第2話 或る老人との出会い

 健吾の住むR市B町には、全国でも有数の広さを誇る自然公園、燈公園が町の中央に位置する。


 そこには、噴水はもちろんのこと、市民プールやフットサル場等の運動場が併設された、市民の活動の場所である総合体育館や、春になると満開の桜が咲く自然があり、休みの日となると運動や自然欲を楽しむ人間、劇団員の練習やパントマイム等の芸人が来ることで知られている。


 だが、光のあるところには必ず闇があり、ここは何かしらの事情を抱えて、世の中の歯車から逸脱してしまったホームレス達の根城でもあり、休日になると普通の社会人や学生に混じりホームレスがウロウロとやってきて、ボランティアでの炊き出しに並ぶ。


(金が無ぇ、金が無ぇ……本当はこんなことをしたくはねぇんだ、だがそうでもしないと、生活ができやしねぇ……!)


 失意の表情を浮かべた健吾は、垢と油にまみれて異臭を放つホームレスと遜色のない、着た切り雀で垢とフケと油まみれの髪の毛と体で、ホームレスの列に並んでいる。


 家賃の4万円を払って残りは数千円で、ガスや水道が使えずに風呂も当然入ることができず、食事は炊き出しの豚汁と、消費期限の切れた弁当をコンビニやスーパーのゴミ袋を漁って食べているだけの不健康な生活を余儀なくされている。


 なぜこんなに若い人間が昼間から暇を持て余しているのだろうなと、ボランティアの侮蔑の視線を一斉に浴びながら、健吾は豚汁を貰い、栄養不足で体力が無くなっている体を引きずり、ベンチに腰掛ける。


(あいつらは、俺たちホームレスを慈愛の目で見てない、目が笑っていない、支援活動をすることで自分自身に酔いしれている偽善者、エゴの塊のクソ野郎ばかりだ……!)


 大抵ホームレスの支援をしたがる人間の心の奥底は、自分が社会弱者の手助けをしている正義の味方だ、私は社会福祉をしているんだという小さな自己陶酔意識を満たす為。


 中には、本当に慈愛の心を持ち社会福祉を行う人間はいるだろうが、大半の人間は偽善で社会福祉の活動をしているのだなと、健吾はホームレスを支援する連中を見て心の底からの軽蔑の視線を送りながら、割り箸を割り、豚汁を口に運ぶ。


 健吾の年は今年で20歳、底辺高校卒業を機に一人暮らしをして就職したのはいいのだが、そこが余りにもブラック企業だった為、直ぐに会社を辞めて転職活動をしてみたのは良いが、会社を1か月そこらで辞めた根性がない人間を何処の物好きが雇う筈がなく、仕方なく、派遣会社に出向いて時給1000円程度の工場勤務のブルーワーカーに身を窶した。


(所詮俺は何もできやしないのか、クソッタレ!)


 味が薄い豚汁に群がる、自分よりも年上のホームレスに交じり、小さな子供がいるこの世の中の不条理を呪いながら、健吾は溜息を付く。


「あっ」


 目の前にいる、綿が出た薄地の灰色のダウンジャケットに身を包んだ、いかにも何十年もホームレスをやっていますよと言った具合の60代の初老のホームレスは小石に躓いたのか、地べたにド派手に転んだ。


 老人が手にしていた豚汁は地面に撒かれてしまい、老人は地面に広がった安い小さな豚肉と野菜の端切れ、味が薄い汁を恨めしそうに見つめている。


(ちっ、仕方無えな)


 健吾は何かを思い立ったのか、老人の元へと足を進める。


「あのう、これ食べてもいいっす、俺の食べかけですけれども」


「え?いいのかい?有難う」


 老人は健吾が渡してくれた食べかけの豚汁を、ベンチに腰掛けて、ただ黙々と食べている。


(あーあ、俺の今日の一日の食事がパーだ、でも、ちょっとなんかいい事をしたけれどもいいか、だが、自分も目の前にいる糞のような偽善者と同じような感じで、ほんの少しの偽善で自分に酔いしれているだけなんだよなあ……)


 健吾は老人に聞こえない様に、自分の心の中にある、自分がしたくなかった事をしてしまった後悔と、それを行った事で得られる陶酔感を吐き出すように溜息を付いた。

 老人が豚汁を食べ終えるまで、健吾は何処に行く当ても無かったので、ただその場所を動かないでいる。


「有難う、お兄ちゃん、お礼をさせてくれないか?」


「え?御礼ですか……?」


(お礼ってなんだろうな?ネットに書かれているような、実はこの老人が金持ちで、俺に何かお金を渡してくれるなんて旨い話はまず無いし、この爺さんもしかして、ゲイなのか?)


「ああ、有難く受け取ります」


 貰えるものは何でも受け取ってやる――健吾はそう思い、老人のお礼を受け取る事を決めた。


「ちょっとね、案内したいところがあるんだよ、来てくれないかな? 」


「ええ、いいですよ」


 老人は、よたよたと、公園の出口に向かい足を進める。


『パシャリ』


「?」


 何かのシャッターを押す音が、健吾の耳にかすかに聞こえたのだが、少し離れた場所で劇団の練習がやっており、スマホを使っているので多分それだなと思い、頼りなく歩く老人に健吾は付いて行く。

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