第18話 密偵

 死神総合大学病院には、VIPルームというものが存在する。


 VIPと言っても個室なのだが、そこは政治家や要人御用達の特別な部屋でパソコンやら40インチのテレビにオーディオ機器、冷蔵庫が置かれており、豪華なホテルの如く一般の入院患者ではそこに入ることはまず難しい。


 そこに入院している政治家の宇多田は、グラフや数字が画面に並ぶパソコンを睨みながら見ている。


 政治秘書の氷室は、スマホを見て慌てて宇多田に伝えようとする。


「先生……」


「何だ!?五月蝿えぞ、今いいところなんだ、俺が目を付けてた企業、新製品がヒットしたから株価が上昇しまくりなんだ、ククク、これで5千万円は確定だ、こんだけの額がありゃあ、また選挙で票を買収できるで……」


(またか、この野郎、本当に政治家の風上には置けない奴だ、税金使って賄賂送って、この病院を自分専用の病院にしちまってる。まぁでも、後少ししたら大手紹介してくれるから別にいいか)


 氷室は、長年勤め上げた秘書の後釜を見つけたので、後を譲り、宇多田の力で大手企業に役員待遇で潜り込める事となっている。


「ふぅ、よっしゃ、後は株の半分を売却して、と……何だ、言ってみろ? 」


「昴病院の内通者から聞いたのですが、朝比奈の意識が戻ったそうです、手術は、前にこの病院で勤務していた道明寺が執刀したと……」


「何だと!?クソッタレ、俺はあいつを殺す為に人を雇ったのだが……マスコミにはバラすのか?バラす前にまた潰しに行くぞ」


 宇多田は、たまたま自分のカルテと、偽の医療報酬を見てしまった真知子の存在を知っていた、真知子が、院長の影山に聞いてしまったのだが納得するそぶりを見せなかった為、医療ミスの件で、猪狩や影山を使い圧力をかけて真知子を病院から追い出したのだが、一月後に迫る参議院選挙に備えて不安要素を消す為に、運送会社を使い運転手をシャブ漬けにして轢いたのだ。


 自分には、人殺し専門の業者を雇う金があり、しかも殺しても証拠がなく警察を金の力を使い、事件をもみ消すことが出来るんだ……


 大物政治家が、犯罪を裏で金を使いもみ消す事は日常茶飯事である、宇多田はその地位まで上り詰める為に、人の靴の裏を舐めるような屈辱や、胃の中にポリープが10個出来るような苦労を経験してきた。


 宇多田がここに入院しているのは表向きは胃潰瘍なのだが、ホテルがわりに使っている外道である。


「それが……阿武隈が、朝比奈の味方につくと」


 阿武隈、と聞き、宇多田の顔が凍りつく。


「なにぃ!?あいつが味方につくだと!? 」


「はい。先ほど入った情報によると、天狗、という元自衛官上がりの仲間の弟子に、20代の若造が入ってきて、格闘技を仕込んでいると……」


「クソッタレ、あいつがいると今回の選挙が台無しになる。何か弱点が……いや、あったな。朝比奈の唯一の身内の和哉っていう脳腫瘍のガキを殺せ、医療ミスを起こすような形で殺すんだ、金は厭わない、医者を金で釣れ。5千万も出せばコロリとこっちに来る。アイツらは金儲けの為だけに医者になった屑だからな……!」


(いやクズったって、あんたもじゃねぇかよ……!)


