最終章:覚醒

第29話 別れ

 健吾の体調が全快して、またいつものように、残飯を漁り炊き出しに並び、空き缶を拾う日々になった。


 燈火公園には毎週のように炊き出しがあり、もう健吾は彼らとは顔見知りとなり、影で「こんな若いのにホームレスとは、よほどの面倒臭がり屋なんだな」と言われるのにも慣れて、炊き出しの豚汁を貰い、ベンチに腰掛ける。


 普段と変わらない日々なのだが、その日健吾は、嫌な予感を感じている。


 まるで、ロッカールームベイビーの時のような、自分の力ではどうにもならないような得体の知らない暗闇が襲いかかってくるような感覚。


「ねぇあんた、とっとと働きなさいよ」


 健吾が豚汁を食べていると、美智子が来て健吾に缶コーヒーを手渡す。


 美智子は弁護士事務所で昼間働きながら、夜は勉強をしており、土曜日に休みをもらったので、ボランティアで炊き出しをしているのだ。


「馬鹿野郎、これが俺のライフワークってやつだ」


「んな、ここよりも普通の派遣の方が儲かるじゃないの?」


「いや俺はここが良いんだよ、あんな、普通の会社にいてもたかだか14万ぽっちの額でパワハラ受けて神経すり減らして、よっぽどそっちの方が不健康だろ?」


(それに、俺は今だに、初めてクマさんと出会った時に体験したパチスロでの馬鹿勝ちや、一緒にいて胸がヒリヒリするようなスリルや命のやり取りが、楽しくてたまらないんだよ)


「まぁそうなんだけどねぇ……勝君、今日試合ですって。相手は日本ランカーみたいよ」


「そっか、後でLINEしとこ」


 健吾の目の前には、クマ達がいて、天狗達と何か話しをしていて、離れて行った。


(クマさん何か用事でもあるのかな?)


 健吾はふと、一抹の不安を感じる。


 スマホのバイブが鳴り、健吾はスマホを見やる。


『試合勝ったよ』


 それは、勝からだった。


「おい、勝勝ったらしいぞ」


「マジ? 良かったわね、あんたも勝君見習って普通に働きなね、私そろそろ行くからね」


 美智子は炊き出しを行っている集団の元へと戻って行った。


(何だろうな、この、胸を鷲掴みされているかのような、得体の知れない胸騒ぎは……)


 パン、という乾いた音が鳴り響き、健吾は手にしていた豚汁を地面に落とした。


 周囲がざわつき、健吾は胸の騒ぎを抑えて、ホームレス達が集まっている方へと足を進める。


 一歩一歩歩くたびに、健吾の足取りは鉛が付いているかのように重く感じ、額から汗が止めどなく流れ落ちる。


(まさか、な。いや、そのまさかであってくれ……!)


 ホームレスの雑踏の先には、倒れている人がいる。


「……クマさん?」


 健吾は情けない声をあげた。


 そこには、額から血を流して倒れているクマがいる。


 ¥


 昴病院は、平日の閑散とした雰囲気とは打って変わって、緊迫した空気が流れ、一般の患者達は何事かと思いながら診察を受けに行く。


 この病院に、燈火公園を根城にするすべてのホームレスが集まっている。


 健吾達は、不安と絶望の入り混じった顔で、ドクのいる診断室にいる。


「クマさんの容体ですが……」


 ドクは深刻な表情を浮かべて、カルテを見やる。


「拳銃で頭を撃ち抜かれて、脳細胞は破壊されて、即死の状態で、手の施しようがありません……ご臨終、です……」


「……」


 ――クマさんが、死んだ……


 健吾は目の前が、まるでロッカールームベイビーの時の如く真っ暗闇に陥る。


 暫く彼らは無言だったが、天狗が静寂をかき消すかの様に、口を開いた。


「オオカミ、話があるんだが、良いか?」


「あ、ああ……」


 天狗達は、健吾を手招きして部屋を出て行く。


 ¥


 昴病院の屋上は、入院患者の自殺防止用の金網やら有刺鉄線が貼られており、病に苦しむ患者はここで命を捨てるのを拒ませる。


 屋上は健吾と天狗だけしかおらず、他は誰もいない、あるとすれば、入院患者用のシーツが干されているのみ。


 天狗は真剣な眼差しで、健吾を見つめる。


「オオカミ、クマさんが死ぬ前に、お前宛にに手紙を預かっているんだ……」


 マイコンやミカドも、真剣な眼差しで健吾を見つめている。


 茶封筒には、オオカミへ、と書いてあり、健吾はその手紙を開く。


『オオカミ、お前がこの手紙を読んでいる頃には、俺はこの世にはいない。俺を殺した人間は大体が予想がつく、帝民党の党首クラスの幹部達だ。お前に頼みがある、俺に代わって、慈愛党の春日さんを頼り、金銭的な援助をし、春日さんを首相にまでのし上げて、ベーシックインカムの制度導入を一刻も早くしてほしい。オオカミ、ヘドが出るかも知れないが、政治家で出世するには裏金が必要だ、春日さんが次の選挙で首相にまで上り詰めるのに票をかき集めるのに必要な額は100億円、俺は50億円までかき集めた、だが残りの50億はどうしてもかき集められなかった。次の選挙、2018年の7月○日までに50億円をかき集めて、春日さんに渡してほしい。じゃあな』


「……ベーシックインカム? なんだそれは?」


「社会保障制度のことで、国民に一定の額を支給して貧富の差を無くす制度のことだ。クマさんはこれを導入して、ホームレスをこの国から無くそうとした、そもそもが、豊かな国なのにホームレスがいること自体がおかしいんだ……オオカミ、できるか?」


 マイコンは、健吾を真剣な眼差しで見つめる。


「いや、てか、選挙まで二週間しかないじゃねぇか! 第1俺がこんなことを……」


「それはな、クマさんは強運を持つお前を高く買っていて、お前ならば二週間で50億円を倍に増やせると踏んだからだ。お前ならば出来るはずだ、俺たちがバックアップしてやるからな……」


 天狗は健吾の頭を軽く叩く。


(50億円ったって、一体どうすればいいんだ?)


 健吾は、曇りひとつない午後の青空を見て、途方もない額を稼いでくれとのクマの最後の頼みに、深い溜息をついた。


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