第5話 オレ達は似たもの同士でした

 一緒にベッドで寝れば解決ですね――


 どう考えても事案になるような提案は、ミリアに強引に可決されてしまった。


 そのせいで、オレは小さなベッドに寝かされている。隣には超美少女のミリアが寝ているオプション付きだ。


 ミリアはローブから寝間着に着替えている。それはいいんだけど……ミリアは想像以上に胸が大きかった。


 体のラインが出にくいローブを着てたから全く気付かなかった。とんでもない伏兵だ。


「……ソラさん」

「ひゃい!」


 隣に寝ているミリアの声に、無意識に声が裏返ってしまった。恥ずかしい。


「その……ごめんなさい、私のワガママを聞いてもらって」


 寂しそうな声と共に、オレの服を背中から少しだけ引っ張られる感触を感じた。


「一緒に寝るって提案の事か……?」

「はい……私、お母さんが死んじゃってからずっと一人で……お友達もいないから……寂しくて……」


 悲しそうなミリアの声が聞こえる。

 なんとなく境遇が似てると思っていたけど、まさかそんな所まで似ているなんて。


「誰かと一緒にいるのが、こんなに嬉しいなんて……」

「ミリア……」


 オレはミリアの方へ向き直しながら、彼女の綺麗な瞳を見つめると、ミリアは嬉しそうに微笑んでいた。


「オレさ、周りに馬鹿にされて、勝手に期待されて失望されてさ。味方だった母さんも幼い頃に死んで……いつも家には俺一人なんだ」

「……私と似てますね」


 そうだな、とオレは頷いてから話を続ける。


「だからなのか、何となくミリアの気持ちがわかるっていうか……他人のオレが、ミリアの気持ちをわかった気になるのもあれだけどさ」

「そんな事ないですよ。私の事を理解しようとしてくれる人なんて、お母さん以外にいなかったから……嬉しい」


 ミリアはえへへと可愛らしく笑いながら、オレの胸の中にすっぽりと納まった。


 なんでこの娘はこんなに警戒心が無いんだ? 最初にあった時はあんなに警戒していたのに。まるで別人だ。


「こちとら健全な男子高校生なんだぞ……オレが襲ったらどうするつもりなんだ」

「襲う……?」

「あー……ようは無理矢理えっちな事をするって事だ」


 そこまではっきりと言ってようやく今の状況がわかったのか、ミリアの顔はみるみると赤くなっていった。めっちゃ可愛い。


「あ、えと、その……ソラさんは不審者じゃないんですし……えっちな事はしないですよ、ね?」

「そりゃ無理矢理なんてしないよ」


 オレは脳と下半身が一直線に繋がってるような馬鹿とは違う。同意も無しにそんな事は絶対にしないと断言できる。


「なら大丈夫ですね。私、ソラさんを信じてますから」

「お、おう。ありがとう」


 警戒心がないというより、信用されたって事なんだろうか? それにしたって簡単に信用しすぎだろ。ちょっと心配になるレベルだ。


 それとも男として見られてないのか? そうだったら少しへこむ。


「えへへ……あったかいなあ……うれしい、なぁ……すー……すー……」


 ミリアと話をし終えてから間もなく、静かな寝息が聞こえ始めた。よくこんな状況で寝られるものだ。


 オレはこんな状況で寝れるとは思えない。オレを信じてくれるミリアの為に、理性と戦い続けないと……。


 そう思っていたのだが、オレの体は想像以上に疲れていたのだろう。数分後にオレは夢の世界に旅立つのだった。



 ****



「ふぁ~~~~……」


 翌日、オレは窓から差し込む朝日の光に起こされた。


 見慣れない天井、見慣れない家に一瞬頭がフリーズしたが、直ぐに現状を思い出した。


 そうだった。オレはミリアの家に泊めてもらったんだ。


 ほんの少しだけ、俺はずっと夢を見ていたんじゃないかって思ってたけど、そんな事は無かったな。


 っと、こんな世界に来たとはいえ、朝の日課はしっかりしなくては。


「ミリアは……まだ寝てるか」


 隣で幸せそうに寝息を立てているミリアを起こさないように、オレはテーブルの上に置いておいたラケットを持って外に出た。


「今日もいい天気だな。さて、やるか」


 簡単にストレッチをした後に、オレはラケットの素振りを始めた。その数百回。

 その後には腕立て伏せ、腹筋、背筋、スクワットと筋トレを続けていく。


 これはもう昔からやっている事で、すっかり習慣になってしまった朝のルーティーンだ。


 こんな森の中でやるのは初めてだけど、とても気持ちが良い。いつもより捗る気がしてしまう。


「ソラさん!? あっ……」

「九十九……百……! ふう……あれ、ミリア。おはよう」

「お、おはようございます」


 最後のスクワットが終わると思った頃に、やたらと慌てた様子のミリアが小屋から出てきた。何かあったのだろうか?


