第15話 その涙は…

「ねぇあきら、次どこ行く?」

「あれに行こうぜ」

「あれって占いの館だよね。あきらって占いとかに興味とかってあったっけ?」

「へぇー占いの館か、雰囲気がなんだか面白そうと思ったしなぁいいだろ?」


 俺はてっきり恭子ちゃんが占いの館と呼ぶそのアトラクションは迷路系アトラクションか何かだと思って気を惹いた為、恥をかく形になりそうだったのを隠すため咄嗟にそのアトラクションの外見をべた褒めしてやり過ごそうとしたが、どうやら恭子ちゃんには気づかれているように思えた。


「まぁ楽しそうだし別に構わないわ。そうと決まれば行きましょ」

「ふぅーバレずに済んだ」

「バーカ、バレバレだっつうーの。あきらのことだからどうせ占いの館を迷路か何かと間違ったんでしょ」

「うっバレてたか……」


 占いの館とアトラクションの名前は為っているがどう見ても古代エジプトのファラオが彫刻された砂像に似せて造られた像が二体おり、そのファラオ像は入り口から入る人に対して睨みを利かせるように置かれていた。

 その光景が俺に占いの館を古代エジプトを舞台とした迷路を想起させる要因であった。


「作成シートを記入されたお客様はこちらの短剣をお受け取り下さい」


 入り口を入った先には受付カウンターが設置されており、案内の係員がそう言うと作成シートに記入すべき必要事項欄に名前と性別そして年齢を記入した。

 記入が終わったその作成シートを案内の係員に返すと中にICチップが埋め込まれたレプリカの短剣を手渡してきた。


「こちらのアトラクションではこの短剣を各フロアにある数個ある窪みのお好きな場所に刺して下さい。その結果から運勢を占うものとなっています。それでは占いの世界へ行ってらっしゃい」


 ハキハキとした声で手を振りながら見送られ、俺と恭子ちゃんは奥にある扉を開き暗い通路を進んでいく。

 暗い通路と言っても足下は薄暗いランプが点灯していて、行き先の道標となっていて足下が暗さが原因で止まることは無かった。

 通路を進むと大きな部屋に出る。

 部屋の中央には台座の上に座るようにスフィンクスの像が立っていた。


「ここが一つ目のフロアだな」

「あきらっあそこ台の上」


 恭子ちゃんが指さす先スフィンクスの台座になにやら光っていて、近づいて見てみると光っている場所には窪みが存在し、台座を一周してみてはっきりしたが合計で六カ所の窪みが用意されていた。


「じゃ私この色!」


 窪みを示す場所を表す光はそれぞれ赤、青、黄、緑、茶、黒に分けられていて恭子ちゃんはその中で赤色を選択した。


「それじゃー俺はこれだな」


 そう言って俺が選択したのは黒であった。

 選択した俺はアトラクション開始前に支給されたレプリカの短剣を勢いよく窪みに差し込むと短剣に内蔵されているICチップが一つ目の間で黒を選択した情報をインプットし無事に作業が終了した証としてカチンと音が鳴った。