 氷室はそう言いたい気持ちを抑えながら、冷蔵庫からキンキンに冷えた炭酸水を出して、宇多田に手渡す。


「失礼致します」


「おお、来たか」


 そこには二人の専属と化した医者ーー猪狩と、院長の影山がいる。


「朝比奈は……」


「朝比奈和哉は、朝比奈の地元にある鏑木総合病院で入院しております、そこで、緊急手術という形で医療ミスを起こして始末いたします、既に院長は買収済みです」


 影山が宇多田にそういうと、宇多田はニヤリと笑い、コーラを口に運ぶ。


「よし。これで大丈夫だな。賄賂は2割り増しで送ろう、私がまた議員になれば、濡れ手で粟だからな……ククク」


「有難うございます」


 影山と猪狩は、宇多田に一礼をする。


 ――ここに、医者失格の人間がいる。


 ☆


 クマ達は、車椅子に乗る真知子を連れて、和哉の入院する鏑木総合病院に出向いた。


 今回は見舞いを兼ねて、和哉の身の安全を考えて昴病院へと入院をさせる。


「先日、植村院長にアポを取ったクマですが、院長先生はいらっしゃいますか?」


 20代後半の受付嬢は、すす汚れた格好のクマ達と、UNIQLOのポロシャツとスリムフィットジーンズを着て、社会人らしく清潔感溢れる格好をした明彦を見て、この組み合わせに違和感を感じたのだが、分かりました、と彼らに告げて淡々と院長の植村に電話を繋げる。


「少々お待ちください……」


 クマ達は、待合室で患者と一緒に待つことになった。


「なぁ、クマさん、バックに政治家がいるって事は、和哉君を拉致するとかって事はあるのか?」


 健吾は不安そうに、クマに尋ねる。


「なぁに、それなら俺に考えがある」


 クマは、ニヤリと笑いペットボトルのお茶を口に運ぶ。


(和哉、大丈夫かしら、あの子の身に何かあったら、私は……!)


「安心しろ、真知子、和哉君は名医が見てくれる」


 明彦は真知子の肩をそっと、抱き寄せる。


 20分程待ったであろうか、先ほどの受付嬢から院長室にクマ達は案内される。


「失礼致します」


 やはり院長、といったところか、部屋は20畳程あり中は空気清浄機とエアコンが稼働しており、初夏の外の空気よりも涼しく設定されている。


 椅子に座る院長は、クマ達を怪しい目で見つめる。


「お話というのはなんでしょうか……?」


 クマと院長の内海は初対面な為、ホームレスの見てくれのクマを見て不審に思う。


「単刀直入に聞きます、貴方は死神総合大学病院の影山院長から5千万円の賄賂をもらって、ここに入院している和哉君を殺そうとしておりますよね? 」


「な、君はいきなり何を言いだすんだ!? 」


「これが証拠です」


 クマはバッグから盗聴器機を取り出して、スイッチを入れる。


「……5千万円を送る代わりに、朝比奈真知子の弟の和哉を、医療ミスで葬り去って欲しい……」


「……」


「安心してください、私達に和哉君を引き渡してくれれば、このテープは表には出しません、ただね、貴方は確か、身内が株で大損して6千万円の借金があったはずだ、私がそれを肩代わりするという条件ではどうでしょうか……? 」


 クマは通帳を取り出して、内海に見せる。


「……うん? 確かに6千万円がある! これで手を打ちましょう! 」


「商談は成立ですね」


 クマと内海は固く手を握りしめる。


 ¥


 和哉の移送が終わった後、クマ達は昴病院にある喫煙所でタバコをふかしている。


「なぁ、クマさん、何でそんな6千万円という額があるんだよ? 」


 健吾は、たかが一介のホームレスが大金を持っているのが不思議で仕方がない。


「この前馬力鉄鋼の一件があっただろう?君島が入ってから株価は鰻登りになったので、それで儲けたんだ」


「そっか……勿体ねぇな、そんな金があったら、俺なら普通に暮らすけど……」


 健吾は、お人好しすぎるクマを見て、溜息をつく。


 クマならば、株で一生を過ごせることができるのにな、と健吾は思う。


「だがお前は、医療ミスで殺されそうな子供を見て、何もせずにしていられるか? 」


「いやそうなんだけどさ……てかあのさ、さっきの盗聴テープはどこから仕入れたんだ? 」


「死神さんに内通者がいるんだよ、身内の就職先を紹介してやったら、今回の計画に喜んで飛びついてくれた。宇多田の入院している部屋を掃除しているパートのおばさんだ。とりあえずお前は病み上がりだから、根城に帰ったら寝ていろ、これから長くなるぞ……」


 クマは健吾の頭を軽く撫でた。

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