オレはカフェを出て、帰宅することにした。

 賑やかな街中を寂しく一人で歩きながら考える。


 どうして美月ちゃんに、あんなに好かれているのか分からない。

 初対面ではないようだが、過去に会った記憶はまったくない。

 名前を聞いても、何も思い出せなかった。

 ……というか、あんな美少女と会った記憶がないなんておかしい!

 陽キャオートのような不思議な力が働いて、何かが起きたに違いない。


 美月ちゃんが『この世界のヒロイン』だ、という確信はある。

 でも、どういったストーリーのヒロインであるかが問題だ。


 どう考えてもオレのようなナンパモブが、あんな美少女に好かれるなんてうまい話があるわけがない。

 ……絶対に裏があるだろう。


 この世界はオレが当初思っていたような、『よくあるラブコメの世界』ではないのかもしれない。

 あれくらい可愛い子に好かれるなんて、相当なマイナス要素がないと釣り合いが取れない。

 それこそ、命がけの…………はっ!


「もしかして、明日デートした先でデスゲームが始まる……とか?」


 ラブコメではなく、ラブコメ要素のあるパニックホラー説、浮上!


 明日は駅で待ち合わせをしているが、それからどこに行くかは分からない。

 デスゲームなどの残虐系漫画などでは、遊園地やショッピングモールが舞台になっている印象がある。

 そういった人が多く集まる場所には行かないほうがいいか……。

 いや、普通に街中を歩いていても、突然不審者に刺されたりするかも?

 もしくは未知のウィルスに感染している人に噛みつかれ、ゾンビになったりするかもしれない!


「……って、キリがないな!」


 悪い想像をしていたら何もできなくなりそうだ。

 何が起こっても、『デートをする』という選択を覆すつもりはない。

 だからもう、腹を括って行くしかない。

 美月ちゃんとのデートに命を賭ける……!


「それにしても、美月ちゃんは本当に可愛かったな」


 派手じゃないけどお洒落で、地味過ぎないけど上品だった。

 オレの好きなタイプのど真ん中だが、迅が言っていたように好きなタイプなんて超越する可愛さがあった。

『圭太さん』なんて呼ばれたのも初めてでドキドキした。

 それに、おとなしそうな美少女に強引にデートに誘われるなんて……ギャルゲーかな?

 明日も危惧しているようなことは起こらず、ギャルゲーのような展開が待っているのでは……!


『…………許さ……い……』

「ん?」


 そんなことを考えてニヤニヤしていたら、視線を感じた。

 不審者だと思われただろうか?

 周囲を見回し、誰かが見ているのか確認してみる。

 通行人はいるが、こちらを見ているような人はいなかった。


「まさか、迅か?」


 まだ怒っていて追いかけて来たのだろうか。


「じーーん? いるのか~?」


 もう一度辺りを探ってみたが、迅の姿もない。

 それに、確証はないが迅ではないような気がした。

 なんとなく、嫌な感じというか……悪意のある視線だったような……。


「…………こわっ」


 何かが起ころうとしている?

 そんな思考に至り、一気に緊張感が増したその時――。


「うおぉ!?」


 ズボンのポケットに入れていたスマホが震えた。


「な、なんだよ。スマホか。ビビらすなよ」


 すぐに確認してみると、画面にはなずなからメッセージが表示されていた。

 それを見ると、一気に緊張が解けて脱力した。


『黒髪、似合わないからね』


「念押しするとか、どんだけ……」


 なぜそんなにオレのイメチェンを全否定するのだ。

 ここまで言われると、あえて黒にしようかと思ってしまう。

 まあ、今のところはしないつもりだけれど。


 返信するためにスタンプを探していると、黒髪のキャラクターがサムズアップをしながらにっこりと笑っているスタンプを発見したので、無言でそれを送っておいた。

 このスタンプの意味をどう受け取るかは、なずなに任せよう。


 そんなことを考えていたら、オレが送ったスタンプに既読がついた。

 どんな反応をするか様子を見ていたら、すぐになずなから電話がかかってきた。

 どうせまた似合わない、ダサいと言われるだけなのでスルーだ。


「電話に出んわー……って、もう家に着いたし」


 いつの間にか結構な距離を歩いていたようで、オレは自宅の前に立っていた。

 我が家は母の好みを多く取り入れた、モノクロのスッキリとした外観の一軒家だ。


 オレはいつも通り、ポストを開けて郵便物をチェックした。

 すると、そこには一枚の紙が入っていた。

 ピザか何かの広告かな? と思ったが、手に取って見ると、それは破ったノートだった。

 そしてそこには、乱暴な殴り書きで書かれたメッセージがあった。


『身の程をわきまえろ』


「!」


 それを見た瞬間、血の気が引いた。

 そして瞬時にこのメッセージは家族の誰かに対してではなく、オレに対しての警告だと悟った。

 さっきの視線の主だろうか――。

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