ったろ?」


「え? いや、そんなこと――――」


「いや、笑った。オレ様見てたからな」


「ご、ごめんなさい。気に障ったなら――――」


「気に障ったなんてもんじゃない。この髪型がオレ様の魂なんだ。心なんだよ。それを笑われて、気持ちいいヤツなんていないだろう」


「だから謝って――――」


「謝っただけじゃすまねぇ。オレ様と勝負していきな」


「勝負?」


 僕は男の横を見た。

 腰より少し上の位置にある台には「腕相撲チャレンジ」と書かれている。

 さらに「参加費1回 1000ルド。勝ったら参加費総取り」という紙が張ってあった。


 つまり大男に腕相撲で勝ったら、今まで貯めた賞金を総取りということだろう。


 「賞金総取り」という文言に、僕は思わず喉を鳴らす。

 何せ大男の側には、参加費でパンパンに膨らんだ袋があったからだ。

 おそらくだけど、10万……。

 いや、もしかしたら50万ルドは入ってるかもしれない。


 もし手に入れたら、当面の生活は困らなくて済む。


 だけど、正直に言うと勝てる気がしない。

 鍵師ってたまに力仕事もしなければならないから、それなりに鍛えてはいた。

 でも、切り株のような太い男の腕を見て、勝利する自信などすぐに吹き飛んでしまう。


 それに……。


「悪いけど、僕は今無一文なんだ」


「はあぁ? そのなりで無一文? それ宮廷の役人が着る服だろう? それでお金がないってどういうことだよ?」


「色々あったんだよ」


 本当に色々……ね。


「だったら、その服を参加費にしな」


「え? 服を?」


「一応役人の制服だろ? 売るところに売れば、それなりの値段は付く。参加費ぐらいにはなるだろう。それに身ぐるみを剥いだら、否応にも財布のありかもわかるだろうからな」


 かっかっかっ、と大男は笑った。

 どうやら、まだ僕を疑っているらしい。


 1つ言えることは、僕はこの勝負を受けなければならなくなっているということだ。

 周りには人だかりができていて、僕と大男を囲み、自然と退路をふさがっていた。


「わかりました。勝負しましょう」


 ここで揉めるよりは、素直に勝負に応じる方がいい。

 それに――――。



 勝機がないっヽヽヽヽヽヽてわけじゃないヽヽヽヽヽヽヽ……。



 男の求めに応じた瞬間、周りの人だかりが「おおおおお」と声を上げた。

 どうやら野次馬達は、挑戦者を待っていたらしい。


「毎度あり」


 大男は「かかった」とばかりに笑う。

 きっと今までの一連の言動は、客を釣る口上なんだろう。

 鶏冠頭は、そのための布石といったところか。


 まんまと僕は騙されたというわけだ。


「あの1つだけいいですか?」


「なんだよ?」


「この勝負には魔法を使ってもいいんですよね?」


 参加に当たっての注意書きは一切ない。

 つまり何をやっても文句は言えないはずだ。


「お前、魔法が使えるのか? つっても生活魔法ぐらいじゃオレ様には勝てないぞ」


 大男は一転して目を細める。

 攻性魔法や、強化魔法を警戒しているのだろう。


「はい。ただ鍵魔法しか使えませんけど」


「鍵魔法……」


 キョトンと大男は目を点にする。

 すると――――。


「ぶひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」


 下品な笑い声を轟かせた。

 大男に釣られて、野次馬達も笑う。

 目に涙を浮かべながら、大男は身体をくの字にしながらいった。


「鍵魔法って! 魔法を使うから何を使うのかと思ったら、鍵魔法かよ。あれって、金庫の鍵を開けるぐらいしか必要ねぇ魔法だろ。そんな地味な魔法を使って、どうやってオレ様に勝つんだよ」


「今から勝負するのに、勝つ方法なんて教えるわけがないじゃないですか? どうなんです? 使ってもいいんですか?」


「かまわねぇよ。……ああ。言っておくけど、その他の魔法は使うなよ。といっても、この前強化魔法を使ってきた魔法使いを、捻ってやったけどな。あいつら、魔法に頼ってばかりで身体を鍛えてねぇんだ。ぎゃははははははは……」