「じゃなくて! 急にいなくなったらビックリするじゃないですか!」

「お、おう……ごめん。毎朝筋トレしてるから、つい習慣でやってたんだ」


 言われてみれば、確かに急にいなくなったら驚くよな。ミリアには悪い事をした。


「もう……そのトレーニング? というのは?」

「体を鍛えるっていえば伝わるかな」

「ああ、わかりました。それは例のタッキュウの為ですか?」

「そうそう。何をするにもまずは体が出来てないと。母さんの教えなんだ」


 ガキの頃に、母さんから沢山の事を教わり、今もそれを胸にオレは生きている。母さんはオレの人生のバイブルみたいなものだ。


「タッキュウって確か玉が無いとできないんですよね?」

「そう。ピンポン玉な。本当は壁打ちとかもしたい所なんだけど……」


 この世界に来てすぐの時は、何故かピンポン玉が手に握られていたんだけど……オオカミの撃退で使っちゃったからな。


 ……ピンポン玉、出てこないかな……。


「ん? あれ……?」


 空いている左手になにか違和感を感じたオレは、左手を確認する。そこには、何故かピンポン玉が握られていた。


「あるじゃないですか!」

「あ、あれ? おかしいな……っとと」

「ソラさん?」


 動揺していると、急激な体の疲れがオレを襲った。そのせいで足元が一瞬おぼつかなくなった。

 この感じ、昨日もあったな……確かオオカミを撃退した時に……。


「あれ……ソラさん。あなたの持っているピンポンダマとラケットから魔力を感じます。もしかして、あなたが魔力で生み出したんじゃないですか? もしそうなら凄いですよ! 無から物を生み出すなんて!」


 そんな馬鹿な。オレは魔法なんて使えないぞ?


 もしかして、オレは異世界転移をする際にありがちな、スキルを与えられたって事だろうか。

 だからこっちの世界に来た時にラケットだけ持っていたり、急にピンポン玉が現れたのか?


 よくわからないけど……ラケットとピンポン玉を生み出す力って……完全にハズレだな。まあオレらしいっちゃオレらしいが。


「魔法なんて使えなかったんだけどな……それに、なんでこんなに疲れるんだ?」

「魔法は使い手の魔力を使うんです。魔力が無い人が魔法を使おうとすると、生命力を無理やり魔力に変換するんです。ソラさんは無意識にそれをしてるのかも……」

「だからこんなに疲れるのか」


 生命力……って事は、使い続けたらいつか死ぬんじゃないか?

 ただでさえ変なスキル……いや魔法? だってのに、制限付きとかハズレにもほどがあるだろ。


「……ソラさん、私の手を握ってくれますか?」

「え、急にどうした? それに多分汗臭いぞ」

「いいから」


 急にどうしたんだ? なんか真面目な顔してるし。


 ミリアに急かされたオレは、差し出された手を握った。すると、オレの体は淡い光に包まれ始める。


「これは……?」

「私の魔力をソラさんに分けています。魔法を使うのは下手ですけど、これなら細かい魔力操作がいらないので、私にも出来るんです」

「いや十分凄いじゃないか」

「そ、そんなこと……えへへ」


 そういってから間もなく、オレの体を包んでいた光は静かに消えていった。

 うーん、疲れ自体は全く取れてない……何か変わったんだろうか?


「これで次に魔法を使う際に、生命力を使わなくて済みますよ。渡した魔力は無限じゃないので、何回か使ったら無くなっちゃいますけどね」

「ふむふむ」

「それに、既に使ってしまった生命力を戻せる訳じゃないので、疲れは取れないと思いますけど……」

「なるほど理解した。ありがとうミリア」

「いえいえ! じゃあ朝ご飯にしましょうか!」


 ミリアと小屋に入ろうとすると、どこからかザッザッという土を蹴る音が聞こえてきた。


「り、リリアーダ様!?」


 音のした方角には、リリアーダさんと何人かのエルフの人達が立っていた。

 こんな朝早くから武装までして、一体何をしに来たというのだろうか……?


「何か用ですか?」

「貴様達に伝達することがあってわざわざ来てやったのだ」


 オレは少し低い声でリリアーダさんに聞くと、嫌な笑みを浮かべながら、衝撃的な事を言いだした。


「貴様らを黒霧こくむの森へ永久追放する事が決まった」

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