第12話 結末

 「……その契約ですが、宜しいでしょうか?」


  「はい、お願いいたします」


 君島と和成は、仕事の契約のことで話をしており、その仲介役にクマがいる。


 和成が君島を雇う条件に、勤務時間帯8時半から17時10分、残業は月に10時間程、勤務内容は生産管理部門、給料は18万から25万円、ボーナスは3ヶ月分だという。


 「では、雇用契約書類にサインと印鑑の方をお願いいたします」


 和成はビジネスバッグの中から雇用契約書類などの必要書類を取り出して、君島に手渡す。


 「いやしかし、君島さんがこのアイデアを考えたとは夢にも思いませんでした。……いや、気を悪くしてしまって申し訳ないのですが、ホームレスでここまで頭の良い方がいるとは思っていなかったのです、理工学部出身でなぜホームレスをしていたのですか?」


 「いえね、保証人などの関係でなかなか職にありつけなかったのです、私など会社が倒産してしまったし、親とも絶縁状態になってしまったので誰も保証人になってくれる人がいなかったのです」


 「そうですか……でもね、クマさんというしっかりとした方が保証人になってくれるので、私どもとしては安心して君島さんを雇うことができます」


 「ありがたきお言葉です」


 どこの企業やバイト先もそうなのだが、保証人がいないと雇ってはくれない。


 君島は若い頃に親が借金を繰り返していたので、何とか苦労して有名国立工業大学を卒業して仕事が決まった後に直ぐに親と絶縁した。


 会社が倒産してから親に頼ることができずに、家族を抱えながら仕方なくホームレスに身を窶したのだ。


 今回、クマが和成に持ってきた資料は、君島がほとんど一人で作成したものであり、和成はクマから事情を聞いた後直ぐに課長待遇で雇うと彼等の前で約束をして、ご丁寧に約束書類まで作ってくれた。


 「書き終えました」


 君島は和成に書類を手渡す。


 「有難うございます、これで貴方は明日から馬力鉄鋼の一員です、理工学部での知識を存分に役立ててください」


 「はい、かしこまりました」


 和成は君島と固い握手をする。


 その様子を、健吾達は外で見ている。


 ¥


(「正社員、か……俺にも昔そんな時期があったな、でも辛すぎてやめちまったけどな」)


 健吾はシケモクをふかしながら、ベンチに腰掛けて、雲を見ている。


 「何思案にかられているんだよ?」


 「あーひょっとして、君島さんが羨ましいなって思っているでしょー?」


 マイコンとミカドは、そんな健吾を見てニヤニヤと笑いながら彼の前に姿をあらわす。


 「ああ、ちょっと羨ましいかもって思ってたね、一応俺二年前は正社員だったからね、でも仕事出来なくて居づらくなってやめちまったけどな」



 「ふぅーん……」


 「高卒で入ったのかな?そこには」


 マイコンは興味ありげな顔で、健吾に尋ねる。


 「あぁ、そこしか無かったな、てかな、進路指導の先生がそこを勧めてきやがったんだよ、お前にはどこにも行く場所がないしと、入ったはいいけどブラック企業だったな」


 「でもお前の通っていたN高校は、底辺高校で、進路は底辺大学かブラック企業の斡旋をしているんだよ。ブラック企業から裏で金もらって人を回してくれと言われてるんだ。それにお前が前に勤めていたH建築は、給料未払いで労基のガサが入ったぞ、潰れるのは時間の問題だな」


「何でそこまで知ってるんだ」


 健吾は彼等に身の上話をしたことは一度もない。


 「知ってるも何も、俺たちにはそんな情報が直ぐに入ってくるんだよ」


 「ふうーん、敵に回したくはねぇな、あんたら」


 マイコンはニヤリと笑い、洋モクに火を付ける。


 君島達は話を終えて、テントの中から出てくる。


 「クマさん、お世話になりました、おまけに住宅の手配までしていただいて……」


 「いや、別にいいって事よ。もう二度とこんな場所に戻ってくるなよ」


 クマは、分厚い茶封筒を君島に手渡す。


 君島はその封筒の中身を見るのだが、分厚い札束が入っており、君島は驚愕して、クマを見やる。


「え?いやこんなに……!受け取る訳には……」


「これは俺からの餞別だ、これはお前の為じゃない、早苗ちゃんが立派に成人するまでの養育費だ……」


 クマは君島の隣にいる早苗の頭を撫でる。


「ありがとうございます」


「じゃあな」


「はい、では、生活が安定したら挨拶に出向きます」


 君島達はクマに深々と頭を下げて、その場を立ち去って行く。


「オオカミ君」


 君島は、健吾の顔を見て、口を開く。


「は、はい」


「クマさんはいい人だ、この人について行きなさい」


「え、ええ」


「お兄ちゃん、またねー!」


「主人がお世話になりました」


 君島一家は、彼等に頭を深々と下げて公園を後にして行く。


 健吾は、早苗の姿をいつまでも見ている。


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