第27話 別れの時

十月十九日 水曜日 午前十一時


「それで二度目の転移をしたあと、亮さんに言われた場所に行くと丁度柿さんが車で飛び出した時だったからさ。轢かれるじゃないかと身体が強張ったりはしたかな」


 笑い事として語るもう一人の俺に対して、柿さんは怒り心頭だ。


「あんときは驚いたってもんじゃないぞ!なにせ別れたばかりの本堂あきらが目の前に立ってるんだからな」

「まぁまぁそこは水に流して下さいって何度も言ってるじゃないですか」

「だがコイツのおかげで駒が揃ったわけだ」


 そう言って、もう一人の俺の頭をワシワシと掴みかかり嬉しそうに喜ぶ。


「そうだな。彼とお前が持つ情報、どちらかが欠けていたら俺らは動けなかった。こんなにも不甲斐ない俺らを許して欲しい」


 何故如何にも特殊部隊の隊長だと言わんばかりの装いに先程の陣頭指揮を担った方が謝るのか、サッパリ俺には分からなかったが純粋な気持ちで語っていることだけはしっかりと伝わってくる。

 柿さんはそれに対して優しい笑みで返す。


「なんだよ不気味悪ぃ顔しやがって。それに知ってるよ一番あんたが悔しかったのはな」

「可愛げのないやつ」


※※※


「何か不思議な感覚だよ。同じ顔がこうして正面に立っていると」

「それは俺も同意見」


 粒子変換器に溜まり、転移の準備が整うまでの間湖畔で待機しているともう一人の僕が湖を挟んだ反対側まで誘う。

 移動した先で、向こう側からの話題の切り出しにそう応えた。


 この奇妙な空間を前にしてお互いにぎこちない空気があって気がするも、それでも俺を呼び出すのには理由があるはずだ。


「俺を呼び出して話したいことってなんだ」

「あの日、向こう側の哲平に聞いたんだが亜香里に告白しようとしたんだって」

「哲平のやつ話したのか?」

「ああ、その代わり俺と恭子が付き合ってることも話したがな。ついでにこの話は権ちゃんと向こう側の恭子も一緒に聞いていたぞ」

「え、えっマジかよ」

「マジ。てかさっさとくっつけあのカップルって揶揄されていた」

「そんな風に思っていたなんてケジメつけないといけないな。お前と恭子ちゃんみたいに」


 ここ数日の恭子ちゃんの俺への対応は、もう一人の俺との間で築き上げたものだと分かればその関係性も自ずと見えてきて羨ましく感じる。

 ただの感想に反応したコイツの照れ顔は恥ずかしさの裏返しなのだろう。

 それは次に続く言葉が顕著に示していた。


「やめろってそれは恥ずかしいだろ」

「だが満更でもないだろ俺」

「まぁな俺」


 今目の前に立つ男が本堂あきらだからこそ、相手の気持ちが十分に理解できる。

 なにせ俺自身だからな。


「ちゃんとやれよ俺」

「分かってる」


 激励に俺は、彗星が落ちた日決意した心情を思い起こしその先の天望を夢見た。


「それじゃあそろそろお別れね」

「バイバイもう一人のおにぃ」


 平行世界に暮らす母さんと唯が、別れの挨拶を告げた。

「マントル」が捕まったことにより身の安全が保障され安全エリアセーフハウスに、隠れていた彼らも俺らの別れの時に合流を果たした。

 まっ、本物の本堂あきらが戻ってきたことと、死んだはずの白石亜香里を目にした時の光景はしっかりと記憶に留めておこうと思う。


「離れろって唯」

「や~だよぉーーー」


 再会してから平行世界の唯は、兄である本堂あきらの右腕にしがみつき離れようとしない状態が続いていた。


「唯ちゃんがこんなにもブラコンだったとは。向こうじゃああり得ないから羨ましいんでしょあきら」

「そんなこと思ってねぇし」

「ふ~ん」


 亜香里が意味深な目で、俺を見てきて反論したかが、内心では図星とはまでいかないが「本当にすげぇなこっちの俺」と思うぐらいには羨ましかったりもしたりして。

 

「待たせたな。これで帰せる」


 阿笠博士が粒子変換器を手渡す。

 

「これを押せばいいんですよね?」

「あぁそれで無事に戻ることが出来る」


 ここに集まってくれた全ての人の顔を最後に見渡し、そして隣の亜香里を見ると彼女は頷いた。


「「みなさん、ありがとうございました」」


 二人で息を揃え、感謝の言葉を残し装置の起動ボタンを押した。

 それからは一瞬の出来事のようだった。


※※※


「お帰りおにぃーーーーー」


 次元の渦を超え、降り立った大地。

 そこは今までいた深湖の畔で間違えなかったが、俺の知る顔で溢れていた。

 そして麻衣さんと亮さんの二人の顔に気づいて始めて戻ってきたのだと実感が湧いてくる。


「唯どうしたんだ」

「心配したんだからさぁ~これくらい許してよぉーーーーー」


 だがこれは予想外だった。

 帰ってきて真っ先に抱きついてくるのが、妹の唯だとはな。

 だからだろうか。亜香里も、目を点にさせ状況を受け止められないでいた。


「あれっ、、、もしかしてこっちの唯ちゃんもブラコンだったの」

「みたいだな」

「おにぃーーーーー」


 取り敢えず落ち着こうかその言葉が、唯の耳に届いたのはそれから五分後のことだった。

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