第33話 拉致

 安仁屋智美の夫であり、マイコンこと安仁屋康徳の父である太一の眠る墓は都内の一等地にある。


「あなた、康徳が来てくれたわよ……」


 智美は、太一が好きな長野の地酒と釧路の干物を持ち、墓前に供える。


 マイコンは、複雑そうな顔で、太一の眠る墓を見やる。


(お父さん、ごめんな。本当は俺、父さんの跡を継がなければいけないのだが、俺はこの暮らしが性に合っているんだ、汗水流して働いて稼ぐ額がほんの10分そこらの事で稼げてしまう、だが誤れば直ぐに奈落の底に落ちてしまう、このスリルがたまらなくいいんだ……!)


 マイコンが情報処理の大学を卒業して直ぐに、『超カンパニー』にエリートコースで入ろうとした時にマイコンは断り、半ば喧嘩別れで家を出てホワイトハッカーをしながら企業から金をふんだくり再度大学に通った。


 結果としてホームレスという社会の歯車に転落してしまったのだが、マイコンはそれでもいいと思っている。


(汗水流して、神経すり減らして稼げる額はせいぜい一生のうちに数億円程度だが、クマさんといれば何十億円を稼ぐのは夢ではない、だがそのクマさんは亡くなってしまい、いるのは素寒貧のオオカミだけ、さて、どうするか……)


「ねぇ、あなたオオカミってこの事を考えていたでしょう? 」


 不意に智美はマイコンにそう尋ねて、マイコンは困った顔をした。


「あぁ、そうだけれども……」


「あのこと初めて会ったけれども、凄い強運があるのが目に見えてわかったわ。あれでは、阿武隈が惚れるわけね……」


「……」


「あの子を支えてあげなさい、私の事は今やっている仕事が終わってからでいいからね、でかい仕事があるのでしょう? 顔に書いてあるわ」


「……あ、ああ」


 マイコンは、やや曇りがかってきた空を見つめる。


 ¥

 雨がポツンと落ちて来そうな、曇天の空を見上げながら、健吾はシケモクをふかしている。


 ――ビットコインに、株かぁ、自分は一世一代の大博打をしているんだな……


 健吾は目の前にある無為に耐えきれないのか、先程からしきりに、シケモクをふかし、コーヒーを口に運んでいる。


 天狗も、今日のトレーニングが終わったのか、一息入れている健吾に何も言わずにポカリスエットを手渡して、落ちているスポーツ新聞を見ている。


「なぁ天狗さん……」


「ん? なんだ?」


「アンタ、ミカドさんと一体何回やったんだ?」


「えーと、20回ぐらいかなあ。あいつ、初めは1000円でいいって言ったのに、徐々に値上がりさせやがって、最終的には10000円ぐらいになりやがった……」


「ふーん……」


 ――よくあんなババアとやりたくなるものだな……


 健吾は天狗の、年に似合わない絶倫ぶりに溜息をつき、シケモクを地面に捨てて、擦り切れたスニーカーで火を消す。


「ん? なんだありゃあ?」


 天狗は、公園の入り口を指差す。


 そこには、黒いスーツに身を包んだ連中が10人ぐらいいて、サングラスをしており顔はわからないのだが、側から見て、漫画で見るような、やばいサイドの連中にしか見えない。


「天狗ちゃん! 助けて!」


 ミカドの声が公園に響き、健吾達は慌ててミカドを探す。


 そこには、黒服のサングラスに腕を掴まれたミカドがいる。


「誰だてめえら!? 」


「貴様らには用はない、そこにいる、オオカミという小僧に興味がある」


「あ!? なんだてめえ!?」


 天狗はミカドの元へと向かおうとしたが、乾いた音が鳴り響く。


「う!?」


「天狗さん!?」


「こいつら、拳銃を持ってやがる!安心しろ、掠っただけだ!」


「騒ぐと、この女を殺す、さっきのは警告だ、早くこちらへとこい……」


 リーダー格らしき黒服は、サングラスを指でずり上げて、健吾を手招きする。


「あぁ! 何処にでも行ったらぁ!」


 健吾は彼等と共に、燈火公園を後にした。


 ☆

 ヘッドフォンに、目隠しーー某テレビ番組では、出演者を番組に呼ぶ際にこのような格好をさせて何処にいるかわからなくして、ジャングルの奥地やら発展途上国の小さな町やら、日本にいたらまずそこには行かないであろう魔境に連れて行かせたという。


 ――何処に連れて行かれるんだ?この計画がバレたのか?


 健吾は、自分がしている計画が誰かにバレたのではないのかと不安に駆られる。


 この事は、仲間内以外では誰にも話してはいない秘密だ。


 足の振動で車が止まったことに気がつき、健吾は腕を捕まれて何処だかわからないまま車の外に出され、20歩ほど足を進める。


 サングラスとヘッドフォンが取られ、健吾は周囲を見渡す。


 ――ここは何処なんだ?


 畳が敷かれ、熊の彫り物と、『臥薪嘗胆』と書かれた掛け軸、部屋の中央に置かれているのは、札束の山と、その札束の山に腰掛ける初老の男――


 健吾はその男に見覚えがあった。


 帝民党党首、胡桃沢俊夫――次期首相と噂されている、日本を牛耳ることが出来る権力に最も近いと言われる男。


「てめぇ、胡桃沢だよな? なんで俺をここに呼んだんだ?」


「ククク……」


 胡桃沢の顔は昔は精悍だったのかもしれないのだが、長年の不摂生で醜く顔が崩れ、和服を着ているのだが醜く腹が出ており、それに、全身からは金の亡者の匂いがして、健吾は吐き気を覚える。


「君の事は聞いている、阿武隈の忘れ形見の大神健吾君、通称オオカミだったな……君は、50億円を今すぐ用意しなければならないんだな?私の仲間になれば、今すぐこのお金全てをやろう、どうだ……?」


「あ!? 冗談じゃねぇ! ……と言ったらどうする?」


 胡桃沢は、ニヤリと笑いながら、拳銃を差し出す。


「私とロシアンルーレットをして、君が勝てば仲間を解放してここにあるお金を全てやろう……」


 胡桃沢は、黒服を顎でしゃくり、タブレットを見せる。


 そこには、黒服に拳銃を突きつけられている天狗やマイコン、智美達がいる。


「……!?」


「私には君の仲間を殺す権限がある、警察は金で買収してあるからな、ロッカールームベイビーから生き延びた君の強運を私に分けてくれないか?」


(お偉いさんってやつは、ご丁寧に、庶民の生活を調べてやがるんだな。監視社会ってやつか、或る意味ホームレスの方が気楽だな……!)


 健吾は溜息をつき、拳銃をこめかみに当てる。


「断る、俺とロシアンルーレットで勝負しろ」


「ククク……いいぞ、やるか、坊主……!」


 胡桃沢は、拳銃をこめかみに当てる。

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