「えぇ~なんで黒なんて地味な色を選んだ?」

「黒って地味か?俺的には茶色の方が地味な気がするんだが……」

「いいや断然黒だね」

「あっそ。ちなみに俺が黒を選んだのは夜っぽいからだ。夜だと星が綺麗に見えるだろ」


 このまま色について話し合えば平行線を辿ることは目に見えていたので、早々に切り上げるべく俺が黒色を選んだ経緯を説明した。


「へぇーまっあきらの趣味満載の理由かぁ」

「なんだよその顔は」

「ぜ~んぜんなんでもないよぉーだ」


 ニヤニヤ笑いながら嬉しそうにする恭子ちゃんは見ていて可愛らしく、 顔が赤くなるのを感じた気がした。


「次いこっ」


 スフィンクスが佇む台座が置かれた部屋を後にし部屋の奥にあった次の部屋へと続いていく通路を歩いていく。


※※※


 いくつかの部屋を踏破すると明るい部屋に出る、その部屋の壁には台が五台置かれ、端にスタッフが待機していた。


「お疲れ様でした。それではお手持ちの短剣をそちらの台の上にセットしてくださいそしたら一、二分後に占いの結果が記載された書類が排出されます」


 淡々と作業をこなすように待機していたこのアトラクションのスタッフが、今し方訪れた俺と恭子ちゃんに向けて話しかける。 


「ありがとうございます」


 俺はスタッフの人にお礼の言葉を一言告げて部屋の右手に並べてあった台にある窪みの部分に、アトラクションを通して肌見放さず持っていた短剣を差し込む。

 スタッフの人が言った通り数分もしない内に台の下部にある排出口から占いの結果が書かれているプリントが吐き出された。


「ねぇあきらのも見せてよ」

「ちょまだ俺見てな」


 自分の占いの結果をまじまじと見ていると恭子ちゃんが俺の手から奪い取る。

 そして俺の占いの結果が書かれたプリントに一通り目をやると何故だかプリントを投げ捨てるように俺に放り投げてきた。

 その態度には幾分か覇気がない気がした。


「何々、学業・家族・健康・恋愛だって」


 恭子ちゃんに強奪される前に読み進めていたのは健康に関することまででそれ以降つまり恋愛面に関しては全く手つかずの状態で、恭子ちゃんに奪われた占いの結果が戻ってきて漸く読むことが出来た。

 そこで何故恭子ちゃんがプリントを戻してもらう際、粗末に扱ったのかその理由がはっきりする。


「恋愛面、これまでの選択肢よりあなたには忘れられない”恋”があります。しかし今あなたの側にいる女性はその”恋”の相手とは別人ではありませんか?もしもあなたが”恋”を忘れられないのであれば、今あなたの側にいる人とは即刻縁を断ち切りなさい。然もなくば誰も幸せになれません」


 占いにおいてここまで手厳しいものは、流石にどうかと正直引いてしまう。

 ただ書かれていた文言が今の俺と恭子ちゃんの関係にぴったりと合致していたのだ。

 それがきっと恭子ちゃんの気に触れたのだろう。

 

