第六章 終わりなき初恋を君に9

「ルベールと、そう呼んでもいいか?」

「いいけど、どうしたんだい。そんなに改まって」


 セロイスから告白されるとは思っていないルベールは、いつものように笑いながらセロイスの言葉の続きを待っていた。


 カメリアはただ静かにセロイスの告白を見守ることしかできなかった。

 セロイスはルベールを目の前にして何度も言葉を紡ごうとしては口を閉じてを繰り返していたが、何度目かでようやくその言葉を口にした。


「ルベール。俺は、あの日の夜から……ずっと、お前のことが……」


 しかし、そこでセロイスは言葉をとめてしまった。

 そんなセロイスを見ていたルベールだが、仕方ないというように笑うと口を開いた。


「僕も君に、ずっと言わないといけないことがあったんだ」

「俺に?」

「僕から言わせてもらってもいいかな?」

「それはべつにかまわないが」

「ありがとう」


 ルベールは礼を言うと、セロイスに告げた。


「あの日の君が出会ったのは……僕ではなくて、カメリアだよ」


 ルベールからの突然の告白にセロイスは目を見開いた。

 そして、それを聞いていたカメリアもひどく驚くことになった。


「兄上、それはどういうことですか!?」

「僕が今言ったとおりだよ」

「そうではなくて、私はセロイスと出会ったことなんて一言も兄上に話したことはなかったのに、どうして……」

「忘れたのかい、カメリア。屋敷を抜け出して、夜の虹を見に行った時のことを」

「夜の虹って……」


 それはたしかにカメリアがあの少女と出会った日を示していた。


「僕は君の兄だからね。カメリアの行動なんて、すべてお見通しだよ」

 ルベールは得意げに笑ってみせるが、カメリアはそれどころではなかった。


「でも、私が出会ったのは、青いドレスを着た女の子で……」


 セロイスを見れば少女の格好によく似ているだけでなく、あの時の少女が成長した姿に見えなくもない。これは単なる偶然なのだろうか。


(まさか……)


「セロイスがあの夜に出会ったあの子なのか……?」

 カメリアの視線にセロイスは、どこか気まずそうにしながらも静かに告げた。


「間違いない。それは俺だ」

「嘘だ……あの日出会った女の子は、小さくて本当に可愛かったんだぞ!? それに髪の色だって」

「髪は薬の影響で今のこの色になったと聞いている。昔は青みがかった黒髪だった」

「カメリアは知らなかったのかい? 幼い頃のセロイスは身体が弱くて、それを心配した母親に女の子として育てられていたんだよ。一種のおまじないみたいなものだね」

「まぁ、それだけが理由ではないがな」

 そう言って話に入ってきたのはロベルトだった。


「もう一つの理由は、ドロシアの存在を隠すためだ」

「私を、隠す?」


 突然名前を出されたドロシアはバルドの隣で目を丸くしているが、幼い頃からの付き合いであるバルドもひどく驚いた様子だった。


「あぁ。お前は……いや、あなたは俺の従妹にあたる存在だ」

「ロベルト様と従妹だなんて……何かの間違いではないですか?」

「間違いなどではない。ドロシアの母は俺の父の妹に当たる人物だ」

「おい、ちょっと待て!」


 ロベルトを制したのはバルドだった。


「こいつの母親が王族って、一体どういうことだ?」

 ドロシアは両親が亡くなったことがきっかけで祖父の元で暮らすようになったと聞いてはいたが、そのようなことを聞いたのは初めてだった。


「簡単に言えば駆け落ちだ。本来ならば許されたことではないが、王位継承権を持っていない女性ということもあり、俺の祖父は行方を捜そうとはしなかったんだ」

「なら、ドロシアが攫われたのは……」

「どこからかドロシアの存在を知ったワルターは、ドロシアを新たな王として擁立し、自ら実権を握るつもりだったらしく、ずっとその機会を狙っていたんだ」


 この計画を知る以前からロベルトはドロシアのことを知っていたが、まだ幼いドロシアの存在を相手に知られるわけにはいかない。


 そこで目を付けられたのが、女の子として育てられていたセロイスだった。

 父親が名高い騎士ということや、屋敷に籠もっていることが大半で、あまり顔を知られていないということもあり、セロイスはドロシアのかわりにされていたのだ。


「だから、幼い頃の俺はずっと外へ出ることを禁止されていたのか」

「でも驚いたよ。まさかカメリアに求婚するなんて思わなかったからね」

「兄上、どうして今まで隠していたのですか!? それもそんなに大事なことを!」

「僕は別に隠してなんかいないよ。ただセロイスが自分の初恋の相手が、カメリアだということに気づかなかっただけだよ」

「それは、そうかもしれませんが……」

「まったく嫌になるよ。可愛いカメリアを僕と間違えて、そのことをずっと勘違いしたままだったなんて」


 そう言ったルベールの目はまったく笑っていなかった。


「だから、あの後、会った時に僕は条件を出したんだ。君が蒼の騎士になって、その時にもう一度求婚するなら考えてもいいって」


 騎士達の憧れの称号を条件に出したルベールに、カメリアはひどく驚いていた。

 しかしルベールもルベールだが、その条件を飲んだセロイスもセロイスだ。


「あれ? でもルベールの出した条件なら、まだ叶っていないんじゃないか?」


 そう言ってロベルトの後ろから顔を出したのはあの青年だった。

 いつの間に腕を縛っていた縄を解いたのか、親しげな様子でロベルトの肩に手を回している。

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