 確かに生半可な筋力強化魔法では、男には太刀打ちできないだろう。

 それほど、大男の筋力は異常だ。

 というか、こんなところで油を売ってないで、仕官するか、冒険者にでもなればいいのに。


「じゃあ、その条件で……」


 僕と大男の腕相撲が始まる。

 互いに台に肘を置き、がっちりと手を組んだ。

 手の平の大きさだけでも、僕の2倍はある。

 腕は4倍以上ありそうだ。


 どこからか出てきた審判が、僕と大男の手の位置を決める。

 大男の歪んだ視線が僕の方を向き、鼻息が僕の髪を揺らした。


「はじめ!!」


 ついに開始の声がかかる。

 大男は圧倒的な筋量を持って、僕の手をまるで踏みつぶさんばかりの勢いで力をかけた。

 勝負は一瞬――――かと思われた。



閉まれロック



 大男と僕の手が止まる。

 お互い台の真ん中で噛み合ったままキープしていた。

 始まって5秒経過したが、僕の手は全く動いていない。


「ぬごおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 大男は気合いを吐き出す。

 僕の手を押し倒さんと、顔を真っ赤にして力をかけていた。

 それでも、僕の手は微動だにしない。


 対戦相手を燃やし尽くさんばかりに充血した大男の目には、僕が映っていた。

 涼しげな僕の顔がだ。


「おい! 大男! なにやってんだよ!」

「そんなヒョロヒョロの兄ちゃん、倒せないのか?」

「お前の筋肉は見かけ倒しかよ!」


 そのうち、外野から野次が聞こえるようになる。

 大男に物まで投げ込まれ、騒然となった。


「うるせぇ! お前らは黙ってろ!!」


 大男は一喝する。

 すぐに僕の方を向いて、睨めつけた。


「お前、何をやった? なんの魔法を使ったんだよ?」


「別に……。宣言通り鍵魔法を使っただけですよ」


 鍵魔法には大まかに分けて、2つの魔法しかない。

 呪いの仮面を外した【開けリリース】と【閉めろロック】だけだ。


 今使っている【閉めろロック】を物体の動けなくする魔法だ。

 本来は大男の言う通り、金庫や扉を施錠するぐらいしか用途はない。


 けれど、この魔法は決して物体だけに使えないわけじゃない。


 生物にも適用できるのだ。


 今僕が【閉めろロック】で腕を止めている。

 この状態では僕も動かせないのだけど、大男も動かすことはできない。

 絶対に――どんなに筋力があろうともだ。


「どうしたんですか? あなたの力はその程度ですか?」


「て、てめぇええぇぇえぇえぇえぇえぇえ!!」


 僕が煽ると大男は青筋を浮かべて、さらに力を入れる。

 本来の僕のキャラじゃないんだけど、大男には力を使ってもらわなくちゃならない。

 疲れたところを僕が押し返して、勝つ……。

 これが戦略だ。


 まさか宮廷の慰労会で生み出された戦略が、こんなところで生きようとは……。

 昔、別部署だけど、酔うとやたらめったら腕相撲を挑んでくる主務がいた。

 若いからとやたら僕を指名してきて、その時に編み出されたのが、この戦略だ。


「はあ……。はあ……。はあ……」


 気が付けば、大男は荒い息を吐き出していた。

 だらしなく顎を開け、汗なのか涎なのかわからない滴を垂らしている。

 この頃になると、謎に善戦する僕を讃える声も多くなってきた。

 逆に大男には、罵詈雑言が浴びせかけられている。

 それ故、大男は余計に焦り、力を消費し続けていた。


 そろそろかな……。


 僕は【閉めろロック】を解く。

 予想通り、大男の力は10分の1以下になっていた。

 僕と手を組むことすらやっとの状態だ。


「えい!」


 僕は大男の手を台にあっさりと叩きつけた。

 その瞬間、しんと静まり返る。

 ヒョロヒョロの僕が、大男に勝った。

 冗談みたいな光景に、皆言葉もないらしい。


 大男の方も、呆然と荒い息を吐いていた。


「「「「すげぇぇぇえええぇぇえぇえぇぇぇぇえぇ!!!!」」」」


 遅れて、歓声が沸き上がった。

 拍手を叩き、鋭い指笛が大通りに響く。

 何事かと人がさらに集まり、人だかりが拡大していった。


 興奮のるつぼの中で、僕は参加費が詰まった袋を持ち上げる。


「じゃあ、もらって行きますね」


 声をかける。

 大男は声を出せないぐらい疲弊してしまったらしい。

 ただ肩を上下させるだけだった。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


ここまでお読みいただきありがとうございます。


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