「恭子ちゃん、これはその」


 なんと言葉をかければいいのか、全然分からない。


「まっでも占いだし……気にすることないものね」


 顔を明後日の方向にやり俺と目を合わせようともせずに、言葉が出なかった俺を気遣う。

 恭子ちゃんの顔を確認することは出来なかったが、今にも泣き出しそうな後ろ姿そしてか細い声に俺はどうしようもなくいたたまれない気持ちに苛まれる。

 何故なら例え占いとは言え、俺の隣で記憶喪失の俺を支えようとしてくれているそれなのにこの占い結果は、俺が彼女を突き放してしまっ形になってしまったようなものだ。


※※※


「ごめん、ちょっと私お手洗いに行ってくるね」


 恭子ちゃんはアトラクションの出口から颯爽と先に駆け抜けていき、俺は一人取り残されてしまう。


※※※


「泣くな私。これしきのことでヘコタレちゃ駄目、あきらを不安させないようにしないと」


 貝塚恭子は自分に言い聞かせるように心臓に手を当て、トイレの洗面台の前に設置されてある窓ガラスに向かいながら自答する。

 そしてスマホのケースの内側にあったポケットに入れていた写真を取り出す。


「ねぇ私にあきらを返してよ亜香里ちゃん。彼はあなたのせいで苦しんでいるのに………………私は何も出来ないの」


 亜香里と恭子が仲良く笑っていた中学生時代の写真を取り出し、この世に居ない存在である白石亜香里に向けてつい怒りをぶつけてしまう。

 己の力の無さを痛感させられると膝から崩れ落ち洗面台にもたれ掛かるように倒れる。

 ただ泣きじゃくるしかなかった。

 しかしそれはたんなる八つ当たりだ。

 死んでも尚、あきらを苦しませる亜香里のことを恨みこそすれそれは些細なことに過ぎず本音は情けない自分に対しての怒り。

 それがどうしても恭子の心に押し寄せる。


※※※


「お待たせそれじゃ次は私が選ぶからえ~とあれ、あれに乗りましょ」


 お手洗いから戻ってきた恭子ちゃんが指差した乗り物は近場にあった赤い観覧車であった。

 観覧車へと向かう傍らも笑顔を振り撒く恭子ちゃんだったが、俺は彼女の目が少しばかり腫れていて瞳から流れ落ちた涙の跡が乾いている様に心が痛んだ。


「それでは素晴らしい景色を御覧下さい」


 観覧車に乗り込むとアトラクションの係員が扉を閉めて手を振って見送る。

 密室空間である観覧車のゴンドラ。

 その中であきらと恭子は向かい合うように座った。


「密室に二人っきりだとドキドキするね」


 照れくさそうにはにかんだ笑顔で俺を見る。


「観覧車とか女の子と二人っきりで乗ったこととかないし俺も胸がバクバクする」


 言葉に嘘偽りなど一切無かったにも関わらず何故だか恭子ちゃんの顔が曇る。


「わりぃ恭子ちゃん。俺何か気に障ることでも言ってしまったか、いや真面目な話二人で遊園地に来たことがあるんだよな」


 遊園地のアトラクションを回る傍ら何度か彼女の顔が曇るのを感じた。

 その中で俺の記憶を呼び起こそうと記憶が抜け落ちている時間で思い入れのあるつまり恋人として俺と恭子ちゃんの二人で訪れたこの遊園地に来たのではないかと朧気ながら考えていた。

 それがほぼ確信に変わったのは昼食時のことだった。

 昼食の時、はぐらかされて思わず追及は出来なかったが恭子ちゃんは「また、そのパスタを選んであきらは余程好きなのね」と確実に口にしていた。

 あきらの記憶が正しければ、彼女の前では一度もペペロンチーノを食べたことが無いと記憶していた。

 と言うのもあきらは高校生になるまで、パスタはタラコスパゲッティ一択で最近、他のパスタ料理の美味しさに目覚めたばかりで今一番ハマっているのがペペロンチーノである。

 

「うん、今年の夏に一回来たよ」


 ゴンドラが四分の一を過ぎて頂上に向けて移動している最中だった。


「そっか、てことはデートだよな」

「ええそうデート」

「俺の為とはいえ辛い想いをさせてしまったな」


 もしも自分が逆の立場だったら、同じことが出来たろうか。

 動き続けるゴンドラの中、俺は立ち上がると向かい合って座っていた恭子ちゃんの手をそっと優しく握る。

 それしか俺には出来なかった。


「辛くはなかった。…………ううん嘘、本当は少しだけ辛くて寂しかった」


 それは記憶を無くしたとされるあきらの前で今まで彼にだけは必死で抑えていた想いを言い放った瞬間でもあった。


「悪いな、俺が記憶を失ったばっかりに」


 あきらもただ謝ることしか出来ない。

 何が起きているのか、亜香里はどうなったのかまだ漠然としか認識出来ていなかったが、今の状況を俺は受け止めていた。


「ねぇ、この観覧車のジンクスって知ってる?」

「観覧車のジンクス???」


 センチメンタルな状況に陥っていたゴンドラの中で唐突に恭子ちゃんが俺に言った。

 まもなくゴンドラは頂上を迎える。

 時間は午後の三時を回っていて太陽へと近づく高みへ昇ろうと、本堂あきらと貝塚恭子が乗るゴンドラは静かに動く。


「観覧車の最高到達点でキスを交わしたカップルは永遠に結ばれるって言うジンクス」


 恭子ちゃんは頬を少し火照らせながら焦らすように言葉にした。

 その表情にあきらの顔も釣られて顔が赤くなる。

 肩がぶつかる瀬戸際まで近くに座っている恭子とあきらの顔の距離に、恭子の方が詰め寄って近づいていく。

 そしてとうとう恭子がリードする形で互いの唇が重なり合う紙一重というところで、あきらが彼女の行動を制止させた。


「それは出来ない。今の俺は恭子ちゃんとの記憶をまだ思い出すことが出来ないでいる。そんな状態で君とキスをすることは不誠実だ」


 率直な想いを伝える。

 制止させていた恭子をそっと突き放す。


「すまない……」


 彼女からしてみれば勇気を振り絞った想いだったのかも知れない

 だがを完全に受け入れきれずにいる俺が今彼女を受け入れればそれは恭子ちゃんの想いを踏み躙ることに繋がる。

 同時に現在心に浮かぶ白石亜香里を愛しているという感情をも裏切ることになる。

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